“直美”という単語が医療界で話題になっています。
この漢字は“なおみ”ではなく“ちょくび”と読みます。
人物の名前ではありません。
ではどういう意味かというと、
「研修期間を過ぎたら直接美容外科へ進むこと」
という意味です。
30年以上前に医師免許を取得した私にとって、
「美容外科」は皮膚科や形成外科の一部が担うマイナーな診療科でした。
さらに雑誌広告で「包茎を治しましょう」「バストアップを」「しわを取りましょう」
など、なんとなく怪しいイメージも付随していました。
実際に「包茎手術」は金儲けしようと高須クリニックの高須 克弥氏が創作したモノとカミングアウトしています。
しかし現在、メジャーな診療科である内科や外科を選択せず、
マイナーな美容整形を選択する研修医が無視できないほど増加しており、
医療崩壊を招きかねないと問題視されてきています。
第一の理由は、医師の仕事が“ブラック企業”であること。
「働き方改革」でも医師だけ蚊帳の外でしたよね。
私自身、勤務医時代は24時間ポケベルで拘束され、
夜間点滴が漏れただけで呼ばれる総合病院小児科に在籍していて、
身体を壊して開業せざるを得なかった被害者の1人です。
第二の理由は、政府のなりふり構わない“医療費削減“方針のため、
ふつうに真面目に保険診療をしていると赤字になってしまう構造です。
なお、美容外科は自由診療ですから、収入が単純計算で1.5倍になります。
政府の医療界に対する方針は、
巷の働き方改革に逆行し、
1人でやりくりしている開業医に夜間対応を求め、
そうしないと加算が取れないしくみにしています。
開業医の平均年齢は60歳を超えています。
すると病名の一つや二つつく半病人です(私もその1人)。
満身創痍の還暦過ぎの人間に「夜も働け」という方針が、
現在の医療界を崩壊に向けているのです。
こちらを先に改革しないと、
マイナ保険証が普及しても診療する医師がいなくなります。
現場を知らない官僚の方々、再考していただきたい。
この問題を扱った記事を紹介します。
▢ 「保険医の待遇を改善しないと美容医の増加は食い止められない」
(2024/11/27:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);
ここ数年、初期研修修了後すぐに、美容を目的に自由診療下で医行為を行う美容医療の道に進む「直美(ちょくび)」の医師の増加が話題となっている。一方、既に何らかの専門医資格を有する中堅医師の中にも、美容医療クリニックに転職する人は決して少なくない。今、多くの医師が美容医療の道を志す背景や、保険診療の現場で起きている問題点について、日本美容外科学会(JSAPS)の理事を務める東京慈恵会医科大学形成外科学講座主任教授の宮脇剛司氏に話を聞いた。
・・・
──近年、若手を中心に美容医療の道に進む医師が増えています。この現状をどう捉えていますか。
宮脇 全ての美容医療クリニックにおける採用人数を把握するのは困難なため、正確な数は分かりませんが、ちまたでは毎年500人程度の医師が美容医療の世界に転身していると言われています。このうち、初期研修修了後すぐに美容医療クリニックに就職する、いわゆる「直美(ちょくび)」の医師は年間200人近くに上るとも推算されており、若い医師を中心に、美容医療が医師のキャリアの選択肢の1つとなっているのは間違いありません。
こうした流れの背景には様々な要因が考えられますが、
宮脇 全ての美容医療クリニックにおける採用人数を把握するのは困難なため、正確な数は分かりませんが、ちまたでは毎年500人程度の医師が美容医療の世界に転身していると言われています。このうち、初期研修修了後すぐに美容医療クリニックに就職する、いわゆる「直美(ちょくび)」の医師は年間200人近くに上るとも推算されており、若い医師を中心に、美容医療が医師のキャリアの選択肢の1つとなっているのは間違いありません。
こうした流れの背景には様々な要因が考えられますが、
(1)コスパ(コストパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する医師が増えたこと、
(2)美容医療市場がここ数年で急拡大し、一大産業になったこと
──の2点が大きいと考えます。かつては、初期研修修了後は大学医局に入って専門医を目指すのが、ほとんどの医師がたどる“王道ルート”でした。しかし拘束時間や給料を考えると、コスパやタイパは決して良いとは言えません。一方、ほとんどの美容医療クリニックでは大学とは比べものにならないほどの給料が保証されており、当直もありません。
「医師たるもの昼夜問わずがむしゃらに働くべきだ」という考えの下で育ってきた我々の世代ですら、医師の働き方改革の影響で、労働時間に対する意識がかなり変わってきています。コスパやタイパを重視する今の20~30歳代の医師が美容医療の道を目指すのは、ある意味当然の流れだと思います。
美容医療の世界は、コロナ禍以降、大手の美容医療クリニックを中心に施設数が急増し、いまや医師の巨大な収入源になり得る産業として存在感を増しています。SNS戦略などにより、一般の人にとって美容医療は以前より身近な存在になっていると感じますし、美容医療に携わっている医師の中には、SNSを通してきらびやかな私生活をアピールする人も少なくなく、こうした生活に憧れる若手医師が美容医療に流れている側面もあります。
コスパやタイパを重視する若手医師が増えたと言うと「今の若者は意識が低いのが問題だ」という結論に帰着しがちですが、私はそうではないと考えます。もっと根本的な問題は、日本の保険医の給料が労働時間や仕事内容に対する対価としてあまりにも低く、今の経済状況に追いついていないことではないでしょうか。美容医療に転身した若手医師は、この保険診療の限界にいち早く気付いた人だと言えるでしょう。
「医師たるもの昼夜問わずがむしゃらに働くべきだ」という考えの下で育ってきた我々の世代ですら、医師の働き方改革の影響で、労働時間に対する意識がかなり変わってきています。コスパやタイパを重視する今の20~30歳代の医師が美容医療の道を目指すのは、ある意味当然の流れだと思います。
美容医療の世界は、コロナ禍以降、大手の美容医療クリニックを中心に施設数が急増し、いまや医師の巨大な収入源になり得る産業として存在感を増しています。SNS戦略などにより、一般の人にとって美容医療は以前より身近な存在になっていると感じますし、美容医療に携わっている医師の中には、SNSを通してきらびやかな私生活をアピールする人も少なくなく、こうした生活に憧れる若手医師が美容医療に流れている側面もあります。
コスパやタイパを重視する若手医師が増えたと言うと「今の若者は意識が低いのが問題だ」という結論に帰着しがちですが、私はそうではないと考えます。もっと根本的な問題は、日本の保険医の給料が労働時間や仕事内容に対する対価としてあまりにも低く、今の経済状況に追いついていないことではないでしょうか。美容医療に転身した若手医師は、この保険診療の限界にいち早く気付いた人だと言えるでしょう。
▶ 既に大学病院のマンパワー不足は深刻、行き着く先は大学崩壊か
──若手の医師のみならず、形成外科や皮膚科の専門医や、そもそも別領域が専門の中堅医師の転身も相次いでいます。
宮脇 一生懸命努力してスキルアップしても、日本の診療報酬の仕組みにおいては、手術などの保険診療は教授クラスが行っても研修医が行っても診療報酬は一律であり、その結果、給料は役職や経験年数に応じて多少違うものの、横並びになりがちです。専門医資格を取得し、努力して研さんを積んできた中堅医師では、こうした点に対する不満が噴出しやすく、モチベーション低下につながっているのだと考えます。
──一方で、美容医療を選ぶ医師が増えることで、保険医の減少や医師偏在の加速を懸念する声も聞かれます。
宮脇 まさにそこが一番の問題で、医師の働き方改革の影響で、医師数が十分に確保できている東京都ですら、診療科によっては、患者が受診したいタイミングで受診できず、医師を求めて病院を探し回らなければいけない事態が起こり始めています。
大学病院は、時間外労働の制限などによって人手不足が特に顕著になり、外来を縮小したり手術件数を減らしている病院も少なくありません。当科でも、今年に入ってからは急患を断らざるを得ないケースが増えました。こうした状況の中で、美容医療へ転身する医師が増加して大学の医師不足が加速すると、いずれは講座の維持が難しくなり、大学崩壊の危機に直面する可能性もあるでしょう。保険医の数を維持するためには付け焼き刃的な対応ではなく、何かしらの抜本的な施策が欠かせないのではないかと思います。
例えば、専門医資格を有する医師や腕のいい医師には金銭的インセンティブを与えて、給料を引き上げるのも1つの手でしょう。美容医療に転身する医師の中には、保険診療自体にはやりがいを感じているけれど、金銭的な問題で保険診療を離れてしまう医師も少なくありません。そのため、美容医療クリニックと同等の給料を保証できれば、美容医療への医師の流出をある程度は食い止められるはずです。とはいえ、今の国民皆保険制度のままでは医療費の財源が限られていますから、スキルの高い医師が診察・執刀する場合は、選定療養費のような自己負担の仕組みで患者に請求できるといった、新たな仕組みの構築が望ましいでしょう。
このほか、初期研修修了後の何年かは保険診療への従事を義務付けることも案としては考えられますが、保険診療の魅力そのものが上がらなければ、結局はその後、美容医療などへの医師の転身を食い止めることは難しいと思います。
宮脇 一生懸命努力してスキルアップしても、日本の診療報酬の仕組みにおいては、手術などの保険診療は教授クラスが行っても研修医が行っても診療報酬は一律であり、その結果、給料は役職や経験年数に応じて多少違うものの、横並びになりがちです。専門医資格を取得し、努力して研さんを積んできた中堅医師では、こうした点に対する不満が噴出しやすく、モチベーション低下につながっているのだと考えます。
──一方で、美容医療を選ぶ医師が増えることで、保険医の減少や医師偏在の加速を懸念する声も聞かれます。
宮脇 まさにそこが一番の問題で、医師の働き方改革の影響で、医師数が十分に確保できている東京都ですら、診療科によっては、患者が受診したいタイミングで受診できず、医師を求めて病院を探し回らなければいけない事態が起こり始めています。
大学病院は、時間外労働の制限などによって人手不足が特に顕著になり、外来を縮小したり手術件数を減らしている病院も少なくありません。当科でも、今年に入ってからは急患を断らざるを得ないケースが増えました。こうした状況の中で、美容医療へ転身する医師が増加して大学の医師不足が加速すると、いずれは講座の維持が難しくなり、大学崩壊の危機に直面する可能性もあるでしょう。保険医の数を維持するためには付け焼き刃的な対応ではなく、何かしらの抜本的な施策が欠かせないのではないかと思います。
例えば、専門医資格を有する医師や腕のいい医師には金銭的インセンティブを与えて、給料を引き上げるのも1つの手でしょう。美容医療に転身する医師の中には、保険診療自体にはやりがいを感じているけれど、金銭的な問題で保険診療を離れてしまう医師も少なくありません。そのため、美容医療クリニックと同等の給料を保証できれば、美容医療への医師の流出をある程度は食い止められるはずです。とはいえ、今の国民皆保険制度のままでは医療費の財源が限られていますから、スキルの高い医師が診察・執刀する場合は、選定療養費のような自己負担の仕組みで患者に請求できるといった、新たな仕組みの構築が望ましいでしょう。
このほか、初期研修修了後の何年かは保険診療への従事を義務付けることも案としては考えられますが、保険診療の魅力そのものが上がらなければ、結局はその後、美容医療などへの医師の転身を食い止めることは難しいと思います。
▶ 「保険医療機関での合併症対応は保険か自費か」の悩みも
──美容医療の質に目を向けると、不適切な施術に伴う合併症について、消費生活センターなどに寄せられる相談件数は年々増えており、その原因としてスキル不足の医師の増加を指摘する声もあります。
宮脇 厚生労働省は、今年の6月から「美容医療の適切な実施に関する検討会」(以下、検討会)を開催しており、美容医療を提供する医療機関に、年に1回、安全管理措置の実施状況の報告を義務付ける方針などを固めました(関連記事:厚労省検討会、安全で質の高い美容医療提供のための報告書案公表)。
もっとも、日本美容外科学会(JSAPS)では、カウンセラーによるアップセル(顧客単価の引き上げ)や不適切な施術に伴う合併症などの問題に対して、相当前から警鐘を鳴らしており、例えば2020年と2022年には、安全な美容医療を提供するための「美容医療診療指針」を関連学会合同で作成するなど、様々な取り組みを行ってきました。厚労省の検討会の内容を取りまとめた報告書でも示された通り、今後は関連学会で、質の高い美容医療の提供に向けた研修制度や有害事象発生時の対応などを盛り込んだガイドラインを策定予定です。
JSAPSは、形成外科専門医資格を有する医師のみが取得可能な専門医制度を設けており、美容医療の質の担保という観点では、美容外科に携わる医師全員が形成外科専門医や、日本美容外科学会(JSAPS)専門医を取得していることが望ましいと考えます。とはいえ、実際にはSNS戦略がうまければ、専門医を持っていなくても売れっ子医師になることは可能ですし、「美容医療の世界では、スキルを磨くよりもSNSで集客できる方が重要だ」という意見も聞かれます。自由診療であり、患者に人気のある医師が必ずしも十分なスキルを兼ね備えているとは限らないため、合併症が生じた際に自院で対処できず、保険医療機関に丸投げするケースが後を絶ちません。
保険診療が限界に来ている中で、美容医療のトラブルに対応していると、現場はさらに逼迫してしまいます。また、実際に我々がこうした患者に遭遇した際に特に困るのは、「医療費をどうするのか」という点です。
美容医療は自費診療なので、美容医療による健康被害は基本的に全て自費診療とするのが医療機関の共通認識となっているものの、命に関わるような状態で運ばれてくる患者に対して、「お金を払えないなら診ない」というわけにもいきません。実際の判断は、合併症に対応した医師や医療機関に委ねられており、対応に苦慮することもしばしばあります。本来は、美容医療を提供する医療機関でフォローアップ体制をきちんと作るべきですが、美容医療による合併症を保険診療で診るべきなのかどうかを含めて、国は明確な見解を示すべきだと考えます。
宮脇 厚生労働省は、今年の6月から「美容医療の適切な実施に関する検討会」(以下、検討会)を開催しており、美容医療を提供する医療機関に、年に1回、安全管理措置の実施状況の報告を義務付ける方針などを固めました(関連記事:厚労省検討会、安全で質の高い美容医療提供のための報告書案公表)。
もっとも、日本美容外科学会(JSAPS)では、カウンセラーによるアップセル(顧客単価の引き上げ)や不適切な施術に伴う合併症などの問題に対して、相当前から警鐘を鳴らしており、例えば2020年と2022年には、安全な美容医療を提供するための「美容医療診療指針」を関連学会合同で作成するなど、様々な取り組みを行ってきました。厚労省の検討会の内容を取りまとめた報告書でも示された通り、今後は関連学会で、質の高い美容医療の提供に向けた研修制度や有害事象発生時の対応などを盛り込んだガイドラインを策定予定です。
JSAPSは、形成外科専門医資格を有する医師のみが取得可能な専門医制度を設けており、美容医療の質の担保という観点では、美容外科に携わる医師全員が形成外科専門医や、日本美容外科学会(JSAPS)専門医を取得していることが望ましいと考えます。とはいえ、実際にはSNS戦略がうまければ、専門医を持っていなくても売れっ子医師になることは可能ですし、「美容医療の世界では、スキルを磨くよりもSNSで集客できる方が重要だ」という意見も聞かれます。自由診療であり、患者に人気のある医師が必ずしも十分なスキルを兼ね備えているとは限らないため、合併症が生じた際に自院で対処できず、保険医療機関に丸投げするケースが後を絶ちません。
保険診療が限界に来ている中で、美容医療のトラブルに対応していると、現場はさらに逼迫してしまいます。また、実際に我々がこうした患者に遭遇した際に特に困るのは、「医療費をどうするのか」という点です。
美容医療は自費診療なので、美容医療による健康被害は基本的に全て自費診療とするのが医療機関の共通認識となっているものの、命に関わるような状態で運ばれてくる患者に対して、「お金を払えないなら診ない」というわけにもいきません。実際の判断は、合併症に対応した医師や医療機関に委ねられており、対応に苦慮することもしばしばあります。本来は、美容医療を提供する医療機関でフォローアップ体制をきちんと作るべきですが、美容医療による合併症を保険診療で診るべきなのかどうかを含めて、国は明確な見解を示すべきだと考えます。