小児アレルギー科医の視線

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喜田宏Dr.による講演「インフルエンザウイルスの生態」(2014年)

2017年03月12日 11時15分14秒 | 感染症
第三回神戸アニマルケア国際会議基調講演「インフルエンザウイルスの生態〜鳥インフルエンザとパンデミックインフルエンザ対策のために〜」(2014.7.19)
演者:喜田宏(北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター)

 たまたま目にとまった講演内容がとても興味深く勉強になったのでメモメモ。
 喜田先生は常々「新型インフルエンザ対策よりも季節性インフルエンザ対策を」と唱えているオピニオンリーダーです。反語的に「季節性インフルエンザ流行をコントロールできない国が、新型インフルエンザを征圧できるはずがない」とも読み取れます。
 一読してみて、やはり正確な知識は大切だな、思い込みは危険、とあらためて感じた次第です。
 とくに「高病原性鳥インフルエンザ対策に鶏に対するワクチンは逆効果であり、“見えない感染”を広げてしまう」という指摘には目からウロコが落ちました。


【備忘録】

・伝播性と病原性は別問題、混同せぬよう
 新型インフルエンザが日本で流行したら64万人の死者が出るなんてあり得ない。病原性と伝播性の混同が混乱を招いている。パンデミックインフルエンザは新しいHA亜型のウイルスが起こす大流行であり、人には新しいHA亜型の免疫がないので世界中に広がる。
 2009年のH1N1パンデミックウイルスは、3ヶ月後には世界中に広まった。だけど、15ヶ月後に世界中で亡くなった人は2万人に満たない事実。これは季節性インフルエンザの被害の1/100である。

・インフルエンザウイルスは人を敵だと思っていない
 インフルエンザウイルスは人間を責めるためにこの世にいるわけではなく、ただ、自然界に存続してきた、最小の微生物に過ぎない。
 インフルエンザウイルスの起源は、自然界でカモが持っている病原性のないウイルス。
 毎年異なる株のインフルエンザウイルスが流行するが、これはウイルスが自発的に変異を起こすのではなく、人々の間で毎年流行が起こるから、流行ウイルスに対する抗体が産生され、その抗体により抗原変異ウイルスが選択されると考えるべきである。

・タミフル耐性は抗インフルエンザ薬で造られた、というのは勘違い
 ウイルスが変異してタミフル耐性ウイルスが新たに出てきたのではなく、インフルエンザウイルス集団の中の1万個に1個は既にタミフル耐性である。だからタミフルを与えると、タミフル存在下でも増殖できる変わり者が優性になる、それが耐性ウイルス。
 耐性ウイルスが話題になっても、臨床では「タミフルが効いていて問題ない」との声を聞く。
 なぜかというと、タミフル存在下で選択されたウイルスは、タミフル存在下で増えることができるが、タミフル服用をやめるとタミフルという圧力がなくなるので野生株が優勢になる、すなわちタミフル感受性の野生ウイルスに戻ると考えられる。

・痘瘡は根絶されたが、インフルエンザウイルスは無理
 痘瘡は人から人にしか感染・伝播でず、感染したら必ず症状が出るから撲滅できた。インフルエンザは人畜共通感染症なので根絶は無理。

・2009年の新型インフルエンザ騒ぎの時の「水際作戦」「発熱外来」はナンセンス
 発熱者のみを患者として扱うこれらの対策は、不顕性感染者(自分は症状がないけど人にはうつす)が考慮されておらずすり抜けてしまうので、意味がない。

・香港風邪(1968年)のインフルエンザウイルスの由来
 夏の間、シベリアに巣を営んで、秋になると南中国まで飛んできたカモのウイルスがアヒルを介してブタに感染し、ブタには当時人の間で流行していたアジア風邪のウイルスも同時感染してできた遺伝子再集合ウイルスのうちの一つが香港風邪のウイルスになった。

・急性感染しか起こさないインフルエンザウイルスがなぜ地球上で存続できたのか?
 インフルエンザウイルスはヒトの体に1週間程度しかおらず、急性感染しか起こさない。慢性感染・潜伏感染はしない。
 しかし、毎年シベリアからカモが運んでくる。どこに潜んでいるのか?
 答えは「凍結保存」。
 カモとインフルエンザウイルスは、人類が地球上に現れる前から共生関係を築いて、カモに危害を及ぼさないで存続してきた。カモは夏に営巣するシベリア、アラスカの湖の水にウイルスを排泄して、その湖の水は冬の間凍るので、ウイルスは凍結保存される。
 カモの体内ではインフルエンザウイルスは腸管で増える。呼吸器にはいない。

・ブタにカモのウイルスがどうやって伝播するのか?
 アヒルやガチョウが中間宿主。
 カモーアヒルーブターヒト。
 シベリアからカモが中国南部の農家の池に持ち込んだウイルスが、そこでアヒルに感染・増殖して池の水を汚染し、ブタがその水を飲んで、人からも同時にアジア風邪のウイルスに感染してできた遺伝子再集合ウイルスの一つが香港風邪ウイルス。

・カモから分離されたインフルエンザウイルスを実験で鶏に感染させようとしても感染しない
 自然界のカモから分離されたウイルスを鶏に感染させるべく、目から入れたり鼻から入れたり口から入れたりお尻から入れても感染しない。
 ところが、ウズラなどの陸鳥とアヒルなどの水鳥が一緒に飼われているところでウイルスが感染・伝播すると、それがときに鶏にも感染することも起こり、その鶏が農場に持ち込まれて鶏から鶏へ少なくとも半年以上受け継がれると、あるとき100%の鶏が死ぬことで気づく。
 陸鳥と水鳥を一緒に飼っているところは、生鳥市場。

・高病原性鳥インフルエンザウイルス「H5」と「H7」
 このH5とH7に限って、鶏から鶏に継代されているうちに、一つずつ塩基性のアミノ酸がHAに挿入変異を起こす。その中で全身感染するものが出現し、鶏集団のなかで全身感染して激しく増えるウイルスが選ばれ、優勢になっていく。
 今、このH5N1高病原性鳥インフルエンザが逆コースをたどって野鳥に行ってしまい、野鳥が死ぬ事態が発生した。
 これは一大事である。
 この逆感染により62カ国にウイルスが広がってしまった(トップ4は中国、ベトナム、インド、エジプト)。
 H5N1に感染した水鳥が着たに飛んでいって、ウイルスが北の営巣湖沼に持ち込まれたら、そこで他の野鳥に広がって、秋になるまでそれが野鳥の間で受け継がれたら、秋に高病原性鳥インフルエンザをカモが持ってくることになる。
 2010年10月にシベリアから元気に飛んできたカモからH5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスが分離された。このウイルスは、その前の年の春先にモンゴルで分離されたウイルスと同じ。だから、北の営巣湖沼に行ってカモからカモに受け継がれ、それが秋に日本にも持ち込まれたということになる。

・鶏へのワクチン接種は高病原性鳥インフルエンザ対策にならない
 ワクチンは元々感染を防ぐためではなく、重症化だとか死亡だとか発症を抑える免疫を誘導するのが目的であり、感染を防ぐ免疫は誘導しない。
 ワクチンを接種された鶏は、感染しても症状を出さないために感染源になる。
 ワクチンを使った結果、見えない流行が広がる。
 正しい対策はワクチンを使わず、移動制限と消毒を徹底することである(摘発淘汰)。
 鳥インフルエンザ対策の基本は、鳥インフルエンザを家禽だけにとどめ、野鳥に逆感染させないことである。

・パンデミックが始まったら、早めに罹ってしまった方がよい?
 こうコメントしたら「不謹慎発言」だとお叱りを受けた(心の中で「だって本当だもん」と答えた)。
 その主旨は、人々にH7HAに対する免疫がないので、伝播性は高いが、初期は個々のヒトに対する病原性は低い。これがヒトからヒトに感染を繰り返すうちに、ヒトの体内で増殖力が高いウイルス(=病原性が強い)が優勢になる。すなわち、このウイルスが季節性インフルエンザを起こすまでにワクチンを用意すればよいことになる。



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