物事を表面でとらえてはならない。
その裏には隠された真実がある。
長田栄司(設楽統)の死がそうだった。
仕事を苦にしての自殺。
だが、真実は子供のボールを取ろうとしての転落死だった。
物事を表面でとらえてはいけないということは、葬儀屋の仕事にも当てはまる。
人の死を商売にするいやらしい仕事。
井原真人(山下智久)はそう考えて、葬儀屋の仕事を嫌っていた。
だが、自分の手で長田英司の葬儀を行ってみて、そうでないことがわかった。
「この子はそそっかしくて、こうして心から悲しめるのもあなたのおかげです。ありがとう」
長田の母(吉行和子)から感謝される真人。
この言葉は、もし真人が長田の死の真相を明らかにしなければ出なかった言葉だ。
もし、仕事を苦にしての自殺だったら、母親は「親より先に死んだ親不孝者」と息子に怒り、自殺に追いやった会社を憎んで生きていかなくてはならなかった。
怒りと憎しみの中で生きていくのと「あの子はそそっかしくて」と穏やかな気持ちで生きていけるのとでは、その後の人生は大きく違う。
真人は、自分の罪悪感からした行動とはいえ、長田の母を救ったのだ。
それは死んだ長田の魂をも救ったことでもある。
もし、自分のことを「親より先に死んだ親不孝者」と思っている母親を見たら、長田はきっと浮かばれなかっただろう。
「母さん、違うんだ。俺はボールを取ろうとして落ちただけなんだ」と言いたかったに違いない。
葬儀屋の仕事が、「ありがとう」と言われる仕事であることを知った真人。
悲しみを通して、他人と共感できる仕事であることも知った。
ラスト、墓の前で流した真人の涙は心からの本当の涙。
父親と心を通わせた瞬間。
だから、やって来た岩田逸郎(山崎努)は「親父さん、成仏できたな」とつぶやいた。
よくできたドラマだと思う。
日常生活でこういうふうに他人と心を通わせることって、あまりないから。
心の奥の深いところで通じ合える関係。
それがドラマの描くべきことだと思う。
※追記
「痛かったね。痛いの痛いの飛んでいけ。さようなら、またいつか」
出棺の際、長田の母が息子に語りかけた言葉。
吉行和子さん、名演技。
※追記
霊柩車を見て親指を隠す長田。
これが長田の死が自殺でないことを示している。
なぜなら、長田は親の死に目に会うことを願い、親より先に死ぬことを考えていなかったから。
上手い伏線ですね。
その裏には隠された真実がある。
長田栄司(設楽統)の死がそうだった。
仕事を苦にしての自殺。
だが、真実は子供のボールを取ろうとしての転落死だった。
物事を表面でとらえてはいけないということは、葬儀屋の仕事にも当てはまる。
人の死を商売にするいやらしい仕事。
井原真人(山下智久)はそう考えて、葬儀屋の仕事を嫌っていた。
だが、自分の手で長田英司の葬儀を行ってみて、そうでないことがわかった。
「この子はそそっかしくて、こうして心から悲しめるのもあなたのおかげです。ありがとう」
長田の母(吉行和子)から感謝される真人。
この言葉は、もし真人が長田の死の真相を明らかにしなければ出なかった言葉だ。
もし、仕事を苦にしての自殺だったら、母親は「親より先に死んだ親不孝者」と息子に怒り、自殺に追いやった会社を憎んで生きていかなくてはならなかった。
怒りと憎しみの中で生きていくのと「あの子はそそっかしくて」と穏やかな気持ちで生きていけるのとでは、その後の人生は大きく違う。
真人は、自分の罪悪感からした行動とはいえ、長田の母を救ったのだ。
それは死んだ長田の魂をも救ったことでもある。
もし、自分のことを「親より先に死んだ親不孝者」と思っている母親を見たら、長田はきっと浮かばれなかっただろう。
「母さん、違うんだ。俺はボールを取ろうとして落ちただけなんだ」と言いたかったに違いない。
葬儀屋の仕事が、「ありがとう」と言われる仕事であることを知った真人。
悲しみを通して、他人と共感できる仕事であることも知った。
ラスト、墓の前で流した真人の涙は心からの本当の涙。
父親と心を通わせた瞬間。
だから、やって来た岩田逸郎(山崎努)は「親父さん、成仏できたな」とつぶやいた。
よくできたドラマだと思う。
日常生活でこういうふうに他人と心を通わせることって、あまりないから。
心の奥の深いところで通じ合える関係。
それがドラマの描くべきことだと思う。
※追記
「痛かったね。痛いの痛いの飛んでいけ。さようなら、またいつか」
出棺の際、長田の母が息子に語りかけた言葉。
吉行和子さん、名演技。
※追記
霊柩車を見て親指を隠す長田。
これが長田の死が自殺でないことを示している。
なぜなら、長田は親の死に目に会うことを願い、親より先に死ぬことを考えていなかったから。
上手い伏線ですね。