「誰なんだ、俺は!?」
平太、後の清盛(松山ケンイチ)は叫ぶ。
平家であって、平家でない。
白河法皇(伊東四朗)の落とし胤であって、そうではない。
若さゆえの純粋な正義感もある。
白河法皇の悪政で民が苦しんでいるのに、異を唱えない父・忠盛(中井貴一)や貴族たち。
彼らに対する怒り、疑問。
自分の中の過剰なエネルギーを持て余して、荒れ狂う。既存のものを壊そうとする。
これが若者だ。
世の中を支配している老人たちは実はこれが怖い。
なので現代の若者よ、もっと怒れ! 取り込まれるな!
そんなことをこの作品の作家は主張しているようにも見える。
さて清盛。
「誰なんだ、俺は!?」と叫んだ自分探しの答えは次のようなものだった。
「俺は王家の犬にも平氏の犬にもならぬ。されど、俺は生きる。野良犬の声がこの面白くない世を変えるまで面白う生きてやる」
清盛は王家でも平家でもない第三の道を選んだ。
すなわち<野良犬>の道。
元服の時には、藤原家成(佐藤二朗)に「野良犬が外でいくら吠えても飼い主の耳には届かぬ。飼い犬となって吠えろ」と言われたが、清盛は飼い犬になることを潔しとしなかった。
さて、<野良犬宣言>をした清盛は、世の中を変えるために今後どのような行動をしていくのか?
「面白う生きてやる」というせりふの「面白う」はポイントで、これは母・舞子が遺した「遊びをせむと生めれけむ。戯れせむと生まれけむ」という言葉に通じている。
人生は一場の戯れ言(ざれごと)。
清盛は遊び、戯れながら、世の中を変えていくのだろう。
というわけで、久々にたくましい主人公が登場した大河ドラマ。
作品のメッセージも強い。
前回は「死にたくなければ強くなれ」
今回は「俺は生きる。野良犬の声がこの面白くない世を変えるまで面白う生きてやる」
これらの言葉は現在、もっとも大切な言葉のように思える。
次回はどんな言葉が出て来るのだろう?
平太、後の清盛(松山ケンイチ)は叫ぶ。
平家であって、平家でない。
白河法皇(伊東四朗)の落とし胤であって、そうではない。
若さゆえの純粋な正義感もある。
白河法皇の悪政で民が苦しんでいるのに、異を唱えない父・忠盛(中井貴一)や貴族たち。
彼らに対する怒り、疑問。
自分の中の過剰なエネルギーを持て余して、荒れ狂う。既存のものを壊そうとする。
これが若者だ。
世の中を支配している老人たちは実はこれが怖い。
なので現代の若者よ、もっと怒れ! 取り込まれるな!
そんなことをこの作品の作家は主張しているようにも見える。
さて清盛。
「誰なんだ、俺は!?」と叫んだ自分探しの答えは次のようなものだった。
「俺は王家の犬にも平氏の犬にもならぬ。されど、俺は生きる。野良犬の声がこの面白くない世を変えるまで面白う生きてやる」
清盛は王家でも平家でもない第三の道を選んだ。
すなわち<野良犬>の道。
元服の時には、藤原家成(佐藤二朗)に「野良犬が外でいくら吠えても飼い主の耳には届かぬ。飼い犬となって吠えろ」と言われたが、清盛は飼い犬になることを潔しとしなかった。
さて、<野良犬宣言>をした清盛は、世の中を変えるために今後どのような行動をしていくのか?
「面白う生きてやる」というせりふの「面白う」はポイントで、これは母・舞子が遺した「遊びをせむと生めれけむ。戯れせむと生まれけむ」という言葉に通じている。
人生は一場の戯れ言(ざれごと)。
清盛は遊び、戯れながら、世の中を変えていくのだろう。
というわけで、久々にたくましい主人公が登場した大河ドラマ。
作品のメッセージも強い。
前回は「死にたくなければ強くなれ」
今回は「俺は生きる。野良犬の声がこの面白くない世を変えるまで面白う生きてやる」
これらの言葉は現在、もっとも大切な言葉のように思える。
次回はどんな言葉が出て来るのだろう?