「こどもの病気 常識のウソ」(松永正訓著)
中公新書ラクレ、2017年発行
この本の内容は、読売新聞のWebサイト「YOMIURI ONLINE」の医療コーナー「ヨミドクター」で連載配信されていたエッセイをまとめたものです。
私は読者の1人でしたが、小児科の臨床現場で感じることがそのまま記されていて感心しました。
おそらく、中堅小児科医の本音はこんなもの。
しかし小児科専門医にとっては当たり前すぎて、敢えて発信する内容に思えないことでも、小児外科医から小児科開業医に転身した著者には目新しい事実となり、客観的に記述できたのでしょう。
患者さん向けというスタンスですが、私は「小児科標榜医」にぜひ読んでいただきたいと思います。
「小児科標榜医」とは、元々の専門は小児科以外(内科、外科、耳鼻科、等々)の専門医が、開業の際に「子どもの患者さんも診ますよ」と小児科も標榜する医師のことです。ぶっちゃけて言えば「小児科は専門外」なので、その医療レベルはピンキリです。
そのような医師にとってこの本は「小児科医の本音」を知るために格好の教材となると思われます。
内容について。
小児外科医しか書けない項目である「胆道閉鎖症」「GER」「盲腸と虫垂炎」「包茎」「重症便秘」「小児がん」「異物誤飲」は大変勉強になりました。
一方、小児内科関係では大変よく勉強されていることはわかりますが、「?」と思う箇所も無きにしも非ず。
(例1)RSウイルス感染症で、一番やっていけない処方は鼻水止め(抗ヒスタミン薬)である。鼻水止めを飲むと痰が硬くなって呼吸困難が悪化します。咳止めも痰が出せなくなるのでNG。喘息のお子さんのように、気管支拡張剤を吸入してもらったり、内服薬で気管支拡張剤を飲んでもらう。
前半の鼻水止め、咳止めが無効であることは小児科専門医の常識ですが、下線部の「気管支拡張剤で治療する」には疑問があります。気管支拡張剤は気管支平滑筋が収縮して気管支内腔が狭くなった状態を解除する薬です。しかしRSウイルス感染症が重症化しやすい早期乳児では、この気管支平滑筋がまだ発達していません。つまり作用するターゲットがないので、残念ながら効果は期待できません。
(例2)スギ花粉は2月頃から飛び始めて、5月の大型連休を過ぎる頃まで続きます。そこで花粉症が治まるかと思うと、今度はヒノキの花粉の飛散がピークになります。
一般的に、スギ花粉の飛散は3月がピーク、ヒノキ花粉の飛散ピークは4月とされています。5月のGW以降も症状が続いたり、再燃したりする場合にはイネ科花粉症を疑います。
<備忘録>
・腕のいい外科医とは「失敗しない」医師ではなく「合併症に対して正しい処置が取れる」医師を言う。
・第二世代の抗ヒスタミン薬(ザジテン、アレジオン、アレロック、アレグラ、ザイザル、ジルテック、セルテクトなど)はアレルギーの薬であり、かぜに対して保険適応はない。
・肺炎球菌とインフルエンザ桿菌は鼻の奥に住み着いている常在菌である。そこに存在しているだけなら何の悪さもしない。しかしウイルス感染で鼻の粘膜の炎症が続くと、耳管というトンネルを伝わって中耳(鼓膜の奥のスペース)で繁殖をすることがある。これが化膿性中耳炎である。・・・医学書に膿性鼻汁(黄色や緑色の鼻汁)には抗生物質を使うべきだと書いてあったりするが、この記載は明らかな誤りである。
・抗生物質を使用する場合は「どこの場所に、どんな細菌が感染しているか」を診断する必要がある。
・救急車を呼ぶ際、携帯電話より固定電話が有利である。
・風邪を引いて熱が出たときは、平熱になってその状態を24時間キープできて、はじめて登園させるべきである。
・風邪から肺炎に進行してしまう可能性を考慮して、保護者を納得させるために抗生物質が処方されているが、「かぜの段階で抗生物質を使えば肺炎を予防できる」という考え方は、完全に間違っている。そんなことをしても体内の細菌をゼロにすることはできない。
・寒さの強い日に風邪を引くのは、寒いから引くのではなく、寒いとウイルスが活性化するためである。
・ノロウイルスの検査は3歳未満にしか保険が利かない。
・ロタウイルス胃腸炎患者の下痢便の中には、1gあたり約100億個のウイルスが含まれている。そして、このうちのわずか10個くらいのウイルス粒子だけで感染が成立する。
・白色便はロタウイルスに限らない。どのウイルスでも白くなる。「食物が十二指腸を通過するときに、胆嚢が収縮して胆汁と混じって色が付く」という共調運動がうまくいかなくなるからであり、病気の重症度とは関係ない。
・赤ちゃんは基本的に包茎であり、剥けている場合は尿道下裂(500人にひとりの頻度)の有無を確認する必要がある。
・便秘の治療として、食事療法は大して有効ではない。水分をたくさん取っても「焼け石に水」である。食物線維をたくさんとると有効な例もあり試す価値はあるかもしれないが、高度な便秘は野菜だけでは解決できない。乳酸菌製剤も試す価値はあるかもしれないが、決定的な効果を示すことはない。プルーンや果汁も試してもかまわないが、それで解決するほど慢性便秘は甘くない。
・浣腸や下剤が「クセになる」ことはない。マルツエキス、酸化マグネシウム、ラキソベロンなどを使用してもうまくいかないときはグリセリン浣腸やテレミンソフト座薬を使って便を出す。「薬に頼るのではなく、薬を使いこなす」という発想転換が必要である。便秘治療の極意は「便をすべて出し切って、常に直腸が空っぽな状態をキープする」ことである。
中公新書ラクレ、2017年発行
この本の内容は、読売新聞のWebサイト「YOMIURI ONLINE」の医療コーナー「ヨミドクター」で連載配信されていたエッセイをまとめたものです。
私は読者の1人でしたが、小児科の臨床現場で感じることがそのまま記されていて感心しました。
おそらく、中堅小児科医の本音はこんなもの。
しかし小児科専門医にとっては当たり前すぎて、敢えて発信する内容に思えないことでも、小児外科医から小児科開業医に転身した著者には目新しい事実となり、客観的に記述できたのでしょう。
患者さん向けというスタンスですが、私は「小児科標榜医」にぜひ読んでいただきたいと思います。
「小児科標榜医」とは、元々の専門は小児科以外(内科、外科、耳鼻科、等々)の専門医が、開業の際に「子どもの患者さんも診ますよ」と小児科も標榜する医師のことです。ぶっちゃけて言えば「小児科は専門外」なので、その医療レベルはピンキリです。
そのような医師にとってこの本は「小児科医の本音」を知るために格好の教材となると思われます。
内容について。
小児外科医しか書けない項目である「胆道閉鎖症」「GER」「盲腸と虫垂炎」「包茎」「重症便秘」「小児がん」「異物誤飲」は大変勉強になりました。
一方、小児内科関係では大変よく勉強されていることはわかりますが、「?」と思う箇所も無きにしも非ず。
(例1)RSウイルス感染症で、一番やっていけない処方は鼻水止め(抗ヒスタミン薬)である。鼻水止めを飲むと痰が硬くなって呼吸困難が悪化します。咳止めも痰が出せなくなるのでNG。喘息のお子さんのように、気管支拡張剤を吸入してもらったり、内服薬で気管支拡張剤を飲んでもらう。
前半の鼻水止め、咳止めが無効であることは小児科専門医の常識ですが、下線部の「気管支拡張剤で治療する」には疑問があります。気管支拡張剤は気管支平滑筋が収縮して気管支内腔が狭くなった状態を解除する薬です。しかしRSウイルス感染症が重症化しやすい早期乳児では、この気管支平滑筋がまだ発達していません。つまり作用するターゲットがないので、残念ながら効果は期待できません。
(例2)スギ花粉は2月頃から飛び始めて、5月の大型連休を過ぎる頃まで続きます。そこで花粉症が治まるかと思うと、今度はヒノキの花粉の飛散がピークになります。
一般的に、スギ花粉の飛散は3月がピーク、ヒノキ花粉の飛散ピークは4月とされています。5月のGW以降も症状が続いたり、再燃したりする場合にはイネ科花粉症を疑います。
<備忘録>
・腕のいい外科医とは「失敗しない」医師ではなく「合併症に対して正しい処置が取れる」医師を言う。
・第二世代の抗ヒスタミン薬(ザジテン、アレジオン、アレロック、アレグラ、ザイザル、ジルテック、セルテクトなど)はアレルギーの薬であり、かぜに対して保険適応はない。
・肺炎球菌とインフルエンザ桿菌は鼻の奥に住み着いている常在菌である。そこに存在しているだけなら何の悪さもしない。しかしウイルス感染で鼻の粘膜の炎症が続くと、耳管というトンネルを伝わって中耳(鼓膜の奥のスペース)で繁殖をすることがある。これが化膿性中耳炎である。・・・医学書に膿性鼻汁(黄色や緑色の鼻汁)には抗生物質を使うべきだと書いてあったりするが、この記載は明らかな誤りである。
・抗生物質を使用する場合は「どこの場所に、どんな細菌が感染しているか」を診断する必要がある。
・救急車を呼ぶ際、携帯電話より固定電話が有利である。
・風邪を引いて熱が出たときは、平熱になってその状態を24時間キープできて、はじめて登園させるべきである。
・風邪から肺炎に進行してしまう可能性を考慮して、保護者を納得させるために抗生物質が処方されているが、「かぜの段階で抗生物質を使えば肺炎を予防できる」という考え方は、完全に間違っている。そんなことをしても体内の細菌をゼロにすることはできない。
・寒さの強い日に風邪を引くのは、寒いから引くのではなく、寒いとウイルスが活性化するためである。
・ノロウイルスの検査は3歳未満にしか保険が利かない。
・ロタウイルス胃腸炎患者の下痢便の中には、1gあたり約100億個のウイルスが含まれている。そして、このうちのわずか10個くらいのウイルス粒子だけで感染が成立する。
・白色便はロタウイルスに限らない。どのウイルスでも白くなる。「食物が十二指腸を通過するときに、胆嚢が収縮して胆汁と混じって色が付く」という共調運動がうまくいかなくなるからであり、病気の重症度とは関係ない。
・赤ちゃんは基本的に包茎であり、剥けている場合は尿道下裂(500人にひとりの頻度)の有無を確認する必要がある。
・便秘の治療として、食事療法は大して有効ではない。水分をたくさん取っても「焼け石に水」である。食物線維をたくさんとると有効な例もあり試す価値はあるかもしれないが、高度な便秘は野菜だけでは解決できない。乳酸菌製剤も試す価値はあるかもしれないが、決定的な効果を示すことはない。プルーンや果汁も試してもかまわないが、それで解決するほど慢性便秘は甘くない。
・浣腸や下剤が「クセになる」ことはない。マルツエキス、酸化マグネシウム、ラキソベロンなどを使用してもうまくいかないときはグリセリン浣腸やテレミンソフト座薬を使って便を出す。「薬に頼るのではなく、薬を使いこなす」という発想転換が必要である。便秘治療の極意は「便をすべて出し切って、常に直腸が空っぽな状態をキープする」ことである。