★5分で解決する簡単な事件を33分持たせる。
これがこの作品の目的。
推理ドラマの目的は通常『真犯人を見つけること』。
斬新な切り口だとは思うが、それでドラマが描かれているかと言えばそうでない。
だからこの作品はコント。
通常の推理小説の逆もやっている。
通常の推理小説では、様々な動機を持った容疑者が複数現れて犯人を確定する。
一方、この作品では犯人が確定して様々な容疑者が現れる。
斬新な切り口だとは思うが、それでドラマが描かれているかと言えばそうでない。
<ドラマ>と銘打たれている以上、視聴者はドラマを見たいのだ。
★この作品の<ドラマ部分>を敢えてあげれば、犯人・山口君の動機
『自分を捨てた恋人・吉沢京子への恨み』という動機が、鞍馬六郎の捜査によって『愛情のない財産目的の男と結婚する京子が嫌だったから』という動機に変わる。
そして鞍馬のラストコメントが「彼女を一番愛してたのは山口だったのではないか」。
これで一応ドラマの体裁をとっているが、『財産目的の男と結婚する京子が嫌だったから』という動機にリアリティはあるだろうか?
通常なら山口の殺意は、京子を不幸にする財産目的の新郎に向けられるのではないか?
あるいは京子を殺して自分も自殺して心中する。
★ナンセンスを楽しめるか?
もっとも、この作品は『通常なら』という発想は抜きにして考えなくてはならないのかもしれない。
この作品の本質は『常識を突き抜けたナンセンス』。
<巨大な角砂糖>や<アリが巣の中でウハウハな状況>のナンセンスを楽しめるかどうか。
<意外な犯人>も<驚くべきトリック>も<ドロドロした動機>もないナンセンスを楽しめるかどうかである。
ナンセンスとは常識にとらわれた我々の思考を自由にするもの。
残念ながら僕は頭が固いのか、このナンセンスの自由を享受することは出来なかった。
部分部分は面白いんですけどね。
※追記
33分持たせるためにどこを膨らませるか、これがこの作品の作劇ポイント。
双子の兄弟、アリ、鑑識、町の情報屋、こだわって膨らませる要素は至るところにある。
これがこの作品の目的。
推理ドラマの目的は通常『真犯人を見つけること』。
斬新な切り口だとは思うが、それでドラマが描かれているかと言えばそうでない。
だからこの作品はコント。
通常の推理小説の逆もやっている。
通常の推理小説では、様々な動機を持った容疑者が複数現れて犯人を確定する。
一方、この作品では犯人が確定して様々な容疑者が現れる。
斬新な切り口だとは思うが、それでドラマが描かれているかと言えばそうでない。
<ドラマ>と銘打たれている以上、視聴者はドラマを見たいのだ。
★この作品の<ドラマ部分>を敢えてあげれば、犯人・山口君の動機
『自分を捨てた恋人・吉沢京子への恨み』という動機が、鞍馬六郎の捜査によって『愛情のない財産目的の男と結婚する京子が嫌だったから』という動機に変わる。
そして鞍馬のラストコメントが「彼女を一番愛してたのは山口だったのではないか」。
これで一応ドラマの体裁をとっているが、『財産目的の男と結婚する京子が嫌だったから』という動機にリアリティはあるだろうか?
通常なら山口の殺意は、京子を不幸にする財産目的の新郎に向けられるのではないか?
あるいは京子を殺して自分も自殺して心中する。
★ナンセンスを楽しめるか?
もっとも、この作品は『通常なら』という発想は抜きにして考えなくてはならないのかもしれない。
この作品の本質は『常識を突き抜けたナンセンス』。
<巨大な角砂糖>や<アリが巣の中でウハウハな状況>のナンセンスを楽しめるかどうか。
<意外な犯人>も<驚くべきトリック>も<ドロドロした動機>もないナンセンスを楽しめるかどうかである。
ナンセンスとは常識にとらわれた我々の思考を自由にするもの。
残念ながら僕は頭が固いのか、このナンセンスの自由を享受することは出来なかった。
部分部分は面白いんですけどね。
※追記
33分持たせるためにどこを膨らませるか、これがこの作品の作劇ポイント。
双子の兄弟、アリ、鑑識、町の情報屋、こだわって膨らませる要素は至るところにある。