前出、『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』(吉田たかよし著、講談社現代新書、2013年発行)より。
私は昔(四半世紀前)、大学で活性酸素の研究をしていました。
そのときに読んだ「人間は酸素100%の環境では1週間で死ぬ」という専門書の記述に衝撃を受けました。
酸素は人体に必須の物質ですが、同時に毒にもなる・・・酸素が変化した活性酸素は加齢現象の主因でもあります。
そんな人体と酸素の関係について、この本は簡潔にわかりやすく解説してくれます。エッセンスをまとめてみました;
地球が誕生したときには酸素はなかった
地球上に生命が誕生したときにも酸素はなかった
酸素を利用することによりエネルギー効率がよくなり生命は進化を遂げた
その際に外来生物である葉緑素とミトコンドリアを細胞内に取り入れた功績は大きい
しかし酸素は毒でもありそれを避けるメカニズムも作る必要があった
そして現在、人体は酸素を利用し、かつ酸素毒を回避しつつ生き続けている
不安定な酸素が安定な二酸化炭素に変化する際にエネルギーが生じる
酸素は多大のエネルギーを生むが毒にもなる点は原発に似ている
不安定な状態と安定な状態の落差が大きいと、制御が難しい
自然界では火事、人体では癌として表現される
あとは、備忘録としてのメモ;
<メモ>
・宇宙生物学においては、酸素を使わない生命が生物として基本的なあり方で、酸素を必要とする生命の方が特別な存在である。ほんの少しでも酸素があれば生存できない生命体もいる。
【好気性生物】生存するために酸素が必要な生命体・・・すべての多細胞生物
【嫌気性生物】生存に酸素が不必要、むしろその毒性により生存しにくくなる生命体・・・バクテリアなど単細胞の微生物がほとんど。
・46億年前に地球が誕生したときには大気に酸素はほとんど含まれていなかった。38億年前に地球に生命が誕生したときは、すべての生命は嫌気性生物だった。好気性生物が地球上に現れたのは、約23億年前。
・基本的には嫌気性生物として設計された細胞を、酸素があっても死なないようにのちに改良したのが私たち人体であり、やはり人間の細胞も本来は酸素が苦手であり、人体は酸素の影響で老化したり癌になったりする。
・現在の地球の大気には、約21%の酸素が含まれているが、広い宇宙の視点で見れば、これは実に異常な環境である。
・太陽系の兄弟分である金星と火星は地球と同じような条件で誕生したが、この二つの惑星の大気中に酸素はほとんど含まれていない。火星と金星の大気は似ていて、最も多い成分が二酸化炭素、次が窒素である。
・気体の酸素はものすごく不安定で、他の元素と反応して安定な化合物に変化する(燃焼、錆び)。現在の地球に酸素が多いというのは、間違いなく何らかの特殊な事情があったはずである。
・地球の大気は惑星内部由来、つまり火山から噴き出したガスに由来する。
・植物は光合成により二酸化炭素から有機物を作り酸素を放出する。やがて植物は枯れるが、せっかく作った有機物もいずれ腐敗して二酸化炭素に戻る。そのときに放出したのと同じ量の酸素が使われ、結局、生み出した酸素の量は差し引きゼロになる。この循環を繰り返す限り、地球の大気に酸素が増えることはない。
すると植物が腐敗しなければ、大気中の酸素が増えることになる。酸素濃度が現在のように高くなった理由は、植物が作った有機物の中に海底などに沈殿して腐敗しなかったものがあったからであり、それは身近な化石燃料(石油や石炭)として残っている。
・生命を形作る細胞は、簡単にいうと有機物のスープを脂肪の膜で包んだ構造をしている。脂肪は空気中の酸素と反応するので、細胞を取り囲む膜も放って置いたらあっという間に酸化して壊れてしまう。嫌気性生物は酸素があると生きていけない。
・生命は進化の過程で「抗酸化物質」と「抗酸化酵素」という酸素の毒性を除去する特別な仕組みを獲得することにより生きながらえた。これにより酸素を使用し潤沢なエネルギーを創り出すことが可能となり、一気に繁栄することができた。
【抗酸化物質】酸素が細胞の大切な成分と反応する前に身代わりになって反応してくれる成分。
(例)アスコルビン酸(ビタミンC)、グルタチオン
【抗酸化酵素】それ自体が酸素と反応するのではなく、触媒として酸化力を奪う反応を促進してくれる成分。
(例)カタラーゼ、SOD(スーパーオキシド・ジスムターゼ)
・酸素が生み出すエネルギーは膨大で桁違いであり、酸素を利用できるようになったのは生命史上最大の革命であった。植物や動物が多細胞生物になれた理由も、酸素を利用できるようになったからである。
ブドウ糖(=グルコース)1分子から作り出されるATP(エネルギー源)は、酸素を使わない解糖系(アルコール発酵や乳酸発酵)では2ATP、酸素を利用すると38ATP作られるので、19倍効率がよいことになる。
・ミトコンドリアはリケッチアだった:動植物の細胞はミトコンドリアという細胞内小器官により酸素を利用しエネルギーを効率よく生み出している。このミトコンドリアという器官は、細胞本体とはもともとは別の生物だったと考えられている。酸素を使ってエネルギーを生み出せる特殊な生物が、別の生物の細胞に取り込まれて寄生をはじめ、この2種類の生物が共存共栄するようになった。人間の細胞内にあるミトコンドリアを形作る遺伝子の一部は、核ではなく依然としてミトコンドリア内にある。遺伝子の解析から、ミトコンドリアはもともとはリケッチアという病原菌の仲間だったことが判明している。
・葉緑体はシアノバクテリアだった:ミトコンドリアと細胞の関係同様、植物の葉緑体はシアノバクテリアという光合成をする微生物の仲間が細胞に強制したものと考えられている。植物はリケッチアとシアノバクテリアの仲間を両方細胞に取り入れることにより、酸素を産生しそれを利用するシステムを入手して飛躍的に繁栄できた。
・生命にとっての酸素は原発に似ている:どちらも莫大なエネルギーを生み出す一方で、それに伴い大きなリスクも抱え込んでいる点が共通している。
・エネルギーは不安定なものが安定なものに変化するときに生じる。
・原子力発電の原理:原子力発電はウラン235に中性子が当たってウラン236が生じる。この原子核はものすごく不安定なため、自ら分裂し、より安定な原子核を目指して元素が次々に変化していく。そのときに発生するエネルギーを電気に変換するのが原発である。
・不安定な酸素から安定な二酸化炭素へ:人体は有機化合物と酸素分子を反応させ、二酸化炭素と水に変えることでエネルギーを取り出している。2つの酸素原子が結合した酸素分子の状態に比べると、酸素原子が炭素原子と結合している二酸化炭素や、酸素原子が水素原子と結合している水の方が遙かに安定的である。
・生命は酸素を利用して大きなエネルギーを利用できる能力を得て多細胞生物に進化できたが、同時に細胞増殖に歯止めが効かなくなる癌のリスクも抱えることになった。癌という病気の起源は、酸素を利用せずに単細胞生物として生きていた生命が、途中から酸素を利用して多細胞生物に進化したことにあった。
・がん抑制遺伝子 VS 活性酸素:細胞が無秩序に増殖することを防ぐために、人体はがん抑制遺伝子を持っている。しかし酸素はこれを壊してしまう性質を有する。
人体に入った酸素の一部は活性酸素(スーパーオキシドアニオン、ヒドロキシラジカル等)という不安定で反応性の高い物質に変化する。活性酸素は細胞膜や遺伝子を傷つける作用がある。
・脳は脂肪の塊:脳は体重の2%の重量しかないが、全身で消費するエネルギーの実に20%を消費している。脳は水分を除くと6割が脂肪でできている。これは脳内で情報処理をしている電気を正しく作動させるために神経を脂肪という絶縁体で覆う必要があるため。
人体は脂肪を作るために高性能な酵素を獲得した。人間は進化の過程でこの酵素を獲得したため、結果として脳が巨大がした。実際、ブドウ糖から脂肪を合成する能力を比較すると、人間は哺乳類の中で傑出して高い。
・脂肪を作る能力の進化ががん細胞を助けることになってしまった:がん細胞は“できそこないの細胞”なので、とりあえず最小限のタンパク質と脂肪さえ合成できれば少ないエネルギーでも細胞分裂可能であり、ふつうの健常細胞であれば増殖できない低酸素状態でも増える能力を獲得した。
・生物がブドウ糖と酸素を使ってエネルギーを取り出す仕組み:生物は解糖系という仕組みを使ってブドウ糖をピルビン酸に代謝し、これをミトコンドリアの中で酸素を使って燃焼させることでエネルギーを取り出している。
しかし低酸素状態ではピルビン酸を燃焼できないため、生命活動に必要となる十分な量のエネルギーを獲得できず、様々な生命活動に支障を来し、細胞分裂ができなくなる。
・人間が他の動物と同じレベルの脂肪合成能力しか無かったら癌発生率は低かったはず:チンパンジーは人間と遺伝子がかなり共通しているにもかかわらず、癌で死亡する割合は2%に過ぎない。
・活性酸素の二面性:活性酸素は破壊力があるため正常な遺伝子を傷つけがん細胞に変える困ったものではあるが、人体はこの破壊力を逆手にとって、体内に侵入してきた病原菌や発生してしまったがん細胞を破壊する仕組みも発達させてきた。人体には白血球を中心にした免疫システムがあり、病原菌やがん細胞から身を守っているが、このときに活性酸素も利用している。
健康な人であっても、実は、癌の細胞自体は体内で次々に発生していて、1日に発生するがん細胞の数は5000個という説もある。人体はこれに対抗するために、活性酸素を使って破壊している。
ところが、免疫システムで使用される活性酸素は、主に細胞内のミトコンドリアで酸素を使って生み出されているため、低酸素状態に置かれると、人体は活性酸素を作れなくなり、免疫システムが働きにくくなる。
・癌の転移は低酸素状態からの逃避である:さすがのがん細胞も低酸素状態では細胞分裂の速度は遅くなり、無酸素状態では休眠状態になる(死にはしない)。酸素が低下しすぎて居心地が悪くなると、一部のがん細胞は逃げ出して別の場所にたどり着く(癌の転移!)。
癌は酸素のあるなしで、好気性生物と嫌気性生物の2つの顔を上手に使い分け、人体の中で着実に増殖していく。
・抗酸化物質は肉や魚よりも野菜に多い:植物は日光が当たらないと光合成ができない。しかし日光には紫外線も含まれており、紫外線が当たることで活性酸素が勝寺、細胞や遺伝子にダメージが加わる(人間と同じ)。そこで植物がとった対策が、強力な抗酸化物質を大量に作り出すことだった。野菜を買う場合は、色の濃い野菜を選んで買った方がよい。葉緑素も抗酸化物質も多いからである。