前項目で「女性アスリートの無月経」について書きました。
すると、“健康の象徴”というイメージからかけ離れた、
自分の体を追い込みすぎて生理が止まり、
妊娠できない体になっている危険な現状が浮かび上がりました。
昔は「女子選手は無月経になって一人前」
と宣う確信犯的指導者もいたそうです。
千葉真子さんの言葉:
「…当時は『生理がなくて一人前』
「…当時は『生理がなくて一人前』
と心ないことを言う指導者がいると聞いたり、
生理がこない選手が私以外にも結構いたりして、
こういうものかと思ってしまいました。」
危機感を持つスポーツ界、医療界が改革に動き出したのは、
最近のことです。
東京大学に「女性アスリート外来」ができたのは2014年。
担当する能勢さやか医師の言葉です;
「無月経の多くは、運動量に対して食事量が少ない、
エネルギー不足の状態になっていることが原因で、
特に10代の成長期は過度な減量を強いないことがいちばん重要です。
記録を出そうと無理な減量をして,
低体重や無月経になってしまった中高生の選手は、本当に多いです。
そして疲労骨折を繰り返してしまい、
長期的に競技を続けることができなくなった選手も多い。
10代は成長期で、長期的な視点で指導することが必要です。」
記事からポイントをピックアップ;
・長期間無月経が続くと10代でも骨粗しょう症になるリスクがあり、
そのために疲労骨折が起きやすくなる。
・骨が最も成長するのは思春期から20代までと限られている。
女性の場合、11~14歳に骨密度の年間増加量が最も大きく、
20歳頃にピークを迎える。
・無月経になると骨の成長に欠かせない女性ホルモン値が下がる。
10代で無月経が長期間続くと最大骨量が低値にとどまるため、
骨粗しょう症になってしまい、疲労骨折が起きる可能性が高くなる。
・無月経を長期間にわたって放置すると、
うつ傾向のほか、不妊など将来的にもリスクを抱える可能性がある。
こちらの記事では、女性アスリートが陥りやすい健康問題として
・利用可能エネルギー不足
・無月経
・骨粗しょう症
を「女性アスリートの3主徴」と紹介しています。
…そんな言葉がすでにあったんですね。
以下は上記記事からの抜粋です;
・東京大学医学部産婦人科学教室の15年の資料によると無月経の割合は、
体操やフィギュアスケートなど審美系が16・7%と最も高く、
陸上長距離のような持久系が11・6%で続いた。
・近年の日本スポーツ界では、トップレベルに関して言えば、
女性アスリートの三主徴などの情報や問題意識の共有が進み、
月経のない女性選手には受診を促す指導者も増えてきた。
しかしながら、「月経はない方がいい」とする指導も、今なお残る。
月経に伴う腹痛や頭痛、むくみ、集中力低下やイライラなど、
一時的に表れる症状を競技の妨げになると受け止める指導者もいるからだ。
・能瀬さやか医師は「根深いのは中高生スポーツの現場」と指摘する。
骨が形成される成長期でありながら、
指導者や選手らが目先の大会や記録を重視し、
なかなか理解が広がらないという。
・海外では女性アスリートの三主徴の起点でもある利用可能エネルギー不足の状態は、
月経や骨の問題のみならず、
筋力・持久力などを含めた競技力低下につながるという考え方が注目されている。
・能瀬医師らの調査では、現役中に無月経、月経不順だった選手は引退後、
不妊治療を受ける割合が高かったという。
「不妊の因子はたくさんあるので一概に言えないが、
月経周期異常が引退後の妊娠に影響を与えた可能性はある」と警鐘を鳴らす。
・能瀬医師は
「中高生には、パフォーマンス低下を招くというデータを示した方が響く。
『月経がない方が楽』と考える選手に、
将来の影響がと言ってもピンとこないケースが多いので、
利用可能エネルギー不足による影響についての説明は、
年齢や競技特性に応じて変えている」と話す。
この記事を読んで驚いたのは、
無月経に悩む女性アスリートはオリンピックを目指すプロのレベル、
と思いきや、中高生の問題として語られていることです。
「高校の部活動と体罰」は勝負事のダークサイドとしてよく話題にされますが、
こちらも語られてこなかった隠れたダークサイドですね。
東京大学以前に女性アスリートの問題を扱い始めた順天堂大学。
そこの「女性スポーツ研究センター」小笠原悦子氏のインタビュー記事を紹介します。
・新体操やフィギュアスケートなど
「体重管理の重要性が高い競技」に取り組む大学生やトップアスリートの、
16.7%が「無月経(初経後に月経が3か月以上ない症状)」を、
24.5%が「疲労骨折」を経験している(2018年版の男女共同参画白書)。
・女性スポーツ研究センターが2015年に大学女子駅伝ランナーに行った調査でも、
『初経後に月経が止まったことがある』と答えた選手が72.9%で、
『疲労骨折をしたことがある』も45.5%いました。
・特に中高生は運動で消費したエネルギーを補う食事に加えて、
成長のために必要なエネルギーも確保しなければならないことから、
エネルギー不足に陥りやすいのです。
本人は食べているつもりでも、
長時間練習などで多くのエネルギーを消費していれば、
体を維持するのに利用可能なエネルギーが不足することがあります。
・運動によって利用可能なエネルギーが不足すると、まずは貧血になります。
そして、無月経につながることもあります。
ようするに体が、
『子どもを作るどころではない。まず、体を維持することが優先』
という生殖機能を正常に保つ余裕のない状態です。
また、この女性ホルモンの減少は骨代謝に悪影響を与えるので、
骨密度が低くなり、疲労骨折しやすくなります。
これらを解決する一歩として、
順天堂大学では「女性アスリートのための e-learning 」を公開しています。
これは優れもの!
中高生女子の指導者のみならず、
スポーツをする中高生女子たち自身が見るべきものですね。
いえいえ、スポーツ女子に限らず、
減量と無月経は一般中高生女子にも無縁ではないと考え、
なんと中学高校の保健体育の授業に組み込まれたそうです。
記事から抜粋します;
「女性アスリートのためのe-learning」は2021年度に、
デジタル教科書「最新 中学校保健体育」(大修館書店)に初めて掲載され、
22年度からはデジタル教科書「現代高等保健体育」「新高等保健体育」
(いずれも大修館書店)にも採用されています。
なぜ“女性アスリートのため”に作られた教材が、
アスリートではない生徒も学ぶ教科書に採用されたのか。
・・・
「実は、女性アスリートに多い健康問題として知られる無月経と骨粗しょう症は、
一般の女子中高生にも無縁ではありません。
教材を通じて、その危険性をすべての生徒にも知ってもらうことには、
大きな意義があると思います。」
・・・
無月経(視床下部性無月経)は、
これまでに多くの女性アスリートが直面してきた問題です。
無月経は無理なトレーニングや減量に起因する“エネルギー不足”により起こります。
女性ホルモンのエストロゲンには、
カルシウムを骨に吸着させる働きがありますが、
視床下部性無月経になるとエストロゲンの分泌が低下、
骨密度も低下(骨粗しょう症)し、
疲労骨折を起こしやすくなるのです。
この
「利用できるエネルギーの不足」
「視床下部性無月経」
「骨粗しょう症」
は、競技生活に大きな影響を及ぼす、
「女性アスリートの三主徴=Female Athlete Triad(FAT)」と呼ばれています。
ところが今の日本では、FATがアスリート特有の問題ではなくなっています。
ところが今の日本では、FATがアスリート特有の問題ではなくなっています。
無理なダイエットで摂取エネルギーが極端に抑えられると、
運動をしていない女性にも同じことが起こり得るからです。
・・・
日本の若い女性のやせ願望はとても強く、
日本は女性のBMI(体格指数)の平均値が下がり続けている先進国でも数少ない国です。
メディアにはダイエット情報があふれ、
若い女性の多くは摂取エネルギーを抑え、
体重や体脂肪率を落とすことを「良いこと」と捉えています。
しかし一方で、極端に体重や体脂肪を減らすことの危険性は、
十分認知されているとは言えません。
・・・私たちが開発したeラーニング教材がデジタル教科書に採用され、
アスリート以外の中高生にも正しい知識を学んでもらう機会ができたのは、
本当に有意義なことだと感じています。」
もう一つ、女性アスリート・スポーツをする中高生女子たちに強い味方
というアプリが登場しました。
このアプリの優れているところは、
選手の日常(食事や睡眠)を観察・管理することにより、
練習中のけがの予防に役立つだけでなく、
さらに「月経」という入力項目を設け、
チェック・管理できるようになったことです。
これで選手の月経が順調かどうか指導者が把握し、
健康管理に役立てることができます。
また、この記事では「超低用量ピル」についても言及しています;
Q. 近年、女性アスリートが超低用量ピルを服用して、
体調をコントロールしているという話を聞きました。
ただ、「ピル」は避妊に使うイメージがあります。
A. 超低容量ピルは、ごく少量の女性ホルモン配合薬です。
少量のホルモンを付加すると、脳が『もうホルモンを分泌しなくていいんだ』と思うので排卵が止まります。
これまでの低容量ピルに比べて副作用が少なく、
日本でも販売が解禁されています。
妊娠・出産への悪影響も確認されていません。
『ピル=避妊薬』ですが、身長の伸びが止まり、
今すぐに妊娠を希望していないアスリートにとっては、
試合と月経が重ならないように月経(時期の)『移動』のために使用できますし、
PMSや過多月経の改善にも有効です。
必要な人は医師と十分に相談したうえで、服用してほしいと思います。
こちらの記事に女性アスリートの経口避妊薬使用率のグラフがありましたので引用します。
ピルを使用することにより、月経の周期をコントロールして、
試合本番日からずらす手法がものすごい勢いで普及していることがわかります。
…話は変わりますが、最後に男性アスリートについて追加を。
こんな話を耳にしたことがあります。
ある医師が一念発起してトライアスロンに挑戦しました。
練習と漢方による健康づくりで結構なレベルまで到達し、
するとそこには不思議な現象が観察されたそうです。
「トライアスロンの上級者は帯状疱疹になりやすい」
「ビックリしたけどホントのこと」
これを聞いたわたしも驚き、
「?」と納得できませんでした。
(トライアスロン上級者は健康の象徴、
毎日トレーニングに明け暮れている人たち)
というイメージがありましたから、
体力・免疫力が落ちた人が発症する「帯状疱疹」と
トライアスロンの選手が結びつかなかったのです。
でも、アスリート女子の無月経・骨粗鬆症問題を知るにつけ、
(さもありなん)
とうなづけるようになりました。
トライアスロンの選手も自分を追い詰めてトレーニングし、
減量しすぎて不健康状態に陥っているのでしょう。
う〜ん、何のためのスポーツなのか?
勝負・記録至上主義に人間の身体がついて行けなくなっている…。
<参考>
▢ “15年間、無月経だった” 千葉真子さん 若者へのメッセージ
▢ 「生理がなくなって一人前だ」厳しいトレーニングによる“無月経”が引退後の健康をむしばむワケとは?変わる女性アスリートの健康管理
▢ 「生理痛や生理不順を放っておいたまま……」大山加奈が10代の選手に伝えたい“自分の身体を知ること”
▢ 中高生部活女子の長時間練習が特に危険なワケ
▢ 女性アスリート向けの教材が中学・高校のデジタル教科書に。"運動していない中高生にも大切"な月経と栄養の知識とは?
▢ 女性アスリートの三主徴|食事と無月経、骨粗鬆症の関係
▢ 順天堂大学「女性スポーツ研究センター」
▢ 東京大学附属病院「女性アスリート外来」
…これは講演会あるいはレクチャーで使用されたスライドと思われますが、
参考になる内容がたくさんあり、引用させていただきます;
女性アスリート外来の相談内容ベスト3は、
1.無月経
2.月経困難症
3.月経前症候群
と月経関連問題が独占しています。
これでは男性指導者は十分な対応ができないでしょうね。
「女性アスリートの3主徴」の関連図です。
諸悪の根源は「利用可能エネルギー不足」であることは明らかで、
それが無月経と骨粗しょう症の原因になり、
さらに無月経は骨粗しょう症を悪化させます。
前項目でも提示した「BMIと無月経」の関連グラフです。
BMI<21で無月経は増加し始め、
BMI<19で約20%に達し、
BMI<18で約40%、
BMI<17で約60%、
BMI<15で100%!
という危ない数字になります。
競技別では、「体重・階級制」は思ったほど高頻度ではありません。
これは「力を出す」競技が多く、痩せていては力が出ないためでしょう。
圧倒的に「審美系」(新体操など)が高率です。
たしかに、同じ“体操”でも、器械体操と新体操の選手の体形の違いは、
見た目にも明らかです。
競技レベルで月経異常の頻度を比較したグラフですが、
月経異常全体では一般女性と女性アスリートに差はなく、
両方40%程度であることがわかります。
しかし「無月経」は異なり、
競技レベルが高くなるほど頻度が増していきます。
月経の有無と腰骨骨密度の関係を見ると、
無月経群が骨密度が低いことが明らかです。
つまり、無月経は骨粗しょう症とリンクしているということ。
競技/種目別の骨密度をみると、
意外にも審美系の新体操では正常に保たれている一方で、
陸上選手、とくに中・長距離選手では月経異常の有無にかかわらず、
骨密度が低下していることがわかります。
これは由々しき問題です。
骨密度低下(→骨粗しょう症)は疲労骨折に直結します。
10代の女性アスリートの無月経状態では疲労骨折率が10倍以上!
恐ろしい数字です。
そして疲労骨折の年齢は、
なんと10代後半の高校生が最多!
まだ自分で管理できず、
指導者のコントロール下にある年齢ですから、
いかに指導者が知識をもって正しい指導をするかが問われます。