徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

百日咳対策を見直す~米国の「Cocoon Strategy」

2012年05月20日 09時19分41秒 | 小児科診療
 近年、成人の百日咳が社会問題化しています。
 1ヶ月以上咳が長引く患者さんの3割は百日咳の可能性があるとの報告もあります。ただし、典型的な咳込み発作が出にくいので、診断が後手に回りがちで早期治療が困難なのが悩ましいところです。

 さて、このとばっちりを受けるのが赤ちゃん。
 乳児が百日咳に罹ると、命に関わる重症の病気になります。
 咳き込みが止まらず呼吸が苦しくなり、顔色が悪くなり、特に3ヶ月未満の乳児では息を止めて(無呼吸発作)しまうのです。ネットで検索すると、YouTubeで動画を見つけました;
百日咳乳児の咳込み
 もう、かわいそうで見ていられません。

 実例を挙げると、2010年米国カルフォルニア州で百日咳の流行があり、8000人を超える患者が発生しました。そのうち死亡例が10人、すべて乳児でした。
 ちなみに米国では小児期定期接種として5回DTP、さらに成人用Tdap(局所反応軽減目的でジフテリア・トキソイドを減量した成人向けワクチン)を11~12歳で追加接種し、合計6回免疫を付けていますが、それでもこのような現象が起きてしまうのです。
 米国では生後2ヶ月からDTP接種可能ですが、接種完了以前の赤ちゃんは免疫不十分なため罹ってしまいます。

 咳が続けど百日咳と自覚していない大人が、DPT接種前の赤ちゃんに面会して抱き上げると・・・考えるだけで恐ろしい。

 米国はこの状況にいち早く対応し、ワクチンができない時期の赤ちゃんを守る戦略がとられています。
 名付けて「Cocoon Strategy」(繭戦略)。
★「Cocoon Strtegy by AGPN」(こちらはオーストラリア版)
 母親の妊娠が判明すると、母親自身はもちろんのこと、その家族や今後赤ちゃんの面倒を見る可能性のある人全員のワクチン接種歴および罹患歴を調査し、罹患歴がなくワクチン接種が年齢における必要数行われていない人に対しては不足分のワクチン接種が行われます。また、もし母親がTdap(前項参照)未接種であった場合、出産後すぐにTdapを接種する(基本的には妊娠前の接種を推奨)、さらには出産に関わる医療従事者にもTdapの接種が推奨されており、ありとあらゆる感染経路をワクチン接種によりつぶすことで生まれてくる赤ちゃんを百日咳から守る努力がなされているのです。
 カイコが幼虫の周りに硬い嚢をを作って幼虫を守る繭(Cocoon)に似ていることからこのネーミングがなされました。日本もよいところは見習って後に続いて欲しいものですが、今のところ何の動きもありません。

■ ワクチンを接種したくてもできない子ども達を守る
 この繭戦略の根底にあるのは「ワクチンを接種したくてもできない人を守ろう」という考え方、つまり「集団免疫」という思想です。
 ご存じのようにワクチンの効果には「個人免疫」と「集団免疫」があります。
 ワクチンは接種した本人を守ってくれます(個人免疫)が、接種率を上げることによりその環境から病原体が駆逐され流行を抑えることができるのです(集団免疫)。

 もう一つ例を挙げると「白血病と水痘ワクチン」。
 水痘は健康な子どもが罹っても1週間で治る、どちらかというと軽症の感染症です(まれに重篤な合併症はあります)。
 しかし免疫不全状態の子どもが罹ると命に関わります。
 白血病や小児ガンの子ども達は、病気そのもの、あるいは治療で免疫不全状態にあり、病院で闘病生活を送っています。その病棟に、肺炎や脱水症で入院してきた患者さんがもし入院中に水痘を発症したら・・・病棟は大変な騒ぎになります。
 もちろん、白血病の子ども達には予防的な治療が施されますが、一旦発症してしまうと重症化は避けられません。
 水痘の伝染力の目安である再生産数(Ro)は8~10人、つまり1人患者が発生したら周囲に10人患者がいると思え、という感染力の強い病気であり、大変なのが感染対策。
 小児病棟は潜伏期間の3週間は閉鎖され、他に水痘患者が発生しないことを確認後、ようやく再開することになります。この間、新たな入院患者は受け入れ不能となり病院は機能不全状態に陥ります。
 この影響は甚大であり、白血病治療を専門としている小児科医達から悲鳴が上がっています。
 
 日本にはワクチン反対の論陣を張っている小児科医もいますが、上記のような状況をどう考えているのでしょう。知った上でも「自然に罹った方がよい」と言うのでしょうか。
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ワクチン「接種率」の重要性 | トップ | 大人にも予防接種を »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

小児科診療」カテゴリの最新記事