かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

1.再会 その4

2008-03-22 22:36:25 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
「待て! 待ってくれ! 麗夢!」
 矢のように飛び出した智盛に、今度は公綱が悲鳴を上げた。
「危ない! 智盛様!」
 公綱の頭に、さっき投げ飛ばされた男の様子が蘇った。智盛の身のこなしが公綱のそれに勝るとも劣らないことは日頃からよく知るところである。だが、今の智盛は、公綱にも信じがたい程の無防備さだった。あれではどうぞ投げ飛ばして下さい、と言わんばかりではないか。公綱は、咄嗟に智盛へ飛びかかった。
「殿! お待ちなさい! 殿!」
 あわやと言うところで辛うじてその腰にしがみついた公綱は、少しでも気を許せばたちまち振り解かれそうになるほど暴れる智盛を、必死で諌めた。
「公綱! 離せ! 離さぬか!」
「いーえなりませぬぞ! まずは落ちつきなされい、智盛様!」
 そう言いながら、公綱は白拍子に目配せして、早くいけ、と無言で促した。白拍子は黙って頭を軽く下げると、なんの未練もないのか、すうっと流れるように智盛の脇を抜け、東に向けて春雨に溶け込んでいった。
 その間にも、智盛はしがみつく公綱を振りほどこうとわめき散らした。公綱は必死でしがみつきながら、呆然と見ている郎党衆に、とにかく智盛様を押し止め奉れ! と命令した。固唾を呑んで見守っていた郎党達は、その声でようやく我に返り、公綱と共に智盛へ飛びかかった。
「はなせ者共! 早く、早く追わねば見えなくなってしまう! ええい放さぬか!」
「落ちつきなされと申しますに! 殿、殿はこれから西八条第の大殿に呼ばれて向かっている途上ですぞ! これを捨ててどこに参ろうと言うのです!」
「兄上などしばし放っておいても構わぬわ! それよりも、やっと見つけたのだ! ここで追わねば、また会えなくなってしまう!」
 公綱は、改めて智盛の狂乱ぶりに恐れ入った。この殿にここまでがえんぜ無いわがままな性格が眠っていようとは、今の今まで公綱も気づかなかったのである。それだけに、これはただ事ではないと公綱も考えた。
「殿! あの白拍子がどうしたというのです! あの程度の女、都にはいくらもいましょうほどに」
「おこなることを言うな公綱! あれだけの女が一体この世のどこにいるというのだ! ここで見失のうてはまた何時会えるともかぎらんのだ! さあ、早く、早く放せ!」
「殿! 殿は何時あの白拍子と会ったというのです?」
 今はそれどころではない、と暴れる智盛に、公綱はおっしゃるまで放しません、と言い放った。しばしの押し問答の末、智盛はやっと秘められた過去を語る気になったようだった。
 力を抜いて暴れるのを止めた智盛に、公綱は肩で息を切らせながら、改めて智盛に問いかけた。
「一体、あの白拍子と殿との間に、何があるのです」
「あれは・・・、麗夢は私が三年前の今頃、この場所で見初めた大切な女だ」
「三年前・・・」
 公綱は、智盛がやはり喧嘩に巻き込まれていた麗夢を助け、館に招き入れて詩歌管弦に時を忘れた末、将来を契りあったことまで聞き出した。
 当時の公綱は今より遥かに多忙だった。怒涛の如く過ぎ去った三年前、現帝で平家の血筋でもあられる安徳天皇の即位に始まり、突然都を駆け抜けた凄まじい竜巻の後始末。源三位入道頼政の反乱とその鎮圧。頼朝、義仲の蜂起。福原への遷都、そして、屈辱の富士川合戦敗北、南都焼き討ち・・・。そんな、まだ生々しい記憶が荒れ狂う治承四年(一一八〇年)、あちこちに駆り出されていた公綱の知らない内に、智盛はあの白拍子と切るに切れない深い仲になったというのである。
「ところがだ」
 智盛の語りに哀調が深まった。そうまで互いに愛し合ったというのに、何の音沙汰もないまま麗夢が消息を絶ったというのである。
 そういえば、と公綱は思い出した。智盛が春だけ「おかしく」なるようになったのは、丁度三年前からではなかったか。
 公綱は、前帝、高倉天皇が治承五年(一一八一年)、御年わずか二五才でお隠れ遊ばした事を思い出した。高倉天皇は、清盛公より愛妾葵の前を取り上げられ、落胆のあまり病づいてそのまま儚うなり遊ばした、と公綱は聞いた。もし同じ事が智盛の身の上に起こったら! 公綱は、あらぬ想像に思わず身震いした。それこそあってはならぬ事だ。公綱は、これだけ語れば後は良かろう、と再び走り出そうとする主を強引に押し止めた。
「判りました。それでは、この公綱があの白拍子の後を追い、その所在を確かめて参りまする」
「何? 公綱が行くと申すのか?」
「御意。されば智盛様は急ぎ西八条第に赴かれますよう」
 しかし、とまだ渋る智盛に、公綱は決然とした口調で言った。
「こたびのお呼び出しは、卯月発行の北陸道鎮定についてのお沙汰に相違ございますまい。ならばなんとしてもその一翼を、かなうことなら先鋒をお任せ下さりますよう、大殿にお願い申し上げ、今上帝にお取り次ぎ願わねばなりません。それがどれほど大事なことであるか、殿にはお判りいただけますな?」
 もとより、言うまでもないことだった。戦場で働き、手柄を立ててこそのもののふである。それにはまず戦場に出る資格を得なければならない。ましてや一〇万を号する大軍の先鋒となれば、その栄誉たるや計り知れないものがある。智盛も公綱も、そんな一時を手にするために、今日まで身を粉にして技を磨き、朝廷に出仕してきたのである。そのようなことを諄々に諭されて、智盛はようやく公綱の諌めを入れることができた。
「判った。麗夢の行方は公綱に任せる。きっとその所在を確かめてくれ」
「何のかのと申しましても所詮は女の足、直ぐに追いついて所在を確かめる位、わけないことにございまする」
 だから安堵してこの公綱にお任せあれ、と胸を張った公綱は、残る郎等達にこれ以上遅参することの無いよう先を急げと言い含めた。
「ではこれにて。吉報をお待ち下され」
「頼んだぞ、公綱」
 公綱は、やっと牛車に収まった智盛に一礼し、夕闇が迫りつつある都大路を引き返して行った。

第2章 その1に続く。

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