かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

序章 鬼界ケ島 その2

2008-03-22 22:40:08 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
(せめて骨だけでも都に届けてさしあげねば)
 有王は止む事無く目から溢れる涙を拭い、嗚咽を堪えて立ち上がった。これ以上時を過ごせば、日没後の暗闇に骨を拾い上げのろとまだくすぶる木片や灰を突き崩していた有王は、夕闇迫る中、突然背後からかけられた声に、ぎょっとして振り返った。「むごいことになったものよのう、お若いの」
「あ、あなたは・・・」
 漆黒の烏帽子を乗せた豊かな銀髪を微風になびかせ、しわ深い顔の中央に、相手に突きかかるような、日本人離れした立派な鷲鼻を屹立させて、その老人は有王の質問を遮った。
「だが、このまま骨を拾って都に帰り、弔いをすれば俊寛殿は安堵して浄土に旅立てるのかのう?」
「なんですって?」
「きっと、俊寛殿は平家を深く恨んでおるぞ。ただ館を貸しただけでこのむごい仕打ち。しかも相手はやんごとなき貴顕中の貴顕。今をときめく法皇様じゃ。断りたくても断れるものではなかったろう。そのことは清盛も知らぬはずはない。それなのに、ただそれだけのことのためにこんな人外の異郷で荼毘に付されるはめになろうとは、これでは誰であっても怒らずにはおれぬ。恨まずにはおれぬだろう。その恨みを晴らしてやることこそが何よりの供養になる、そうは思わぬか、お若いの」
 いつしか有王は、早く骨を拾わなければ、という思いを忘れて、目の前の老人の言葉に心を奪われていた。確かにこの人の言う通りだ。何故敬愛すべき主がこんな辺地で死なねばならないのか。恨むべくは清盛を長とする平家の連中ではないか。その平家を懲らし、主の遺骨の前で手をあわせて許しを乞わせてこそ、主の留飲も下がり、無事、成仏できるようになるのではないか。有王はふつふつと心に怒りが煮えたぎるのを感じた。有王は言った。
「平家が、俊寛様をこんな姿にした清盛が憎い!」
「そうだろう、そうだろう」
 老人は値踏みするように有王を見つめると、その懐に視線を固定した。
「その願い、この儂が叶えてやろう。儂が、平家への復讐に手を貸してやる。代わりにお前がその懐に飲んでいるものを儂に譲れ」
 有王は、操られるかのように錦の小袋を取り出した。
「中の物を、手の平にあけてみよ」
 有王は、黙って袋の口を縛った紐を解くと、中の物を手の平に受けた。
 それは、黒っぽい、砂のような粒であった。有王は、ぼんやり主の最後の言葉を思い出した。
「この袋にあるのは、その昔、我が師より授かった夢の木、と言う木の種じゃ。何でも願いがかなうという有り難いものだから、大切にしまっておくように」
 願いがかなうというなら、何故こんな所から抜け出せるように願わなかったのだろうか。痺れたような頭で、ぼんやりと考える有王に、老人は無造作に近付いた。
「これが夢の種か。どれ」
 だが、老人が伸ばした手は、種に触れる寸前で、苛烈なしっぺ返しを食らった。ぎゃっと叫んで引っ込めた老人の人差し指の爪が、焦げ臭い匂いと共にうっすらと茶に変色し、わずかに煙まで立てている。老人は苦しげに眉を顰めながら、忌ま忌ましいと一人ごちた。
「ええい、やはりこの儂を拒むか。まあ良い。この種はしばらく此奴に預けるとしよう」
 老人は指先をふっと吹いて煙を蹴散らすと、有王に振り返った。
「さあ、それをしまい、儂と共に参れ。にっくき平家を滅ぼし、お前の夢をかなえてやろうぞ」
 暗黒そのものを凝縮したような直衣の袖が、蝙蝠の羽のように左右に伸び、有王を包み込んだ。
「いざゆかん! 平安の都へ!」
 老人のりんとした声が浜辺を圧したかと思う間もなく、すさまじい旋風が沸き起こった。旋風は瞬く間に二人を飲み込んだかと思うと、砂や海水を猛烈な勢いで巻き上げながら、東北、すなわち鬼門に向けて走り去った。ようやく風の収まった浜には、わずかに残る荼毘の煙だけが、所在無げに漂うばかりであった。

・・・公卿九条兼実日記「玉葉」治承三年四月二十九日の条にいわく。
「午の刻ばかり、京中に辻風おびただしう吹いて人屋多く転倒す。桁、柱など虚空に散在し、鳴りどよむ音はかの地獄の業風なりといえどもこれには過ぎじとぞ見えし・・・」

第1章その1に続く。

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