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パロマ事件 と 認証ビジネス

パロマという会社 随分以前の経験ですが一ニ度 “供給者”の立場で お伺いしたことがありました。何となく エも言われない雰囲気で 微妙な感じを受けていたものだったのですが 最近事件で ヤッパリ!との感想です。会社も第一印象が大事ですね。
そして、多分 そうだろうな と思いつつ JAB(財・日本適合性認定協会)のホームページで検索すると れっきとしたISO9001およびISO14001認証取得企業でした。こんなことを公言するのは、ISOマネジメント信奉者の 私としては 実に悲しいことなのですが・・・。



で、いずれも審査登録(認証)機関は JIA-QAセンター。この機関は 財団法人日本ガス機器検査協会で 本来は ガス器具を検査して認証する機関で どうやら経済産業省の外郭団体。
つまり、ガス器具会社の生産の仕組みも その製品も審査対象にしているという機関です。
そこで、今回の事件に この機関はどう関わったのでしょう。問題の製品の認証はどうだったのか、事件・事故発生後の対応は どうだったのか、いずれにしても 少なくとも今の私には藪の中です。なぜか 報道機関もこれには全く触れていないのです。無知なのか、意図的ネグレクトなのか。
一体、この機関の役割は 何なのでしょう。単なる 経済産業省のお役人の天下り先なのでしょうか。それだけの役割?
製品にしろ ISOの仕組の認証にしろ、結果的にいい加減な認証と見えるものでも 認証のフィーは当然に取っているハズ。(そういった認証フィー以外に 税金の一部が この機関に入っていることは無いのでしょうね。)
そして、その認証結果 責任は どう取るのでしょう。一体 誰のために 認証し、結果責任は誰に負っているのでしょう。
認証は 私達審査員には受益者のためだと“お上”は 繰り返し講演会でおっしゃっておられましたが、この場合 消費者が受益者となるはずです。ですから“日本ガス機器検査協会”の認証は 生産の仕組みも その製品も 消費者のためだったはずですが、果たして そのような意識で認証されていたのでしょうか?

実は 私 かつて、このJIA-QAセンターの“審査員募集”に応募したことがありました。
審査員資格さえあれば、面接だけで終りだろう、と勝手に思っていたのですが 筆記試験の上に、模擬審査をしてパフォーマンス見るとか。やたら 厳しい 選考方法にやや 腰が引けたのですが、まぁやって見るか、と思いつつ 応募後の受験連絡書類を読んで行く内に、“契約社員の募集”であったことが判明(募集表示に問題)。会社の仕事を持っている身で、本来の仕事を休んで 他社への転職という 賭けに出ているのに、希望と異なり契約社員では危険を冒す意味なし、との判断で選考そのものには参加しませんでした。

さて、このように “契約社員”ですら、厳しい選考基準を課して募集している“立派”な審査会社であるからには さぞや 立派な審査をし、認証した結果に 立派に責任を取っているのか、と思いきや この怪しい様子は、どういうことなのでしょう。書類上 いかに“立派”な審査をしても 受益者に 本当の利益をもたらさないようであれば 社会的には全く意味がありません。(この認証機関 実は 法規制を無視した自動車会社のISO認証も過去にしていた“実績”があります。今は違います。“実績の証拠は残していない”のです。)
どうにも やりきれない チグハグな印象です。

さて、最近 JABや日本規格協会では 審査の質を上げるのには 審査員の質を上げる必要があるということで 審査員資格認定のルールを変更しました。
何となく 方向性が 実態とは違ってきているような気がして、“審査の質低下対策”が “お役人臭” フンプンなのです。
どうやら日本のISOマネジメントの認証システムは 日本の無責任 “お役人” に乗っ取られて その餌食になっている印象です。

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コメント
 
 
 
Unknown (dsp)
2006-07-31 22:49:42
cqadさま

TBありがとうございました。

ご意見、拝見させていただきました。同社もISOの品質保証体制下で製品開発販売を行っていたわけですね。



文中にもISO認証期間との関係がどうなっていたのだろうかと問題提起されていますが、ISO9001的に考えて、今回のパロマの問題はどこが問題だと思われますか?

「不具合を把握していたのに是正ができなかった」という点でしょうか?



私はいつも審査される立場で、あまり詳しくないのですが、ISO-9001というのは、設計製造業務が文書によるルールを元に運用されていることを保証してくれるにすぎず、製造業の最低レベルは確保できると理解しているのですが、今回のように、「不具合を未然に察知し、問題が起こったら、責任体制が不明確でも想像力を働かせて主体的に解決を図る」というレベルまでISO9001に求めるのは違うような気がしています。

もちろん、同社がせっかくのISO9001を不具合の早期是正に活用できなかったのは非常に残念ですが、今回の事態は手順が整備されていても想像力が不足していれば防げなかった気もしますがいかがでしょうか?

(同社の肩を持つつもりはまったくありません)
 
 
 
コメントありがとうございます (磯野及泉)
2006-08-02 00:59:20
dsp様、勝手にTBさせて頂いたにも かかわらず、コメントありがとうございます。

ご要望の件、この会社のこと、知りうる事実が殆ど無く、個別具体的な状況を把握できていない状態では 管理システムの問題点について的確な指摘はできません。

こういう状態で、無理に指摘すると ISO専門誌の事例研究特集のような結果になり、場合によっては その実務を知っている人から見ると、明らかに的外れな指摘になりかねません。或いは 数多くの“常識的”指摘をして その内のどれか だろうなどという 全く無責任、無意味なことになってしまいます。こういう場合 真の原因は 常識では判らない 思わぬところにある場合も往々にしてあるものです。

とは申しましても、こういった不祥事の背後には 多くの場合 経営者の 普段の姿勢が 反映していることが あると思います。この場合、そういう臭いが プンプンします。

私も “供給者”として この会社を訪問したことが ありますが、その時の エもいわれぬ雰囲気は 多分そんなことによるのではないかと思います。企業文化というものに問題はないか、つまり、認知的複雑性の欠如や集団浅慮が この会社で跋扈してはいないのか、と思うのです。そして こういう精神状態での 全社一丸ではISOマネジメントの正当な指摘は当然、無力でしょう。

我田引水、ISO監査の観点では 指摘事項にならないようなことを 言ってしまいました。

 
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