私が小児アレルギーをサブ・スペシャリティとして選択した当時(1992年頃)は、
アレルギー学会の食物アレルギーのセクションを覗くとそこは一種異様な雰囲気で、
あまり科学的な印象を持てませんでした。
それを論理立てて再構築した功績は昭和大学小児科教授の故・飯倉洋二先生ですね。
少々強引なところもありましたが、食物アレルギー分野を牽引したことは確かです。
その弟子達は四天王と呼ばれ、小児アレルギー分野で大活躍しました。
そして弟子の弟子達が現在活躍しています。
それはさておき。
先日、食物アレルギー診療のセミナー(講師は福家先生)を視聴したので、
ポイントをメモ書きとして残しておきます。
Q.母親の私はアレルギー疾患があるのですが、生まれてくる赤ちゃんもアレルギー体質になりやすいですか?
A.はい、アレルギーのないご両親の赤ちゃんと比べると確率は数倍高くなります。
…親や兄弟にアレルギー疾患があると、無い場合に比べてアレルギー疾患を発症する割合が数倍高くなります。
しかし、アレルギー体質をつくる決定的な遺伝子の存在は確認されていません。
だからメンデルの法則のように「何%の確率でアレルギー体質になる」と計算できないタイプです。
ただ、影響を及ぼすフィラグリン遺伝子は知られています。
フィラグリン遺伝子が欠けていると乾燥肌になりやすく、
アトピー性皮膚炎、食物アレルギーや気管支喘息、アレルギー性鼻炎のリスクが上がります。
Q.母親の私はアレルギー疾患がある場合、生まれてくる赤ちゃんのアレルギー疾患は予防できますか?
A.(一部)可能です。
…人が生まれてから発症するアレルギー疾患は、
年齢によりある程度順番が存在することが昔から知られていました。
乳児期:アトピー性皮膚炎と食物アレルギー、
幼児期:気管支喘息、
学童期:アレルギー性鼻炎、花粉症…
しかし、どうしてこの順番になるのかは不明で、
とくにアトピー性皮膚炎と食物アレルギーはほぼ同時に存在し、
どちらが原因でどちらが結果なのか、
皮膚科と小児科で喧々顎学の議論が数十年続いていました。
その結論が出たのが2000年代後半。
アトピー性皮膚炎が先(原因)で、
食物アレルギーが後(結果)、
ということがわかったのです。
湿疹(バリアの壊れた皮膚)部位から食物抗原が繰り返し侵入することにより(経皮感作)、
食物抗原に反応する体質(=食物アレルギー)になるのです。
逆に言うと、アトピー性皮膚炎の湿疹が現れたら早期に治療することにより、
食物アレルギーが予防できる可能性があります。
実際にそのような研究がなされ、実績を上げています。
ずっと謎だった“アレルギー疾患予防”の扉が開かれました。
具体的な数字を提示します。
湿疹が出始めてから治療開始までの期間により、
食物アレルギーの発症率が異なることが国立成育医療センターから報告されています。
湿疹発生後1ヶ月 → 13%
湿疹発生後2ヶ月 → 24%
湿疹発生後3ヶ月 → 31%
湿疹発生後6ヶ月 → 31%
湿疹発生後9ヶ月 → 64%
湿疹発生後11ヶ月 → 100%
以上の数字を見ると、できるだけ早く湿疹の治療を開始した方が有利であることがわかります。
湿疹病変のある皮膚から侵入するアレルゲンは食物アレルゲンだけではなく、
吸入アレルゲン(ダニや花粉など)もあります。
こちらも気管支喘息やアレルギー性鼻炎・花粉症の原因になり得ます。
つまり、湿疹をしっかり治療して皮膚をキレイにしておけば、
食物アレルギーを含めたアレルギー疾患を予防できるのです。
逆に乳児期のアトピー性皮膚炎を長引かせてしまうとアレルギー体質が進んでしまう…
“ひどくなければいずれ落ちつくだろう”という甘い考えはいけません。
ここで大切なことは、湿疹を完全にゼロにして、皮膚をツルツルピカピカ状態に保つ必要があります。
どうも近隣の皮膚科医は「1歳ぐらいまでに落ちつきますよ」というスタンスで、
ひどくない程度の治療にとどめる先生が多く、
近年の「アレルギー予防」という考えが欠けている印象があります。
少し視点を変えます。
ヒトは生きるために食物を食べます。
食物はヒトにとって“異物”ですから、免疫システムが働いて排除してもおかしくないはず。
でもヒトは、気の遠くなるような長〜い年月をかけて、
口から入る食物を消化吸収して栄養分として取り込むシステム(免疫寛容)を作り上げました。
一方、皮膚から侵入するモノは、積極的に排除します。
100年昔までは、皮膚から侵入するモノは寄生虫とか病原体が多く、
免疫システムが働いて排除してきました。
戦後、生活環境が整い、寄生虫を心配せずに済む生活になりました。
そして現在、皮膚から侵入するモノは、生き物ではなくダニや食物の小さなカケラに代わりました。
それでも免疫システムはダニや食物のカケラを敵と見なし、
排除するよう働きます。
これを延々と繰り返していると、それらを受け付けない体質になってしまう、
これがアレルギーです。
さて、欧米では食物アレルギーの代表の一つはピーナッツアレルギーです。
今から約10年前(2015年)に以下のような研究が報告されました。
家族にアレルギー疾患のあるハイリスク乳児に、
ピーナッツを食べさせたグループと、
食べさせなかったグループを比較したところ、
5歳時点のピーナッツアレルギー発症率は、
食べさせなかったグループ:17.3%
食べさせたグループ :0.3%
と意外なことに食べさせたグループの方が圧倒的に少なかったのです。
欧米ではみんなでピーナッツを食べるので、
部屋の中にはそのカケラがたくさんあります。
赤ちゃんの口から先に入るとアレルギーにならないけど、
赤ちゃんの皮膚から先に入るとアレルギーになることが証明された報告でした。
実はイギリスではこの報告がでるまでは、
「赤ちゃんにはピーナッツを食べさせないように」
という指導方針でした。
日本では卵で同様のことが報告されています。
アトピー性皮膚炎と診断された赤ちゃんを、湿疹の治療と並行して、
卵を食べさせないグループと食べさせるグループに分け、
1歳時点での卵アレルギー発症率を比べた報告です。
結果は、
卵を食べさせないグループ:38%
卵を食べさせたグループ : 8%
とこちらでも食べさせたグループの方が、卵アレルギーになりにくかったのです。
整理すると、
皮膚から侵入するモノは敵でアレルギーの原因となる(経皮感作)、
口から入るモノは消化吸収して栄養分となる(経口免疫寛容)。
この2つの事実から導き出せるアレルギー予防法は、
「湿疹があれば早期に治療し、食物アレルギーが心配な食物を早期に開始すべきである」
というものです。
ですから、
「食物アレルギーが心配だから卵や牛乳はまだあげていません」
という方針は間違いなのです。
現時点で推奨される離乳食の進め方は、
「いろんな食材を少しずつ赤ちゃんに食べさせる」
ことに尽きます。
その前提条件として、湿疹があれば早期に治しておくことが必須。
これは、ピーナッツや卵の食物アレルギーに限らず、
すべてのアレルギー疾患に当てはまることがわかっています。
<まとめ>
1.かゆい湿疹は早く完璧に治しましょう。
2.離乳食を遅らせてはいけません。ふつうのスケジュールで進めましょう。
3.バラエティ豊かな離乳食を心がけましょう。
日本の離乳食は世界標準から見るとかなり偏っていることが判明し、
小児科医は問題視しつつあります。
こちらの話題はまた別の機会に書きたいと思います。