「源次郎がいることで烏合の衆であった敵がひとつになる」
徳川家康(内野聖陽)はこう懸念するが、まだまだ、ひとつになるには前途多難であるようだ。
現在、大坂城で問題になっているのは<部屋割り><家格><身分>。
とても、士気が高く、いくさに勝つために皆が知恵をしぼっているとはいえない。
幸村(堺雅人)に対しては、信頼と不信と疑念が渦巻いている。
秀頼(中川大志)などは幸村を信頼しているのだが、後藤又兵衛(哀川翔)、毛利勝永(岡本健一)などは、
「如才のない男であるが、武将としてどのくらいの器量があるのか?」
人間は嫉妬する生き物で、集まれば<上下関係>をつくりたがるんですね。
しかし、幸村はひるまない。
臨機応変に策を繰り出していく。
<上下関係>については、
「10万の兵を5つに分け、それぞれに大将を置き、その上に総大将として秀頼公御自らが立たれるというのはいかがでしょう?」
そして、それぞれの隊を率いる大将として、
・後藤又兵衛
・毛利勝永
・長宗我部盛親(阿南健治)
・明石全登(小林顕作)
・真田幸村
を挙げる。
互いに競わせて、必死にさせる作戦だ。
秀吉のエピソードで、城の石垣をつくるのに、人夫を5つに分けて競わせたというエピソードがあるが、幸村が考えた策はまさにそれ。
枠にとらわれない組織論ですね。
硬直した思考では、まず総大将を置いて部将を置いて、と既存の枠にはめる所だが、それをしない。
あくまで現状の人材に合わせて柔軟に対応していく。
人間洞察も幸村はしっかりおこなっている。
大坂城に集まった人間を「今の境遇から這い上がるために集まった者たち」と分析。
幸村としては、このエネルギーを逆利用すればいいのだ。
逆に家康陣営は「無理矢理、駆り出された者たち」
いわば安定志向のサラリーマン化していて、必死さに欠ける。
だから幸村は言う。
「このいくさ、十分に勝てる」
枠にはめると言えば、実直な信之(大泉洋)は完全にその思考の持ち主だ。
信之は作兵衛(藤本隆宏)に言う。
「わしの家臣であるということは徳川の家臣であるということじゃ」
「わしは徳川に忠義を誓ったのじゃ。今更、曲げるわけにはいかんのじゃ」
信之はすでに平和な秩序の時代に生きている。
もはや、はみ出たり、逆らったりすることができない。
しかし、枠からはみ出てしまうのが人間でもある。
作兵衛は逆らった。
信之も手が動かず、そのまま勘違いをされて(笑)、作兵衛を行かせてしまった。
人間、すべて自分の思惑どおりにいくものではない。
逆にアクシデントがあるから人生は面白い。
幸村だって、自分の建てた策どおりにすべてが上手くいくとは考えていないだろう。
最後は阿茶の局(斉藤由貴)の言葉。
「先々の不安の芽は摘んでおくに限ります」
これと同じ理由で、260年後、徳川幕府が滅ぼされてしまうのは皮肉だ。
大政奉還し、江戸城無血開城までして帰順した徳川幕府。
しかし薩長は「先々の不安の芽を摘んでおくべき」として、徳川を追い詰め、戊辰戦争までおこなった。
こうやって歴史は進行していくんですね。
現代のイスラム過激派の掃討もこれと同じ発想。
北朝鮮に対しても「先々の不安の芽を摘んでおくべき」という理由で戦争になりそう。
徳川家康(内野聖陽)はこう懸念するが、まだまだ、ひとつになるには前途多難であるようだ。
現在、大坂城で問題になっているのは<部屋割り><家格><身分>。
とても、士気が高く、いくさに勝つために皆が知恵をしぼっているとはいえない。
幸村(堺雅人)に対しては、信頼と不信と疑念が渦巻いている。
秀頼(中川大志)などは幸村を信頼しているのだが、後藤又兵衛(哀川翔)、毛利勝永(岡本健一)などは、
「如才のない男であるが、武将としてどのくらいの器量があるのか?」
人間は嫉妬する生き物で、集まれば<上下関係>をつくりたがるんですね。
しかし、幸村はひるまない。
臨機応変に策を繰り出していく。
<上下関係>については、
「10万の兵を5つに分け、それぞれに大将を置き、その上に総大将として秀頼公御自らが立たれるというのはいかがでしょう?」
そして、それぞれの隊を率いる大将として、
・後藤又兵衛
・毛利勝永
・長宗我部盛親(阿南健治)
・明石全登(小林顕作)
・真田幸村
を挙げる。
互いに競わせて、必死にさせる作戦だ。
秀吉のエピソードで、城の石垣をつくるのに、人夫を5つに分けて競わせたというエピソードがあるが、幸村が考えた策はまさにそれ。
枠にとらわれない組織論ですね。
硬直した思考では、まず総大将を置いて部将を置いて、と既存の枠にはめる所だが、それをしない。
あくまで現状の人材に合わせて柔軟に対応していく。
人間洞察も幸村はしっかりおこなっている。
大坂城に集まった人間を「今の境遇から這い上がるために集まった者たち」と分析。
幸村としては、このエネルギーを逆利用すればいいのだ。
逆に家康陣営は「無理矢理、駆り出された者たち」
いわば安定志向のサラリーマン化していて、必死さに欠ける。
だから幸村は言う。
「このいくさ、十分に勝てる」
枠にはめると言えば、実直な信之(大泉洋)は完全にその思考の持ち主だ。
信之は作兵衛(藤本隆宏)に言う。
「わしの家臣であるということは徳川の家臣であるということじゃ」
「わしは徳川に忠義を誓ったのじゃ。今更、曲げるわけにはいかんのじゃ」
信之はすでに平和な秩序の時代に生きている。
もはや、はみ出たり、逆らったりすることができない。
しかし、枠からはみ出てしまうのが人間でもある。
作兵衛は逆らった。
信之も手が動かず、そのまま勘違いをされて(笑)、作兵衛を行かせてしまった。
人間、すべて自分の思惑どおりにいくものではない。
逆にアクシデントがあるから人生は面白い。
幸村だって、自分の建てた策どおりにすべてが上手くいくとは考えていないだろう。
最後は阿茶の局(斉藤由貴)の言葉。
「先々の不安の芽は摘んでおくに限ります」
これと同じ理由で、260年後、徳川幕府が滅ぼされてしまうのは皮肉だ。
大政奉還し、江戸城無血開城までして帰順した徳川幕府。
しかし薩長は「先々の不安の芽を摘んでおくべき」として、徳川を追い詰め、戊辰戦争までおこなった。
こうやって歴史は進行していくんですね。
現代のイスラム過激派の掃討もこれと同じ発想。
北朝鮮に対しても「先々の不安の芽を摘んでおくべき」という理由で戦争になりそう。