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“経営診断チェック・シート”について

先週の起業家のためのインキュベーション・センターで開催されたセミナー内容の紹介に引き続き、予告通り、このセミナー参加者に配布された企業経営者への企業経営上の問題点チェック・リストについての所感を紹介したい。つまり、このチェック・シートとISO9001とを比較してみて、その優劣を論じてみたいと思った次第だ。

まず、このチェック・シートは曼荼羅で構成されている。つまり、“会社の永続的発展”のための要素を企業またはその経営者の8つの特性または分野に分けて、さらにその要素毎に8つのチェック・項目を設けているのである。つまり、どのような課題であっても、最初からアプリオリに64項目のチェック項目と決まってしまっていることになる。そもそも、こういう展開の仕方そのものが、とりあえず安直に作ってみたという印象を与える。ちなみに、その8つの特性または分野というのは、“会社の永続的発展”を中心に、左上から時計回りに“顧客維持”、“営業力”、“商品力”、“(経営者の)人間力”、“財務力”、“組織力”、“継続力”となっている。そして、順次その8つの分野の下に来る64のチェック項目のISO9001の規格要求事項との比較に移って内容を見てみた。(ISO9001:2008年版では要求事項shallは136ある。)その64のチェック項目と、規格要求事項は完全とは言えないまでもほぼ重なるのは55項目であった。そしてチェック・シートの特徴として次のことが言えるように思う。

①繰り返しになるが、“会社の永続的発展”の課題を8つの分野への分解することが正しいのかどうかは、この8つの分野が、それぞれ同列のレベルのものかどうかから吟味されるべきである。つまり、例えば、その概念として“顧客維持”の下に“営業力”、“商品力”が来るべきではないのかという疑問が湧くのである。もしそれが正しければ、その“顧客維持”の分野へのチェック項目が、他の分野に比べて3倍にのぼるというアンバランスが生じるが、これで良いのだろうか、あるいは その下に来るチェック項目に重複は生じないのかという疑問である。FTA的には、こういう事態は忌避されるべき問題である。そして、事実同じような内容のチェック項目が散見された。例えば“顧客の声の定期的収集”と“ニーズの把握”の重複と“会社の一体感”と“ビジョン”、“目的共有の仕組”である。こういうチェック・シートで同じ内容を表現を変えて何度も問うて、しかも点数を付けるとなると問題は大きい。

②客観的評価困難なチェック項目が多く、当事者(経営者)の主観判断で“できている”と判定できるものが散見される。例えば、経営者自身の“人間力”を問うている分野でそれが顕著である。それが問題なのは、自分で“できている”と判定してしまえるようなチェック項目は全く意味がない。例えば“常に謙虚に人の話に耳を傾け、向上心をもって経営に取組んでいますか?”は回答に困る。可と判定するための客観基準が無ければチェックする意味が全くない。主観的判断で、“オレはやっている”で可とするのは意味が無い。この程度なら許せるという甘い判断が、最近の不祥事に見るように、企業統治を誤らせる要因になるからだ。逆に主観的にしか問えない質問は省いた方が良い。もっとも 客観的にやっていても、どの程度やるべきかが その組織にとって適切なのかを判定困難なのはISO9001も同じではあるが、問題のレベルは異なるように思う。
また次のような質問も どう答えてよいのか不明なのだ。“ある日突然経営に行き詰ることがないように、あらゆるリスクを想定して経営していますか?”と問うているが、“あらゆるリスク”を考えていては何もできないからだ。その組織にとって重要なリスクを特定して、それをマネジメントするような質問をするべきではないか、と考える。

③製品の品質自体よりも“(個別の)顧客の意向”に関心が集中し過ぎているように見える。品質の維持・向上には莫大な組織力が注入されるものだが、それに関連してのチェック項目は“自社の商品・サービスを品質面で維持・向上させる仕組はありますか”という品質管理の項目と“自社の商品・サービスをいつでも安定して提供できる仕組はありますか”という生産管理の質問に限られるからだ。この質問を見ても分かるように、チェックする経営者が可と思えばそれで済むような印象である。品質管理や生産管理はメーカーであればどこでも大なり小なりやっているからだ。このチェック・シート全体として顧客、従業員、資金調達、利益計画には関心があるが製品品質には関心が向かっていないように思える。

④チェック項目間の関連性や深みに乏しい。例えば、“財務力”を問うているが、その力の源泉は“製品品質”に起因するはずだ。しかし、それを考慮したチェック項目は無い。バランス・スコア・カードでは“人材と変革”、“業務プロセス” 、“顧客の視点”が財務に影響するとしている。これらはISO9001がカバーしている分野である。つまり 金を借りるテクニックや金融機関との付き合い方よりも、ビジネスそのものをロバストにしておけば、金融機関側からすり寄ってくるものではないのか。それが経営の王道ではないのか、と思える。製品は企業組織と顧客の究極のコミュニケーション・ツールであるので、製品品質こそ企業経営の最重要管理項目であり、その成果は財務にも及ぶはずであり、品質マネジメントは組織活動のコア活動となるものだが、チェック・シート全体にはその意図が見えない。

⑤チェック項目が個別具体的過ぎるものがいくつかある。具体的経営手法の採否を問うているものがあるが、その手法が業種によっては適用困難な場合があるはずである。例えば、顧客へ自社をリマインドさせたり、ニュース・レターを定期的に発信することをしているか、を問うている質問があるが それを強要するのは困難な業種もあるからだ。しつっこいと逆に顧客に嫌われることもあるはずだ。

⑥不可のチェック項目が判明しても、組織活動の全体が問題なのか、個別のプロセスの問題なのか、PDCAの問題箇所がどこなのか直ちには判り難い漠然とした質問項目が多い。

⑦ISO9001には 監査項目があるが、このチェック・シートには他人の目で見てどうなのかの視点がない。②の指摘と重複するが自己満足で終わる可能性が高いのだ。これでは失敗するビジネスとなる危険性が高い。あのオリンパスの事例でも分かるように、“何も分からない他人にはとやかく言われたくない”という意識が日本人には大きいように思うし、このチェック・シート作成者にも こういう点への経営者への“配慮”があったのだろうか。ISO9001が日本社会で好んで採用されないのは こういう冷たい客観性があるのかも知れない。だが、その客観性こそ、チェックされるべき要諦である。

このように見て来ると、ISO9001の方が このチェック・シートよりは優れた規格であると思えて来る。このことから、私としては改めて組織経営に関する人類の英知としてのISO9001の重要性ばかりでなく、様々な業種への適用柔軟性も 再認識できたのである。
但し、逆に⑤のように指摘の具体性がチェック・シート側の親しみ易さの原因だとすると、規格としてのISO9001の抽象性自体が人々の理解を得るための障害になっているのかも知れない。これは規格や法規の本質的問題である。規格や法規は抽象的でなければ、様々な事態に適用できなくなるし、様々な事態に適用できなければ規格や法規の存在意義がなくなるからだ。つまり、法規の解説書や解釈本が 書店の書棚をにぎわすように、ISO9001にも適用事例を含めた分かり易い解説がPRには必要不可欠な要素であると再認識した次第である。

また世間には、このチェック・シート以外にも“経営診断”と称してこのような質問項目を並べ立てているものを しばしば見かけるが いずれもここで指摘したような特徴が大なり小なりあって、ISO9001を上回るような洗練されたものを見たことがない。或いは微に入り、細に及ぶ膨大なチェック項目があったりして、業種によっては適用できないことが多いものを見かけることもある。適用できないチェック項目があるからと、それを勝手に外してしまうと逆にチェックの意味がなくなる。また安直なチェック・シートでチェックしてみて自己満足に陥るようでは、これも全く意味が無い。
以上のような観点でISO9001を見てみれば、ISO9001にも欠陥はあるが、世間にあるどのような“経営診断チェック・シート”よりは はるかにましのように思うのである。しかし、何故か世間はISO9001をそのように見ていないように思うのは非常に残念至極なのである。ISO9001は面倒だ、という感想もあるだろうが、それが“気付き”につながらなければならない。ビジネスそのものが面倒なものだから仕方ないのである。自己満足に陥った時、そこには危機が訪れるのではないのか。

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