The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
和田秀樹・著“80歳の壁”を読んで
そろそろウクライナ侵攻後のロシアをどうするかの議論が始まっているようだ。どうやらロシア帝国の解体が中心のようだ。例えば、ほぼ宗教で5地域に分割などだ。あるいは、その崩壊が世界秩序を脅かすのではないかとの警戒心もある。(ロシア帝国の解体は、中華帝国にも当て嵌められる可能性はあるような予感がする。)
これが欧米人の恐ろしいところだ。戦争の先の戦後を考える。第二次大戦後の世界について、戦前に米英首脳が検討して大西洋憲章を発表している。“戦後に起きた大英帝国の解体、北大西洋条約機構(NATO)や、関税と貿易に関する一般協定(GATT;現WTOへ移行)体制などは、全て大西洋憲章から派生したものである。”それに替わるものがG7で出されるのか。
ところで、G7の会場のすぐ近く宇品港は日清、日露の両戦争で日本から大陸に兵士を送り込んだ拠点であった。この史実を指して右派の論客は“実は日本は昔ここからロシア、中国をやっつけに出かけた!実に愉快!”と言ってはしゃいでいた。そんなことで喜ぶのかと思ったが、奇遇ではある。
ウクライナの反攻戦線は既に第1段階は終えているという。第1段階とは適地潜入部隊の浸透である。本隊の反攻作戦を有効に導く先遣隊である。先遣隊のほとんどは壊滅すると言われているそうだ。そして目に見える反攻はこれからだという。その目に見える反攻の直前に、そのウクライナのゼレンスキー大統領が急遽G7にやって来る。そしてG7首脳ばかりではなく、グローバル・サウスの代表格のインドやブラジル等の首脳とも接触するだろうと言われている。どんな結論がでるのやら、各国は内心戦々恐々。この原稿がリリースされる頃にはどのようになろうとハッキリしているのだろう。
特に、G7首脳とは米国を中心にF16の供与も語られるのではないかという。今から供与実行してもパイロットの訓練に最低半年必要と言われている。だから今年年末以降有効になる、というのが一般的見方なのだろうが、私はそんなノンキな見通しではないと思う。おそらく、既に、何人かのパイロットの養成は既に終わっていると見て良いのではないか。だから、供与が公式に決まった空対地ミサイル・ストームシャドーがその後直ぐに実戦に使われたように、F16も供与即実戦に投入される可能性は大いにあると見て良い。少なくともパイロット養成は英は既に行っている可能性はある。仏も前向きだった。 F16は正にストームシャドーの発射台として非常に有効なので、クリミア攻撃には大いに有効なのだ。しかもストームシャドーの射程は250kmに抑えられているとは公的に言われるが、実際には400~450㎞である可能性は大きいだろう。
その上、マリウポリを主目標にしたアゾフ海沿岸回廊を押さえて、ロシア軍を東西に分断できればメリトポリばかりではなくクリミア全体の陥落は容易だろう。つまり、ストームシャドーの射程はこれで十分クリミア大橋への攻撃が可能となるのだ。
もし、そうなればプーチンの面目は丸つぶれ、ロシアの継戦能力に疑問符が付き、下手すれば政権交代になるかも知れない。プーチン・ランドの崩壊だ。クリミア在住のロシアの役人は既に大勢逃げ出しているという話もある。ロシアがこれ以上やっても無理・無駄となり、あわよくばウクライナ側の条件を飲んだ停戦となる可能性も十分にある。ゼレンスキー大統領の目論見は大いに達成されることのなるのだろう。
だが、そうなる前にプーチン・ロシアが核を使用する可能性は無くなった訳ではない。だからこそ、広島でのサミットでグローバル・サウスを巻き込んだ何らかの成果が重要になるのだ。
さて、今回は和田秀樹・著“80歳の壁”を紹介したい。私も高齢者の仲間入りになろうかという年齢だ。いささか血糖値も気懸りなのだ。精神面・肉体面での老齢の日常について、ここら辺での健康上の注意点を知っておく必要があると思われる。
いつものように本書の概要を次に示す。
[内容説明]
人生100年時代だが、健康寿命の平均は男性72歳、女性75歳。80歳を目前に寝たきりや要介護になる人は多い。「80歳の壁」は高く厚いが、壁を超える最強の方法がある。それは、嫌なことを我慢せず、好きなことだけすること。「食べたいものを食べる」「血圧・血糖値は下げなくていい」「ガンは切らない」「おむつを味方にする」「ボケることは怖くない」等々、思わず膝を打つヒントが満載。70代とはまるで違って、一つ一つの選択が命に直結する80歳からの人生。ラクして壁を超えて寿命をのばす「正解」を教えます!
[目次]
プロローグ 80歳の壁を超えていく
第1章 医者・薬・病院の壁を超えていく(幸齢者になったら健康診断はしなくていい;医療に頼るなかれ。医師には「健康」という視点がない ほか)
第2章 老化の壁を超えていく(浴風会病院の高齢者医療。私が自信を持って話せる理由;明日死んでも後悔しない人生の時間の過ごし方。三つのムリをやめる ほか)
第3章 ボケ・認知症の壁を超えていく(認知症への誤解。思い込みがみんなを不幸にする;知らない不幸。生きる知恵は残っている ほか)
第4章 高い壁を低くするヒント 50音カルタ(長生きが大事なのか。残りの人生が大事なのか;寝たきりは終わりではない。だからこそできることもある ほか)
エピローグ 人生100年の壁も超えていく
[著者等紹介]和田秀樹[ワダヒデキ]
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、三十年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。著者多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
著者は言う、大切なのは“何歳で死ぬか”ではなくて、“好きなことをして、好きなものを食べて、自由に、自立した生活ができる”ことだと言う。それを“健康寿命”といい、“男性が72.68歳、女性が75.38歳(令和元年調べ)”だという。
著者は61歳の医師(本書発行年:2022年3月25日)。高齢者専門の精神科医師として約35年間、臨床現場で過ごし、診療した患者は6千人を超える、それ以外で接した数を含めると1万人を超え、老年医学のプロフェッショナルだと自負している、という。
“80歳を過ぎたらガンがある”のは当たり前で、“85歳を過ぎた人の遺体を解剖すると、ほとんどの人の身体にガンがみつかる”という。“とくに年をとるとガンの進行が遅くなるため、放っておいても大丈夫なケースは意外と多くある”、という。だから、80歳を過ぎたら我慢して生活しても意味がないことになる、という。“我慢を強いられてのストレスフルな生活より、好きなことをして気楽に生きる生活の方が、免疫力が高まることがわかっている”とまで言うのだ。
また、“認知症は必ずやってくる。ならばいまのうちにしたいことをする。”“新しいことや好きなことをすると、脳は刺激を受け、活性化する。これによって、認知症の発症を遅らせることは可能だ”とも言う。
これが“プロローグ(まえがき)”での主張で、これが本書の基調となる。そして、この本では“高齢者”を“幸齢者”と呼び変えると言っている。(ここではやっぱり“高齢者”としたい)
また、著者は健康診断の有効性に疑問を持っている。何故ならば、職場を通じて定期健康診断が普及している男性の平均寿命は、女性のそれに比べて伸びず、その差は1947年頃とくらべて広がってしまった。健診は意味をなしていないのではないか。
「医者の不養生」というが、“医師は患者さんに薬や健診を勧めるのに、自分ではやりたがらない”。それは薬や健診は寿命を大きく伸ばす要因ではなく意義を信じていないためではないか、という。ただ数値を見てそれが悪いからと言って、薬を投与して薬漬けにし、ガンが見つかったと言っては臓器を切る手術を勧めているのではないか。(薬や手術を勧めるのは、数値が悪いのに放置した結果責任を問われることを恐れてのことではないかと、私は思う。日本には、そういう“表面的で無責任な部外者”が様々な局面で多く認められ、それが意外な大きな社会問題なのだ。)
例えば、財政破綻した夕張市では、高齢化率日本一と言われながら総合病院の閉鎖を余儀なくされたが、“ガン、心臓病、肺炎”で亡くなる人は減り、高齢者の一人当たり医療費も減ったという事実があると言う。死者数は変わらず自宅で老衰で亡くなったのが増えたという。病院で検査をして病気を見つけて、薬や手術をして寿命を延ばすのか、自宅などで好きなことをして亡くなるのが良いかの選択ではないか、というのだ。そしてだから、かかりつけの医師には信頼できる医師を見つけておくことが大切なのだ。
高血圧はかつては栄養状態が悪く150で血管が破裂する可能性があったが、今では“動脈瘤がない限り、血圧が200でもやぶれることはない”。但し、血圧180で頭痛や吐き気、めまいがあるのなら、血圧を下げる薬の処方は必要となるがそうでなければ問題ない。
あるいは、著者の勤務する浴風会病院では“糖尿病患者とそれ以外の人で生存曲線は変わらない”ことが分かっていたので、糖尿病の治療を行わないでいたら、糖尿病でない人の方が糖尿病患者の3倍の確率でアルツハイマー型認知症になることが分かった。低血糖は脳にダメージを与えるからだろう。
だから、“80歳を過ぎたらメタボの心配をするより、小太りくらいを目指す”。それから日本では概ねアメリカの診断基準となっているが、それが問題であることも提起している。
“好きなことはしろ(浮気はダメだがHなことも含めて)”とはいうが、ギャンブルは止めたほうが良い。それは老齢で自制心をコントロールする前頭葉が衰えていることが多く、自己抑制が効かず、生活が破綻する例が多いからだ。
高齢で運転免許は返納する必要はない。多くの先進国には「年齢差別禁止法」がある。75歳の高齢者に認知機能を課すのは完全な差別だ、という。もし、認知機能検査を課すのなら全ドライバーに検査させるべきだ。何故かマスコミは伝えないが、若者の事故も結構多いのも事実だからである。
過度な運動は、体内で活性酸素をつくり過ぎ、身体を酸化させてしまう。スポーツ選手に年齢より老けて見える人が多いのはこのためだ。80歳を過ぎた人にはウォーキング・散歩くらいが理想的だ。(私はある程度の脚力の筋力トレーニングは必須だと思っている。)
生きがいは求めず、楽しんでいる内に見つければ良い。生きがいを求めることがストレスになる場合があり、やはり日々を楽しく暮らすのが大切だ。
茨城の鹿島の人を診ていると、認知症を遅らせるには、薬より頭や体を使うのが有効であるのではないか。認知症の本質は前頭葉が縮み意欲がなくなるもので、“だんだん何もしなくなる病気”である。だから脳を使って刺激することが良い。体を使えば、脳も使うことになる。脳細胞は常に新たなネットワークを新設することができるので、認知症は過去の記憶を捨てて、素の人間に戻ることになるきっかけも与えてくれる。
だからこそ、「食べたいものを食べる」「血圧・血糖値は下げなくていい」「ガンは切らない」「おむつを味方にする」「ボケることは怖くない」という結論になる訳だ。
最後に著者は、“究極の「幸せとは何か」は、やっぱり楽しむ能力なのだと私は思っています”といって終わっている。
これが欧米人の恐ろしいところだ。戦争の先の戦後を考える。第二次大戦後の世界について、戦前に米英首脳が検討して大西洋憲章を発表している。“戦後に起きた大英帝国の解体、北大西洋条約機構(NATO)や、関税と貿易に関する一般協定(GATT;現WTOへ移行)体制などは、全て大西洋憲章から派生したものである。”それに替わるものがG7で出されるのか。
ところで、G7の会場のすぐ近く宇品港は日清、日露の両戦争で日本から大陸に兵士を送り込んだ拠点であった。この史実を指して右派の論客は“実は日本は昔ここからロシア、中国をやっつけに出かけた!実に愉快!”と言ってはしゃいでいた。そんなことで喜ぶのかと思ったが、奇遇ではある。
ウクライナの反攻戦線は既に第1段階は終えているという。第1段階とは適地潜入部隊の浸透である。本隊の反攻作戦を有効に導く先遣隊である。先遣隊のほとんどは壊滅すると言われているそうだ。そして目に見える反攻はこれからだという。その目に見える反攻の直前に、そのウクライナのゼレンスキー大統領が急遽G7にやって来る。そしてG7首脳ばかりではなく、グローバル・サウスの代表格のインドやブラジル等の首脳とも接触するだろうと言われている。どんな結論がでるのやら、各国は内心戦々恐々。この原稿がリリースされる頃にはどのようになろうとハッキリしているのだろう。
特に、G7首脳とは米国を中心にF16の供与も語られるのではないかという。今から供与実行してもパイロットの訓練に最低半年必要と言われている。だから今年年末以降有効になる、というのが一般的見方なのだろうが、私はそんなノンキな見通しではないと思う。おそらく、既に、何人かのパイロットの養成は既に終わっていると見て良いのではないか。だから、供与が公式に決まった空対地ミサイル・ストームシャドーがその後直ぐに実戦に使われたように、F16も供与即実戦に投入される可能性は大いにあると見て良い。少なくともパイロット養成は英は既に行っている可能性はある。仏も前向きだった。 F16は正にストームシャドーの発射台として非常に有効なので、クリミア攻撃には大いに有効なのだ。しかもストームシャドーの射程は250kmに抑えられているとは公的に言われるが、実際には400~450㎞である可能性は大きいだろう。
その上、マリウポリを主目標にしたアゾフ海沿岸回廊を押さえて、ロシア軍を東西に分断できればメリトポリばかりではなくクリミア全体の陥落は容易だろう。つまり、ストームシャドーの射程はこれで十分クリミア大橋への攻撃が可能となるのだ。
もし、そうなればプーチンの面目は丸つぶれ、ロシアの継戦能力に疑問符が付き、下手すれば政権交代になるかも知れない。プーチン・ランドの崩壊だ。クリミア在住のロシアの役人は既に大勢逃げ出しているという話もある。ロシアがこれ以上やっても無理・無駄となり、あわよくばウクライナ側の条件を飲んだ停戦となる可能性も十分にある。ゼレンスキー大統領の目論見は大いに達成されることのなるのだろう。
だが、そうなる前にプーチン・ロシアが核を使用する可能性は無くなった訳ではない。だからこそ、広島でのサミットでグローバル・サウスを巻き込んだ何らかの成果が重要になるのだ。
さて、今回は和田秀樹・著“80歳の壁”を紹介したい。私も高齢者の仲間入りになろうかという年齢だ。いささか血糖値も気懸りなのだ。精神面・肉体面での老齢の日常について、ここら辺での健康上の注意点を知っておく必要があると思われる。
いつものように本書の概要を次に示す。
[内容説明]
人生100年時代だが、健康寿命の平均は男性72歳、女性75歳。80歳を目前に寝たきりや要介護になる人は多い。「80歳の壁」は高く厚いが、壁を超える最強の方法がある。それは、嫌なことを我慢せず、好きなことだけすること。「食べたいものを食べる」「血圧・血糖値は下げなくていい」「ガンは切らない」「おむつを味方にする」「ボケることは怖くない」等々、思わず膝を打つヒントが満載。70代とはまるで違って、一つ一つの選択が命に直結する80歳からの人生。ラクして壁を超えて寿命をのばす「正解」を教えます!
[目次]
プロローグ 80歳の壁を超えていく
第1章 医者・薬・病院の壁を超えていく(幸齢者になったら健康診断はしなくていい;医療に頼るなかれ。医師には「健康」という視点がない ほか)
第2章 老化の壁を超えていく(浴風会病院の高齢者医療。私が自信を持って話せる理由;明日死んでも後悔しない人生の時間の過ごし方。三つのムリをやめる ほか)
第3章 ボケ・認知症の壁を超えていく(認知症への誤解。思い込みがみんなを不幸にする;知らない不幸。生きる知恵は残っている ほか)
第4章 高い壁を低くするヒント 50音カルタ(長生きが大事なのか。残りの人生が大事なのか;寝たきりは終わりではない。だからこそできることもある ほか)
エピローグ 人生100年の壁も超えていく
[著者等紹介]和田秀樹[ワダヒデキ]
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。高齢者専門の精神科医として、三十年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。著者多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
著者は言う、大切なのは“何歳で死ぬか”ではなくて、“好きなことをして、好きなものを食べて、自由に、自立した生活ができる”ことだと言う。それを“健康寿命”といい、“男性が72.68歳、女性が75.38歳(令和元年調べ)”だという。
著者は61歳の医師(本書発行年:2022年3月25日)。高齢者専門の精神科医師として約35年間、臨床現場で過ごし、診療した患者は6千人を超える、それ以外で接した数を含めると1万人を超え、老年医学のプロフェッショナルだと自負している、という。
“80歳を過ぎたらガンがある”のは当たり前で、“85歳を過ぎた人の遺体を解剖すると、ほとんどの人の身体にガンがみつかる”という。“とくに年をとるとガンの進行が遅くなるため、放っておいても大丈夫なケースは意外と多くある”、という。だから、80歳を過ぎたら我慢して生活しても意味がないことになる、という。“我慢を強いられてのストレスフルな生活より、好きなことをして気楽に生きる生活の方が、免疫力が高まることがわかっている”とまで言うのだ。
また、“認知症は必ずやってくる。ならばいまのうちにしたいことをする。”“新しいことや好きなことをすると、脳は刺激を受け、活性化する。これによって、認知症の発症を遅らせることは可能だ”とも言う。
これが“プロローグ(まえがき)”での主張で、これが本書の基調となる。そして、この本では“高齢者”を“幸齢者”と呼び変えると言っている。(ここではやっぱり“高齢者”としたい)
また、著者は健康診断の有効性に疑問を持っている。何故ならば、職場を通じて定期健康診断が普及している男性の平均寿命は、女性のそれに比べて伸びず、その差は1947年頃とくらべて広がってしまった。健診は意味をなしていないのではないか。
「医者の不養生」というが、“医師は患者さんに薬や健診を勧めるのに、自分ではやりたがらない”。それは薬や健診は寿命を大きく伸ばす要因ではなく意義を信じていないためではないか、という。ただ数値を見てそれが悪いからと言って、薬を投与して薬漬けにし、ガンが見つかったと言っては臓器を切る手術を勧めているのではないか。(薬や手術を勧めるのは、数値が悪いのに放置した結果責任を問われることを恐れてのことではないかと、私は思う。日本には、そういう“表面的で無責任な部外者”が様々な局面で多く認められ、それが意外な大きな社会問題なのだ。)
例えば、財政破綻した夕張市では、高齢化率日本一と言われながら総合病院の閉鎖を余儀なくされたが、“ガン、心臓病、肺炎”で亡くなる人は減り、高齢者の一人当たり医療費も減ったという事実があると言う。死者数は変わらず自宅で老衰で亡くなったのが増えたという。病院で検査をして病気を見つけて、薬や手術をして寿命を延ばすのか、自宅などで好きなことをして亡くなるのが良いかの選択ではないか、というのだ。そしてだから、かかりつけの医師には信頼できる医師を見つけておくことが大切なのだ。
高血圧はかつては栄養状態が悪く150で血管が破裂する可能性があったが、今では“動脈瘤がない限り、血圧が200でもやぶれることはない”。但し、血圧180で頭痛や吐き気、めまいがあるのなら、血圧を下げる薬の処方は必要となるがそうでなければ問題ない。
あるいは、著者の勤務する浴風会病院では“糖尿病患者とそれ以外の人で生存曲線は変わらない”ことが分かっていたので、糖尿病の治療を行わないでいたら、糖尿病でない人の方が糖尿病患者の3倍の確率でアルツハイマー型認知症になることが分かった。低血糖は脳にダメージを与えるからだろう。
だから、“80歳を過ぎたらメタボの心配をするより、小太りくらいを目指す”。それから日本では概ねアメリカの診断基準となっているが、それが問題であることも提起している。
“好きなことはしろ(浮気はダメだがHなことも含めて)”とはいうが、ギャンブルは止めたほうが良い。それは老齢で自制心をコントロールする前頭葉が衰えていることが多く、自己抑制が効かず、生活が破綻する例が多いからだ。
高齢で運転免許は返納する必要はない。多くの先進国には「年齢差別禁止法」がある。75歳の高齢者に認知機能を課すのは完全な差別だ、という。もし、認知機能検査を課すのなら全ドライバーに検査させるべきだ。何故かマスコミは伝えないが、若者の事故も結構多いのも事実だからである。
過度な運動は、体内で活性酸素をつくり過ぎ、身体を酸化させてしまう。スポーツ選手に年齢より老けて見える人が多いのはこのためだ。80歳を過ぎた人にはウォーキング・散歩くらいが理想的だ。(私はある程度の脚力の筋力トレーニングは必須だと思っている。)
生きがいは求めず、楽しんでいる内に見つければ良い。生きがいを求めることがストレスになる場合があり、やはり日々を楽しく暮らすのが大切だ。
茨城の鹿島の人を診ていると、認知症を遅らせるには、薬より頭や体を使うのが有効であるのではないか。認知症の本質は前頭葉が縮み意欲がなくなるもので、“だんだん何もしなくなる病気”である。だから脳を使って刺激することが良い。体を使えば、脳も使うことになる。脳細胞は常に新たなネットワークを新設することができるので、認知症は過去の記憶を捨てて、素の人間に戻ることになるきっかけも与えてくれる。
だからこそ、「食べたいものを食べる」「血圧・血糖値は下げなくていい」「ガンは切らない」「おむつを味方にする」「ボケることは怖くない」という結論になる訳だ。
最後に著者は、“究極の「幸せとは何か」は、やっぱり楽しむ能力なのだと私は思っています”といって終わっている。
コメント ( 0 ) | Trackback ( )
« 加谷・高橋・... | NHK・ETV特集“... » |
コメント |
コメントはありません。 |
コメントを投稿する |