かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

06リセットハンマー その4

2010-08-01 22:10:59 | 麗夢小説『夢の匣』
ふっと目が開いた、と同時に、榊は口の中に混じるジャリジャリとした土の味に、思わず顔をしかめた。上体を起こし、まだ薄ぼんやりとする頭に右手を当てる。
 無理な姿勢をとっていたのか、体中の節々がこわばって痛い。特に腰が張っているように感じられるのは、やはり年だからだろうか?
 榊は、奇妙な夢の記憶の残滓に心を惑わせながら、ゆっくりと辺りを見回した。
 灯りらしい灯りが感じられない薄闇の中、巨大な鍾乳洞のような壁が見える。ここまで解剖中逃げ出したカエルを追って……、いやあれは夢だ。そうではなくて……。
 榊の視界に、同じく上体を起こした墨染衣の、心配げな表情が映った。
「榊警部殿、大事ないか?」
「円光、さん?」
 見慣れた頼りがいのある顔に、榊の記憶が蘇った。そうだ、この若者について、南麻布女学園地下の大洞窟にやってきたのだった……。榊は、ようやく夢の残滓を振り落とし、円光に答えた。
「ああ。大丈夫だ円光さん」
「警部。僕たちは、まんまと罠にはまったようですね」
 円光の反対側で、瀟洒なスーツをシワだらけにした端正なマスクが起き上がっていた。榊は小さく安堵の溜息をついて、そのしかめ面に声をかけた。
「鬼童君も、どうやら無事だったようだな」
「さて、無事と言っていいか少々疑問もありますがね」
「やっと目が覚めたか。榊」
 鬼童の言葉にかぶさるように、榊の背後から禍々しい声が届いた。ぎょっとして振り返った榊は、その漆黒の闇を練り上げたような長身の背中に、思わずうめき声を上げた。
「死夢羅……貴様一体……」
 無意識に右手が左懐に伸び、愛用の拳銃の銃把を握る。
「おのれ死神!」
 円光も錫杖を手に立ち上がる。だが、背中越しに振り返って、ふん、と嘲笑ったルシフェルは、大して興味もないとばかりに榊に言った。
「やはり貴様らの夢だったか。全く、つくづく馬鹿馬鹿しいものに巻き込まれたものよ」 
「我々の夢だと?」
「正しくは、私たち3人の心をベースに、夢が編まれたんですよ」
「3人?」
「そう。拙僧、鬼童殿、そして警部殿の3人だ」
 3人? 何のことだ? 円光、鬼童に助け起こされながら、榊の頭は疑問で一杯になった。
「一体どういう事だ?」
 榊の質問に、ルシフェルは顎をしゃくって榊に言った。
「気になるなら、あやつらに聞いてみるんだな」
「あやつら?」
 榊はルシフェルのマント越しに、3人の少女が並んでいるのを見た。2人は緑を基調とした半袖セーラー服に身を包み、向かって左の1人だけ、その上から大き過ぎる白衣をまとっている。こちらが起きるのを待っていたかのように、その右端の、セーラー服を着た少女がニコニコしながら言った。
「あーあ、やっぱり起きちゃった」
「しょうが無いな。もう一度やり直しか」
 一人置いて、白衣の少女が腕組みして言った。
 起きる? やり直し? 相変わらず榊の頭には疑問符ばかりが並んでいる。そもそもこの子供達は何だ? 死神を前にしているというのに全く動じている様子もなく、かえって自信あり気に小さな胸をはっているこの子供達は?
「君達は何者だ?」
 すると少女らは、あからさまに眉をしかめた。
「あれぇ? 覚えてないの?」
「あまり夢を記憶しないタイプと見えるな」
 ただ一人、中央の少女だけが、黙ってじっとこちらを見つめている。その視線に榊は思わず気圧されそうになった。何だこの子達は? 改めて問いかけようとした榊の肩が、ポン、と叩かれた。振り返ってみると鬼童と円光が横に並んでいる。
「ここは僕達にまかせてください。警部」
「何か知っているのかね?」
「ええ。多分」
 榊はなおも疑問を覚えたが、こうも判らないことだらけでは致し方ない。榊が半歩下がると、この場を二人に任せた。鬼童は3人に油断なく目配りながら、一人ひとり指さすように呼びかけた。
「君たちは眞脇紫君、纏向琴音さん、斑鳩星夜さん、原日本人4人の巫女の後継者、だったね」
「そして拙僧等は、原日本人親衛隊、と申した」
 その隣で円光も言った。
「さすがに二人は記憶もしっかりしているようだな」
 白衣の少女、斑鳩星夜が、軽く腕を組んでつぶやいた。
「うむ。夢は全て覚えている。なのに、ほとんど時間は経っていないようだ」
「そうだね。胡蝶の夢という奴かな? それとも、やっぱり僕達は竜宮城に誘われたのかも?」
「竜宮城だと?」
 榊は思わず口を挟むと、斑鳩星夜が答えた。
「うむ。まさに竜宮城と言ってもよいだろうな」
「だって、楽しかったでしょ?」
 眞脇紫が相変わらずにこやかに同意を求める。榊は、朧気ながら夢の記憶の残滓が心の奥底にたゆたっているのを意識した。それは、確かに胸騒ぐ楽しさに満ちているようだ。
「確かに、楽しくなかった、というと嘘になりますね」
「拙僧も、それは否定しない」
 鬼童、円光も、想い人を担任に小学生を送った夢を思い起こし、榊の胸の内に同意を示した。しかし、この男だけは別である。
「ふん、楽しかっただと?」
 ルシフェルは呆れ果てたといわぬばかりに、一人毒づいた。
「あのように虚仮にされて楽しいわけがなかろうこの馬鹿者めが。だが、まあいい。おい貴様ら、あの小賢しいもう一人はどうした?」
「もう一人って、皐月のこと?」
「綾小路先生のところだよ教頭先生。もう一度夢をやり直すためにね」
「そうか……」
 星夜の半ば挑発めいた呼びかけを無視して、ルシフェルは少し考え込んだ。このまま待てば、あの箱を持って勝手にやって来ることだろう。だが、万一また麗夢が取り込まれでもしたら、少々厄介でもある。ここはやはり、迎えに行くべきであろう……。
「では、ここにいてもしょうがないな」
 ルシフェルは、もう要件は済んだ、と一人3人の少女にむけて歩き出した。すると、ずっと黙っていた3人組の真ん中の少女、纏向琴音が、すい、と音もなく一歩前に出ると、その両手を大きく左右に広げて、ルシフェルの前に立ちはだかった。ルシフェルも一旦足を止めて訝しげにその姿を凝視した。
「何の真似だ?」
 黙りこくってじっと見つめるばかりの琴音に替り、紫と星夜が口々に答えた。
「皐月から、足止めしとくように言われてるんだ」
「そのまま動かないでいてもらおうか」
 するとルシフェルは、ふん、と鼻で哂って見せた。
「貴様らごときがこのわしを足止めだと?」
「僕たちを甘く見ないでもらいたいな、教頭先生」
「紫の言うとおりだ。我々にかなわないのは既にご存知のはずだろう」
 紫と星夜も、琴音の横に並び立った。対するルシフェルは、楽しげにその様子をあざ笑った。
「ふふふ、身の程知らずな餓鬼共めが。もうあの様なまやかしは通用せんぞ」
「通用しないかどうか、やってみようよ?」
「そしてすぐに思い知るがいいね。私たちにはかなわないことを」
「そうか。あくまで逆らうつもりか」
 ルシフェルは、マントから右手をにゅうと横に突き出すと、軽く手首をひねった。その途端、突然宙から一本の長い棒が現れ、ルシフェルの右手に収まった。
「言うことを聞かぬ餓鬼には、やはりお仕置きが必要と見えるな」
 ルシフェルの言葉を合図にしたかのように、棒の上端から横に、すらり、と白銀に輝く刃が伸びた。すべての命を刈り取る死神の鎌。ルシフェルは、右手一本でバトンのごとく軽々と大鎌を振り回しながら、再び歩き始めた。
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