一過性の軽症ウイルス感染症で気道がターゲットになるタイプを、
私たちは「急性上気道炎」と呼んでいます。
一般的には“かぜ”ですね。
毎年春になると、新たに集団生活(入園)を始めた乳幼児が“かぜ”をもらい、
小児科外来はにぎわいます。
集団生活の中では誰かしら風邪をひいていて、
それが一種類ではなく複数ありますので、
何回も風邪をもらってしまい、
登園する日数より休んでいる日数の多い子どもも出てきます。
治りきる前に次の風邪をもらうと症状が切れずにつながってしまうのですね。
心配した保護者が、
「ずっと風邪をひいています」
「この子はどこかおかしいのでしょうか」
と聞いてきます。
私の答えは、
「元気であれば心配いりません」
「いくつかの風邪を繰り返しているだけでしょう」
「鼻水をよく観察すると、それがわかります」
「風邪の初期は水っぱなで透明、数日すると白く濁ってきます」
「それとともに痰が絡んで咳も出ます」
「咳鼻痰がダラダラ続きながら治っていきます」
「もし、鼻水が透明になったら、それは次の風邪の始まりです」
といった感じです。
すると保護者はうんうん頷いて納得してくれます。
「私はこの状態を“入園症候群”と呼んでいます」
と付け加えることもあります。
さて、学生時代の講義では“かぜ”について教えてもらった記憶がありません。
珍しくて重症化する病気は試験のヤマなので覚えましたが、
実際に働き始めるとめったに出会いません。
日々診療する風邪に関してはスルーでした。
だから、風邪に関する知識は医師になってから勉強したり、経験したりしたものです。
先日、WEBセミナーを聞いていたら、
「風邪の自然歴」に始まり、乳幼児のウイルス性気道感染症、covid-19 前後の変化、漢方治療の応用などの解説がありました。
■ 「covid-19 新興後の子どもの呼吸器ウイルス感染症と漢方薬への期待」
(松江赤十字病院感染症科 成相昭吉Dr)
わかりやすかったので、ここにメモを残しておきます。
▢ 鼻水+湿性咳嗽±発熱=“かぜ”の始まり
・“かぜ”は呼吸器ウイルス感染症、急性上気道炎と同じ意味。
・ここで大切なのはか「鼻水」ではじまること。
・急性上気道炎が細菌感染により生じたという報告はこれまでにない(※1)。
▢ 乳幼児による続発症のない上気道炎の自然歴(※2)
・2-4日の潜伏期の後発熱・鼻漏・咳嗽で発症する。
・発熱は3日以内に解熱する。
・解熱すると鼻漏・鼻閉・咳嗽は増強する。
・諸症状は9日以内に消退し、10日を超えない(10 day mark)。
▢ 乳幼児の“かぜ”に続発する合併症
・肺炎球菌とインフルエンザ菌が原因
1.急性中耳炎
・発症1‐2日後に、不機嫌、耳痛、鼓膜膨隆で発症する。
2.市中肺炎
・4日以上発熱持続、または1日解熱後に再発熱する。
・夜間の睡眠に影響する湿性咳嗽。
3.細菌性副鼻腔炎
・“かぜ”のあと、1や2の続発がなく、10 day mark を超えて、夜間も湿性咳嗽を認める。
・“鼻水の色”は病的意味を持たない。
▢ アデノウイルスは感染後長期(半年?)に咽頭に潜在することから、咳嗽を認める症例から複数検出されたうちのアデノウイルスは、そこにいるだけの可能性がある(※3)
▢ ライノウイルスについて
・エンベロープを持たないRNAウイルスで A, B, C の3種に分かれる。
・C種は2006年に確認された。
・A種は70以上、B種は20以上、C種は50以上、併せて160を超える遺伝子型が確認されている。
・対応する気道上皮細胞受容体は、A種・B種が糖たんぱく質 ICAM-1(intercellular adhesion molechle 1)、C種は膜貫通型タンパク質 CDHR3(cadherin related family member 3)。
・下気道炎(喘鳴を認めた症例)ではC種が3/4、A種が1/4というフィンランドからの報告がある。
・全年齢層の“かぜ”の1/3を占める。小児の呼吸器疾患の原因ウイルスとしても最多。
・飛沫感染・接触感染・エアロゾル感染で伝播し、潜伏期は1~3日。
・軽度の上気道炎から重い喘鳴疾患と多様な病像を形成する。
・気道の炎症病変は免疫応答による間接的気道上皮損傷と考えられている。
・自然免疫から逃れるすべを持つ(免疫逃避)ため、ワクチンも抗ウイルス薬も創薬困難。
・母子免疫は無効(生後間もなくから感染する)。
・ライノウイルスには「生後1年で9回感染する」(※4)、「生後1年に4回顕性感染する」(※5)というデータあり。
★ RSVの母子免疫有効期間は生後2週間程度。
▢ “易感冒児”とは?
・年間6回以上風邪をひく子ども
・インターフェロンγ産生が弱い可能性がある(※6)。
・乳児早期の無症候性ライノウイルス感染症が、乳児期後半以降に“易感冒児”になる端緒となる可能性あり。
▢ RSウイルスについて
・1956年にチンパンジーから検出、1957年に小児から検出された。ウイルス分離で培養細胞を融合させた合胞体(syncytium, シンシチウム)を作ることから命名された。
・エンベロープを持つRNAウイルス。
・エンベロープにあるG蛋白の抗原性の相違からA株とB株のサブグループに分類され、さらにそれぞれに10を超える遺伝子型がある。
・A株とB株の毒力に差はない。
・飛沫・接触感染で広がる。潜伏期は3-6日。1歳までに60%、2歳までに100%が感染する。
・不顕性感染・潜伏感染はないとされている。
・中和抗体による感染阻止効果は完全でないため、幼児期までに2-3回は再感染する。
▢ RSウイルス細気管支炎
・1歳未満の気道感染症による初発喘鳴を細気管支炎とすると、その原因ウイルスの筆頭がRSVで約80%を占める。
・下気道炎を形成するのは“自然免疫反応によるサイトカインストーム”と考えられている。
・細気管支上皮の壊死、線毛上皮の脱落、細気管支周囲への炎症細胞浸潤、粘膜下組織の浮腫、粘液分泌亢進などにより、細気管支が狭窄・閉塞し呼吸障害を惹起する。
・臨床経過;感染乳幼児の20-40%が下気道炎に至り、1‐2%が入院となる。
(潜伏期)4-5日
↓
(上気道炎)2-3日:発熱、鼻汁
↓
(下気道炎)4-5日:咳、喘鳴、呼吸困難
↓
(回復期)
▢ 喘息発作出現日と感染ウイルスの種類(※7)
・ライノウイルス/エンテロウイルスD68:風邪を発症してすぐに増悪(1.4日後)
・RSV/ヒトメタニューモウイルス:風邪を発症後3-4日後に増悪(4.1日後)
▢ 呼気性喘鳴を認めた乳幼児におけるウイルス検出
・生後6か月まではRSVが圧倒的に多い。
・生後6か月以降ははRVCが優勢になる。
・RSVは4歳までの急性喘鳴に関与する。
▢ RSV下気道炎の病型
・境界線があるが一連のスペクトラムをなす:
✓1歳までは細気管支炎
✓1歳を超えると喘息発作
・異なる病態が形成される理由は?
→ 初回感染の自然免疫応答が強力なためか…。
▢ covid-19 と喘息発作
・covid-19 は喘息増悪をほとんど起こさない。
・他のウイルス同時検出例では下気道狭窄をきたす例が多く、酸素投与・呼吸補助を必要とする例が多く、ICU入室例も多かった。
▢ オミクロン株と熱性けいれん
・デルタ株以前:デルタ株:オミクロン株以降の熱性けいれん発生率は1.3:3.1:13.4%。
▢ 突発性発疹だけ、コロナ前後で変化がなかった
・突発性発疹の原因ウイルスはHHV-6とHHV-7。
・HHV-6 は1986年に発見され、1988年に突発性発疹の原因ウイルスであることが判明した。
・HHV-6 は現在は塩基配列・抗原性の違いによりHHV-6AとHHV-6Bに分けられ、HHV-6Bが突発性発疹の原因ウイルス。
・HHV-7 は1990年に発見された。HHV-7の初感染はHHV-6Bより遅く、幼児にピークを認める、2度目の突発性発疹として経験することが多い。
・既感染健康成人唾液からHHV-7は検出されるが、HHV-6Bは検出されない。
→ HHV-6Bの感染源は集団保育乳幼児・同胞の唾液(突発疹回復期・3-5歳幼児)、HHV-7の感染源は既感染者(両親)唾液。
▢ 熱性けいれんとIL-1β
・熱性けいれん例ではIL-1βによる痙攣閾値低下が関与している(※8)。
・麻黄湯は炎症サイトカイン(TNFα、IL-6、IL-1β、IFN-β)を抑制する。
・上気道炎に対する初期治療として、38℃以上の発熱を認める子どもに麻黄湯を投与すると熱性けいれん発症を減らせるのではないか?
<参考>
※1)Kronman MP, et al. Pediatrics 134: e956-e965, 2014
※2)Wald ER, et al. Pediatrics 2013; 132: e262-280
※3)J Virol 83: 2417-2328, 2009
※4)Pediatr Infec Dis J. 2015; 34; 907-909
※5)Pediatrics. 2016; 138: e20161309
※6)Thomas M, et al. Amburatory Pediatrics 2002; 2: 261
※7)成相昭吉. 日小呼誌 2021; 32: 47-54
※8)福田光成. 脳と発達 2018; 50: 327-335