かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

1.再会 その2

2008-03-22 22:38:13 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 今、平氏の棟梁前内大臣(さきのないだいじん)平宗盛は、帝の名前で諸国に檄を飛ばしている。二カ月後に、北陸の反逆者、木曽義仲を討伐する一〇万の軍勢を催すため、都へはせ参じるよう命令しているのだ。その命に応じた連中が、ぼつぼつ都に集まり出しているのだが、この連中が実はなかなかにくせ者だった。平氏の一族は、関東に蟠踞する源氏の勢に比べ、比較的都慣れしていて品が良いとされている。だがそれも、都から遠ざかればほとんど変わりはない。いや、なまじこちらの方が、
「我は平氏の縁者なり」
と言う態度もあからさまに都を闊歩するものだから、かえって始末に悪い事の方が多いのだ。あちこちで都人との軋轢が生じるだけでなく、別の地方同士で喧嘩刃傷沙汰になる例が、後を絶たない。公綱ら平氏直属の郎党達は、そんな都での作法を知らない輩を取り締まり、都の治安維持に、神経を尖らせていたのである。
「とにかく道を開けさせてこい。藤太(とうた)、紀連(のりつな)、一緒に行ってやれ」
 公綱は、手早く三人の若者を前方に走らせると、御簾(みす)近くまで顔を寄せた。
「どうも喧嘩らしいのですが、まもなく道を開けさせますのでしばしお待ち下さい」
 喧嘩と聞いて、中から洩れる溜息が一段と深まったように公綱には感じられた。責任感の強い方故、と公綱は主に同情したが、その音色が、単純な責任感から洩れたものではないことまでは、公綱には判らなかった。
「私が出てみよう。その方が話も早かろう」
 中から御簾を繰り上げようとする様子に、公綱はあわてて申し添えた。
「お、お待ち下さい、殿が出張るまでもございません。どうせ諸国よりかり集めた雑兵どもがまた騒いでおるに決まっております。この公綱におまかせあれ」
「・・・そうか・・・」
 公綱は、主の残念そうな音色に少しばかり不審の思いを抱いたが、それも突然前方で生じた怒鳴り声で、一瞬の内に頭を切り替えた。
(あの者らでは荷が勝ちすぎたのか?)
 公綱は、これ以上時を過ごせば本当に主が外に出てきてしまう、と、押っ取り刀で群衆の壁をかき分けた。見ると、先に出した三人の郎党が一固まりになって腰の刀に手をかけ、その前で居並ぶ数人の者達も、長刀を手にいきり立ち、一触即発の状態になっているではないか。
(ひのふのみの・・・八人か)
公綱はすばやくその人数を勘定し、ついでに風体も見て取った。その困り者達は、やはり公綱のにらんだ通り、すり切れた具足に不揃いな胴丸を引っかけた程度の雑兵だった。そして、何よりもその怒鳴り声が、都では余り聞かれない「なまり」を帯びている。しかも、つんつるてんの烏帽子の下の金壷眼が、明らかに酔っていると見えてまるで兎のように充血していた。が、公綱は、辺りを見回す内に随分場違いな者が一人いることに気がついた。清げなる白絹の水干をまとい、大きな市目笠をかぶった女である。顔は紗に阻まれてよく見えないが、何もかもが曖昧模糊となってしまう春霞の中でも、はっと息を呑むような碧の黒髪が艶やかにその背中を隠し、抜けるような白魚の指が、軽く笠のつばを摘んでいるのが見える。
(さてはこれが騒ぎの元凶か)
 公綱はそれだけ見て取ると、血気にはやる配下の若者達を抑えてその前に大きく一歩身を乗り出した。
「御どもは伊勢の国の住人、築山次郎兵衛公綱(つくやまじろうびょうえきんつな)と申す。貴公らが何者か知らぬが、御どもらは先を急いでおる。早々に道を開けられよ」
 いきり立っていた男達は、突然現れた公綱に思わず失笑しかけた。偉そうな態度をとってはいるが、背丈は背後の若侍達の肩にも届かず、幅は優に二人分くらいはある。顔はと言うとこれも赤ん坊のように血色良い丸顔で、一面にあばたにきびが散りばめられている。全体に達磨を連想するような、短躯のでぶである。一丁前に腰に刀を差してはいるが、そんな外観では男達が侮ったとしても無理はなかった。
「なんじゃこのちびは! 邪魔するな!」
 今三人と切り結ぼうとしていた男が、黄色い乱杭歯を大きく見せて、長刀の切っ先を公綱の鼻先に突きつけた。激発した藤太が、おのれと太刀を抜こうとするのを公綱はじろりと睨み付けて止め、改めて男に呼びかけた。
「暴れたいというのならいつでも相手して進ぜるが、先程も申した通り、我らは先を急いでおる。けがをせぬ内にさっさと道を開けい!」
 この、自ら喧嘩を買うも同然の言いように、後ろにいる三人の方が驚いた。公綱の外観に似合わぬ勇猛ぶりは周知の三人だったが、一方でその思慮深さや落ちついた物腰も良く見知っている。第一、日頃は配下の郎党達に、無暗に喧嘩するな、と口うるさい位なのだ。そんな公綱の思いもよらない喧嘩早さに、三人はどうなることかと固唾を呑んで見守った。対する乱杭歯の方は、どう見ても弱々しげな男が、恐れもおののきもせず、かえって居丈高に呼ばわったのに逆上した。男のこめかみにみるみる見事な青筋が盛り上がり、男は泡を飛ばして公綱を怒鳴りつけた。
「このちび達磨が、なめるんじゃねえっ!」
 同時に男は、いきなり長刀を振りかぶって公綱めがけて切りつけた。酔いの割には鋭い斬撃が空を割り、公綱の残像を両断して、ザクリ、と刃の半分を地面に埋めた。

第1章その3に続く。

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