「お断りします」
荒神谷弥生が、きっぱりと返事した。
「私達があなたに協力しなければならない理由は何もありません。また、黄泉津大神もそれを望んでおられない。直ちにこの地獄の釜の蓋を閉じ、この国から出てお行きなさい」
「それに、私達の大事な『妹』を散々な目にあわしてくれちゃったからね」
「破片を集めて修復するのは大変だったんだからぁ」
「さっきのミサイルはその返礼というわけだよ。でも、寝ぼけたこと言うなら次は本気で一発ぶち込んじゃうぞ」
弥生に続いて、由香里、静香、仁美も口々にルシフェルに答えた。ルシフェルは、「だからボクは男だって」「いいじゃない。そういう設定なんだから」とじゃれ合っている8人の少女達を見据えると、努めて冷静に一言言った。
「馬鹿め」
途端に、ルシフェルの纏う瘴気がぶわっと爆発的に膨れ上がった。いくら地獄の使者、黄泉津大神の巫女といえども、所詮は辺境の小物に過ぎない。その田舎者共が、この全世界の夢魔の総帥たるわしに出て行けなどよく言えたものだ。身の程知らずにも程がある。
ルシフェルは、漲る力にモノを言わせ、鎧袖一触、とばかりに一歩前に踏み出した。
「わしに逆らうとどうなるか、思い知らせてくれる」
底知れぬルシフェルの力が全身から炎立ち、黒い炎で辺りを焦がした。弥生達4人の巫女とその妹達も、その力の前には何の抵抗も意味を成さぬようにさえ感じさせる、圧倒的なエネルギーの奔流である。だが、荒神谷弥生は恐れも怯えも見せぬ平然とした様子で、ルシフェルに言った。
「そうそう、玉櫛笥を返してくれてありがとう。一応お礼を言っておくわ」
この地獄を開くために、地面に叩きつけられた錦の小箱が、傷ひとつ無い美しい姿で、荒神谷弥生の手に収まっていた。ルシフェルはそれを見て、余裕の笑みをこぼした。
「ふふふ、今更そのようなものを使おうと、わしを凌駕することなど到底及ばぬぞ」
「ええー? 使わないわよぅ。すっごく危ないのに」
纏向静香が、軽く頬を染めて抱きつかれるままになっている琴音に頬を摺り寄せながら、のんびりとルシフェルに言った。
「その様子だと、こいつの本当の怖さを知らないみたいだね」
眞脇由香里も、妹だ、弟だと紫と取っ組み合いのじゃれ合いの幕間に一言告げた。
「少し考えて見ればわかりそうなものだぞ。私達が何故こいつを使わなかったのか」
斑鳩仁美が、星夜とおんなじ姿勢で腕を組んで並び立ち、ルシフェルに言った。
「何が言いたい? 貴様ら」
確かにその疑問はルシフェルにも無いわけではなかった。原日本人に伝わる究極の秘宝玉櫛笥。ルシフェルが最高の悪夢を具現化したように、あるいは荒神谷皐月が他愛も無い学校ごっこを演じたように、これを使えば夢を叶えることなど造作も無いことなのだ。だが、この娘達は、玉櫛笥の活用ではなく闇の皇帝の復活を選択した。そのことを知ったときは、タダの馬鹿だとルシフェルは思ったものだが……。
「どうやら貴方、玉櫛笥の昔話をご存じないようね。私も、この子達には絶対触るな、と言っておいたんだけど」
「だって、ああするより他にお姉ちゃん達を復活させられない、って思ったから……」
「でもこれで分かったわね? どれだけこれが危険な物なのか」
弥生は、腰のあたりにしっかりとしがみつき、こくりと頷いたツインテールの少女の頭を撫でながら、ルシフェルに言った。
「そろそろ貴方にも、欲望に負け、玉櫛笥を使ってしまったその報いを受ける時が来たようよ」
なに? とルシフェルが眉を顰めた、その時。
「……ガ、ハッ?!」
ガクン、といきなりルシフェルはその場に膝をついた。何かいきなり途方も無い攻撃を食らったのか、と勘違いしたのも無理はない。それほどの衝撃が、全身を貫いてルシフェルの力を奪った。全身が瘧のように震えだし、あれほど漲っていた力が、口の開いた風船のように瞬く間に抜けていく。あまりにも唐突な激変にまるで理解が及ばないまま、ルシフェルはついに四つん這いにその場に伏せた。
全く力が入らない。
さっきまで、無尽蔵にエネルギーを供給していたはずの地獄の瘴気すら、今のルシフェルには受け止められない。
いや、届いているのは届いているのだ。しかし、そうやって外から受け入れる力をはるかに超えて、今、全身からすべての霊力が、全開にした水道栓から迸る水の如く、急速に脱落していった。
エネルギーの喪失は、ただでさえ老人然とした外観を更に蝕んだ。
豊かな銀髪がごっそりと抜け、シルクハットと共に地面に落ちた。
目が落ち込み、顔面の皮膚がたるんで皺寄り、沈着した色素が顔中に染みを刻んでいった。
食いしばっていた口から力が抜け、歯がポロポロと欠け落ちて、唇が歯茎に巻き込むように痩せていった。
大鎌を落とした腕が急速に細り、ほとんど骨と皮ばかりになって一切の力を無くしていった。
瞬く間に何十歳も一挙に老け込んだルシフェルは、霞む眼で辛うじて荒神谷弥生を見上げ、か細くわななく声で言った。
「こ、これは何だ……。な、な、なに、が……起こって、い、るの、だ……」
対する弥生は、冷たい目でルシフェルを見下ろした。
「浦島太郎は、玉櫛笥の霊力を使い、竜宮城で乙姫様と遊び暮らす夢を叶えたのだけれど、その夢が覚めた時、寿命の全てを使い果たして、瞬く間に老いさらばえてしまったのよ。貴方にも、ちょうどそれと同じことが起こっているの」
「玉手箱ってぇ、単に夢の力を増幅するんじゃないのよぅ。未来に見るはずの夢すらも強引に引きずり出してきて、ぜーんぶを今の夢の実現に使い尽くしてしまうものなの」
「制御不能、一度動き出したら使ったヒトの力を絞り尽くすまで止まらない。こんな危なっかしいものは、たとえ私たちが滅びの時を迎えようとも使うことは出来なかった」
「色々研究はしてみたんだけどねぇ」
口々に静香達3人も声をかけたが、既に耳も遠くなっているルシフェルに届いたかどうかは判らなかった。それでも弥生は言葉を継いだ。ここまでわざわざ出向いてきた仕事を完遂しておかねば、安心して黄泉の国に戻れない。
「そうそう、忘れないうちに、お送りいただいた貢物もお返ししますわ。星夜ちゃん、出して上げて」
「了解!」
斑鳩星夜の触手が数本、グン! と伸びて足元の闇に突っ込み、僅かな時間差を付けて、次々とまた上がってきた。
「黄泉津大神様もいらないってさ。これ、返すよ!」
今は意識も朦朧となってきたルシフェルの前に、ドカドカっと地獄への貢物達が積み上げられた。
「麗夢ちゃんだけは、貰ってあげても良かったんだけどねぇ」
纏向静香が、榊、円光、鬼童を下敷きにし、小柄な姿に戻ったアルファ、ベータを抱いて一番上に寝かしつけられた麗夢の姿を見ながら、名残惜しげにひとりごちた。
「一人でも貢を受けたらその願いを無下には出来ないわ。きっちりお返ししておかないと」
荒神谷弥生がきっぱりと静香をたしなめると、眞脇由香里がいたずらっぽく弥生に言った。
「またまたー、一番惜しがってるのは部長のくせに」
「ま、しょうがないさね。どんなに部長が欲しがってても、こればっかりは諦めんと」
斑鳩仁美が同調して混ぜっ返すと、弥生は顔を真赤にして怒鳴りつけた。
「な、何をおっしゃるの皆さん! わ、私は別にそんな……、それに大体、私はもう部長ではありません!」
「いーじゃない、黄泉津大神直属の、黄泉の国渉外担当部部長ってことで」
「なにそれぇ!」
「だ、だから、私はっ! もー皆さんっ! 長居は無用! 用事は済んだんだから、とっとと帰りますわよ!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
7人の、この時ばかりは調子よく揃った返事に、全くもう! と苦笑した顔を次の瞬間にはキリッと引き締め、荒神谷弥生は、未だ気絶したままの麗夢に右手人差し指を突きつけた。
「私達は自らの力で再び現世に蘇り、こんどこそ原日本人の理想社会を実現してみせるわ。いつになるかは分からないけれど、それまでに勝手に死んだりたら許さないんだから。よろしいですわね!」
「ぶちょぉー、いつまで名残惜しんでるの!」
「そろそろ地獄閉じちゃうよー」
「わ、判りました! 今行きます!」
それでも弥生はもう一瞥麗夢にくれると、今度こそ身を翻して足元の闇に身を沈めていった。皐月は、弥生の腰にしがみついたまま、バイバイ、と麗夢手を振った。
「ごめんね麗夢ちゃん。でも私の夢は叶ったよ。協力してくれて、ありがとう」
そんな皐月の頭を愛惜しげに撫でながら、弥生も麗夢に軽く頭を下げて消えた。その後を追うように、南麻布地下洞窟に広がった闇の水面が急速に縮まり、充満した瘴気が薄れていった。
そんな中、一人地獄から取り残されたルシフェルは、おのが生命の尽きる時を自覚し、自嘲の笑みをこぼした。
「く、くそぅ……まさかあの箱に、こんな仕掛けがあったとは……。やむを得ん。もう一度、4人の魔女共に命じて、復活の時を待つとしよう……」
地獄の闇が水栓の抜けた風呂の水のように跡形もなく消え失せると、ルシフェルの身体は更に痩せ崩れ、瞬く間に風化して、チリ一つ残さずその場から消滅していった。
荒神谷弥生が、きっぱりと返事した。
「私達があなたに協力しなければならない理由は何もありません。また、黄泉津大神もそれを望んでおられない。直ちにこの地獄の釜の蓋を閉じ、この国から出てお行きなさい」
「それに、私達の大事な『妹』を散々な目にあわしてくれちゃったからね」
「破片を集めて修復するのは大変だったんだからぁ」
「さっきのミサイルはその返礼というわけだよ。でも、寝ぼけたこと言うなら次は本気で一発ぶち込んじゃうぞ」
弥生に続いて、由香里、静香、仁美も口々にルシフェルに答えた。ルシフェルは、「だからボクは男だって」「いいじゃない。そういう設定なんだから」とじゃれ合っている8人の少女達を見据えると、努めて冷静に一言言った。
「馬鹿め」
途端に、ルシフェルの纏う瘴気がぶわっと爆発的に膨れ上がった。いくら地獄の使者、黄泉津大神の巫女といえども、所詮は辺境の小物に過ぎない。その田舎者共が、この全世界の夢魔の総帥たるわしに出て行けなどよく言えたものだ。身の程知らずにも程がある。
ルシフェルは、漲る力にモノを言わせ、鎧袖一触、とばかりに一歩前に踏み出した。
「わしに逆らうとどうなるか、思い知らせてくれる」
底知れぬルシフェルの力が全身から炎立ち、黒い炎で辺りを焦がした。弥生達4人の巫女とその妹達も、その力の前には何の抵抗も意味を成さぬようにさえ感じさせる、圧倒的なエネルギーの奔流である。だが、荒神谷弥生は恐れも怯えも見せぬ平然とした様子で、ルシフェルに言った。
「そうそう、玉櫛笥を返してくれてありがとう。一応お礼を言っておくわ」
この地獄を開くために、地面に叩きつけられた錦の小箱が、傷ひとつ無い美しい姿で、荒神谷弥生の手に収まっていた。ルシフェルはそれを見て、余裕の笑みをこぼした。
「ふふふ、今更そのようなものを使おうと、わしを凌駕することなど到底及ばぬぞ」
「ええー? 使わないわよぅ。すっごく危ないのに」
纏向静香が、軽く頬を染めて抱きつかれるままになっている琴音に頬を摺り寄せながら、のんびりとルシフェルに言った。
「その様子だと、こいつの本当の怖さを知らないみたいだね」
眞脇由香里も、妹だ、弟だと紫と取っ組み合いのじゃれ合いの幕間に一言告げた。
「少し考えて見ればわかりそうなものだぞ。私達が何故こいつを使わなかったのか」
斑鳩仁美が、星夜とおんなじ姿勢で腕を組んで並び立ち、ルシフェルに言った。
「何が言いたい? 貴様ら」
確かにその疑問はルシフェルにも無いわけではなかった。原日本人に伝わる究極の秘宝玉櫛笥。ルシフェルが最高の悪夢を具現化したように、あるいは荒神谷皐月が他愛も無い学校ごっこを演じたように、これを使えば夢を叶えることなど造作も無いことなのだ。だが、この娘達は、玉櫛笥の活用ではなく闇の皇帝の復活を選択した。そのことを知ったときは、タダの馬鹿だとルシフェルは思ったものだが……。
「どうやら貴方、玉櫛笥の昔話をご存じないようね。私も、この子達には絶対触るな、と言っておいたんだけど」
「だって、ああするより他にお姉ちゃん達を復活させられない、って思ったから……」
「でもこれで分かったわね? どれだけこれが危険な物なのか」
弥生は、腰のあたりにしっかりとしがみつき、こくりと頷いたツインテールの少女の頭を撫でながら、ルシフェルに言った。
「そろそろ貴方にも、欲望に負け、玉櫛笥を使ってしまったその報いを受ける時が来たようよ」
なに? とルシフェルが眉を顰めた、その時。
「……ガ、ハッ?!」
ガクン、といきなりルシフェルはその場に膝をついた。何かいきなり途方も無い攻撃を食らったのか、と勘違いしたのも無理はない。それほどの衝撃が、全身を貫いてルシフェルの力を奪った。全身が瘧のように震えだし、あれほど漲っていた力が、口の開いた風船のように瞬く間に抜けていく。あまりにも唐突な激変にまるで理解が及ばないまま、ルシフェルはついに四つん這いにその場に伏せた。
全く力が入らない。
さっきまで、無尽蔵にエネルギーを供給していたはずの地獄の瘴気すら、今のルシフェルには受け止められない。
いや、届いているのは届いているのだ。しかし、そうやって外から受け入れる力をはるかに超えて、今、全身からすべての霊力が、全開にした水道栓から迸る水の如く、急速に脱落していった。
エネルギーの喪失は、ただでさえ老人然とした外観を更に蝕んだ。
豊かな銀髪がごっそりと抜け、シルクハットと共に地面に落ちた。
目が落ち込み、顔面の皮膚がたるんで皺寄り、沈着した色素が顔中に染みを刻んでいった。
食いしばっていた口から力が抜け、歯がポロポロと欠け落ちて、唇が歯茎に巻き込むように痩せていった。
大鎌を落とした腕が急速に細り、ほとんど骨と皮ばかりになって一切の力を無くしていった。
瞬く間に何十歳も一挙に老け込んだルシフェルは、霞む眼で辛うじて荒神谷弥生を見上げ、か細くわななく声で言った。
「こ、これは何だ……。な、な、なに、が……起こって、い、るの、だ……」
対する弥生は、冷たい目でルシフェルを見下ろした。
「浦島太郎は、玉櫛笥の霊力を使い、竜宮城で乙姫様と遊び暮らす夢を叶えたのだけれど、その夢が覚めた時、寿命の全てを使い果たして、瞬く間に老いさらばえてしまったのよ。貴方にも、ちょうどそれと同じことが起こっているの」
「玉手箱ってぇ、単に夢の力を増幅するんじゃないのよぅ。未来に見るはずの夢すらも強引に引きずり出してきて、ぜーんぶを今の夢の実現に使い尽くしてしまうものなの」
「制御不能、一度動き出したら使ったヒトの力を絞り尽くすまで止まらない。こんな危なっかしいものは、たとえ私たちが滅びの時を迎えようとも使うことは出来なかった」
「色々研究はしてみたんだけどねぇ」
口々に静香達3人も声をかけたが、既に耳も遠くなっているルシフェルに届いたかどうかは判らなかった。それでも弥生は言葉を継いだ。ここまでわざわざ出向いてきた仕事を完遂しておかねば、安心して黄泉の国に戻れない。
「そうそう、忘れないうちに、お送りいただいた貢物もお返ししますわ。星夜ちゃん、出して上げて」
「了解!」
斑鳩星夜の触手が数本、グン! と伸びて足元の闇に突っ込み、僅かな時間差を付けて、次々とまた上がってきた。
「黄泉津大神様もいらないってさ。これ、返すよ!」
今は意識も朦朧となってきたルシフェルの前に、ドカドカっと地獄への貢物達が積み上げられた。
「麗夢ちゃんだけは、貰ってあげても良かったんだけどねぇ」
纏向静香が、榊、円光、鬼童を下敷きにし、小柄な姿に戻ったアルファ、ベータを抱いて一番上に寝かしつけられた麗夢の姿を見ながら、名残惜しげにひとりごちた。
「一人でも貢を受けたらその願いを無下には出来ないわ。きっちりお返ししておかないと」
荒神谷弥生がきっぱりと静香をたしなめると、眞脇由香里がいたずらっぽく弥生に言った。
「またまたー、一番惜しがってるのは部長のくせに」
「ま、しょうがないさね。どんなに部長が欲しがってても、こればっかりは諦めんと」
斑鳩仁美が同調して混ぜっ返すと、弥生は顔を真赤にして怒鳴りつけた。
「な、何をおっしゃるの皆さん! わ、私は別にそんな……、それに大体、私はもう部長ではありません!」
「いーじゃない、黄泉津大神直属の、黄泉の国渉外担当部部長ってことで」
「なにそれぇ!」
「だ、だから、私はっ! もー皆さんっ! 長居は無用! 用事は済んだんだから、とっとと帰りますわよ!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
7人の、この時ばかりは調子よく揃った返事に、全くもう! と苦笑した顔を次の瞬間にはキリッと引き締め、荒神谷弥生は、未だ気絶したままの麗夢に右手人差し指を突きつけた。
「私達は自らの力で再び現世に蘇り、こんどこそ原日本人の理想社会を実現してみせるわ。いつになるかは分からないけれど、それまでに勝手に死んだりたら許さないんだから。よろしいですわね!」
「ぶちょぉー、いつまで名残惜しんでるの!」
「そろそろ地獄閉じちゃうよー」
「わ、判りました! 今行きます!」
それでも弥生はもう一瞥麗夢にくれると、今度こそ身を翻して足元の闇に身を沈めていった。皐月は、弥生の腰にしがみついたまま、バイバイ、と麗夢手を振った。
「ごめんね麗夢ちゃん。でも私の夢は叶ったよ。協力してくれて、ありがとう」
そんな皐月の頭を愛惜しげに撫でながら、弥生も麗夢に軽く頭を下げて消えた。その後を追うように、南麻布地下洞窟に広がった闇の水面が急速に縮まり、充満した瘴気が薄れていった。
そんな中、一人地獄から取り残されたルシフェルは、おのが生命の尽きる時を自覚し、自嘲の笑みをこぼした。
「く、くそぅ……まさかあの箱に、こんな仕掛けがあったとは……。やむを得ん。もう一度、4人の魔女共に命じて、復活の時を待つとしよう……」
地獄の闇が水栓の抜けた風呂の水のように跡形もなく消え失せると、ルシフェルの身体は更に痩せ崩れ、瞬く間に風化して、チリ一つ残さずその場から消滅していった。