平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

Q10~この作品はあなどれない。

2010年10月17日 | 学園・青春ドラマ
 普通のロボット恋人ものかなと思っていたら、どうしてなかなか。
 見ると脚本は「野ブタ。をプロデュース」の木皿泉さん。
 この作品も「野ブタ。」の雰囲気がありますよね。
 うまく表現できないもやもやとした若者の心情を的確に描いている。

★まずは名前を呼ばれないこと。
 藤丘誠(柄本時生)。
 教室で名前を呼ばれないのって、存在していないのと同じなんですね。
 よくコントなどで「お前いたの? 存在感ないよな」みたいなせりふが聞かれるが、そんな感じに似ている。
 誰にも存在を認められない不安、孤独。
 だから藤丘は屋上のコンクリートや校長の椅子に<FM>と刻んだ。
 FM=藤岡誠という人間がいることを認めてほしくて。
 冒頭でQ10(前田敦子)が「自分に名前をつけて下さい」と言ったのも同じ。
 名前をつけられることからその人間の存在が始まる。

★ふたつめのテーマはSOS。
 誰もが心の中で「助けて!」と叫びたいと思っている。
 「誰かわたしの所に来て!」「わたしの話を聞いて!」「わたしに微笑みかけて!」と思っている。
 でも、ある人はそんなこと恥ずかしくて言えないし、ある人は何かでそれを誤魔化そうとする。
 この作品はえぐりますね、心の奥底を。
 普通の作品でも心の孤独や不安は描かれるが、ここまではえぐらない。

 そしてこの作品が感動的なのは、みんなで「助けて!」と叫んだこと。
 誰もが抱いている「助けて!」という気持ちを共有することで、みんながひとつになれたこと。
 選曲も上手い。
 「戦争を知らない子供たち」
 反戦歌だが、こんなふうに使われるとは!
 当時の若者達は<ベトナム戦争反対!>というテーマで繋がっていた。
 集会でこの歌を歌いながら<反戦>を唱え、みんながひとつになっていた。
 40年後の今日は<反戦>ではなく<助けて!>だが、若者がひとつになって何かを叫びたいという気持ちは変わらない。
 意表をついているが的確な曲の選択だ。

★そして三つめは世界。
 自分を取り巻く世界を憎むか?愛するか?
 物事がうまくいかなかったり、まわりから排除されたりすると、人は<世界>を憎みがちになるが、ほんの何気ないひと言や優しさで「世界も満更じゃないな」と思える。
 そして「人類が滅亡するのはイヤだな。この町はずっと続いてほしい」と思えることでやさしい気持ちになれる。

 このことを象徴的に描いたのが次のシーン。
 深井平太(佐藤健)と久保(池松壮亮)は、世界滅亡計画を書いた紙を掘り起こす。
 しかし紙は雨に濡れてボロボロで、残されていたのは<世界>の文字。
 そこで発せられたせりふは「世界は生まれました」。
 彼らは再び輝く世界を見出したんですね。

 というわけで、この作品、予想を裏切ってグン!と楽しみな作品に。
 その他にも<リセット>とか<筆跡>とか様々なテーマ・モチーフが内包されていた。
 今後は何を見せてくれるんだろう?


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

医龍3 下っ端に保障されても嬉しくないけど

2010年10月15日 | 職業ドラマ
 「医龍」って医療ドラマでありながらアクションドラマなんですよね。
 難病という巨大な敵に挑むスーパーヒーロー朝田龍太郎(坂口憲二)。
 ヒーローを苦しめる敵には、野口(岸部一徳)もいる。
 そんなヒーローを助ける伊集院(小池徹平)ら仲間たち。
 いざとなると荒瀬(阿部サダヲ)のように、今まで背を向けていた脇キャラが助けに来るし。

 これはもしかして「スターウォーズ」?
 ヒーローは朝田。
 ダースベイダーは野口。
 難病はデス・スター。
 伊集院と藤吉(佐々木蔵之介)はR2D2やC3PO。
 レイア姫は加藤晶(稲森いずみ)。
 助けに来たハンソロは荒瀬。
 ラストは皆の拍手を受け、凱旋行進もしていたし。

 ドラマとしては次の点が上手い。
 手術に向かう有希奈(桜庭ななみ)が伊集院に聞く。
 「先生、成功するかな?」
 伊集院は医療裁判になることを怖れて「成功する」とは言えない。
 しかし、それでは有希奈が不安になってしまう。医者との信頼がなくなってしまう。
 だから伊集院は叫んでしまう。
 「大丈夫。成功する。僕が保障する。だからがんばるんだ」
 伊集院の葛藤が見事に描かれている。
 一方、それを受けた有希奈のリアクションもいい。
 「下っ端に保障されても嬉しくないけど」
 本当は嬉しいくせに素直になれない有希奈。
 でも最後にはこうつけ加える。
 「ありがとう、先生」
 見事なやりとりだ。

 あとは運び込まれた荒瀬の手術の描き方。
 急いで駆けつける朝田。
 しかし肩を落とした藤吉の様子を見ると間に合わなかった?荒瀬は死んでしまった?
 ところが荒瀬は助かっていた。
 野口の呼んだカテーテル医・黒木慶次郎(遠藤憲一)の施術で。
 実に上手い。
 視聴者に死んだと思わせておいて見事に裏切る。
 そして黒木というすごいキャラクターを登場させる。
 このメリハリのつけ方。人物の登場のさせ方。

 人物の登場のさせ方では野口も上手い。
 運び込まれる奇怪な魚の入った水槽。
 これだけで野口が来たとわかる。

 脚本は林宏司さん。
 「離婚弁護士」「BOSS」「コードブルー」、前シーズンの「GM 踊れドクター」、林さんの作品はハズレがありませんね。

※追記
 こんなやりとりもかっこいい。
 荒瀬「出来るのか、朝田?」
 朝田「俺を誰だと思ってるんだ?」
 
 「医龍」では解説せりふもお馴染みだが、こういうのはかっこいい。
 藤吉、手術で朝田を補佐する伊集院の動きを見て
 「……朝田のスピードについて行っている」


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブッシュ~ザッツ戦争コメディ!

2010年10月14日 | 洋画
 アメリカ・ブッシュ大統領のイラク侵攻までを描いたコメディ?

 二代目ブッシュ大統領は名門ブッシュ家の落ちこぼれで、父親にコンプレックスを持っていた。
 父親に認められたくて大統領にもなったし、パパ・ブッシュを乗り越えたかった。  そこで起こしたのが<テロの一掃>という大義名分のもとに行った第二次イラク戦争。

 だが、その結果は<大量破壊兵器はなかった>という現実。
 では一体何のための戦争だったのか?
 二代目ブッシュのコンプレックスを解消するための戦争?
 アメリカの石油メジャーがイラクの石油利権を獲得したいがために起こした戦争?
 世界の平和を維持する世界の警察官たるアメリカが中東に軍の基地を置きたいがための戦争?
 喜劇と悲劇は表裏一体と言われるが、まさに二代目ブッシュ大統領が起こした戦争は悲劇であり喜劇である。
 こんなバカバカしいことで戦争が行われ、たくさんの人が亡くなった。

 作品中ではこんな喜劇シーンがある。
 バーベキューをするために郊外に集まったブッシュ大統領と政府高官たち。
 戦争の話をしながら郊外の道を歩いているうちに道に迷ってしまう。
 「ここはどこだ?」「道が違う」とあわてるブッシュ大統領。
 これはまさに大統領が正確な道を見失ってしまったことの隠喩。
 道を見失った大統領に何の疑いもなくついていく政府高官へのからかい。

 同じ様なことではライス国務長官の描写も面白い。
 IQが高く聡明なことで知られる彼女だが、ただのイエスマン(正確にはイエスウーマンか)として描かれるのだ。
 彼女は何を聞かれても大統領に反対意見を言わない。
 聡明なのだから愚かなブッシュ大統領にいろいろ意見を言ってほしいのにただ従うだけ。
 すごい皮肉である。

 というわけでコンプレックスを抱えた愚かな指導者と彼への盲目的な追随者によって引き起こされた愚かな戦争。
 そう言えば、わが国の小泉首相も盲目的な追随者だった。
 キャッチボールなんかをして喜んで。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ギルティ 悪魔と契約した女~ひどすぎる内容にため息……

2010年10月13日 | 推理・サスペンスドラマ
 菅野美穂さんに玉木宏さん、唐沢寿明さん。
 これだけの役者さんを揃えてて、よくこれだけ<面白くない作品>を作れるなぁ。

★まず<偶然>が多すぎる。

・真島(玉木宏)は偶然、下水に落ちた犬を救って野上芽衣子(菅野美穂)に会ってしまう。
・真島は偶然、屋上からの落下に遭ってしまう。
・真島は偶然、所轄の警察署で夫の服毒自殺について聴取を受けている妻・知香(原田佳奈)に会ってしまう。
・真島は偶然、服毒自殺した電車のホームで失踪した管理官・三輪周平(モロ師岡)に出会ってしまう。

 作劇上、<偶然>はある程度仕方がないのだけれど、せめて1話につき1回ぐらいにしてほしいな。

★物語の展開のさせ方についても疑問。

・失踪した管理官・三輪のメモを鉛筆で擦ってパスワードを知る真島。
 そしてアクセスすると野上芽衣子のことを知る。

 完全なご都合主義である。
 真島は全然頭脳を使っていないし、もしメモが残っていなかったら<芽衣子が怪しい>なんてことは思いも寄らなかったわけだし。
 <鉛筆で擦って情報を得る>っていうのも、よくもまぁ使い古された手法を!

 芽衣子が駅のホームで全く気づかれずに知香のバッグから携帯を出し入れ出来るのも不思議。
 芽衣子は武芸の達人? 超能力者?
 というか自殺に追い込むのに知香の携帯を使って話をする必要があったのか?
 
★今回は人物紹介ということだろうけど、野上芽衣子には全く感情移入出来ない。
 赤ん坊や妻を人質にして自殺を迫るなんて。
 復讐したいのなら弱きものを利用せずに、自分で手を下せ。
 おまけに屋上を落とそうとした赤ん坊は人形。
 視聴者から児童虐待のクレイムが来るのを怖れたのか、スタッフの完全な言い訳であり逃げ。

 ところで後で語られることになるだろうが、芽衣子は<二重人格>?
 まあ、次回からは見ないからどうでもいいのだけれど。
 これだけの役者さんを揃えているのに本当に残念な内容だ。

※追記
 もうひとつ<偶然>があった。
・真島は偶然、警察署で刑事が自分の過去について噂話をしている場面に遭遇してしまう。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

SPEC~これは戸田恵梨香さんの当たり役になるかも!

2010年10月12日 | 推理・サスペンスドラマ
★戸田恵梨香さんというのは不思議な女優さんで、この作品の当麻紗綾のような役がよく似合う。
 デスノート、ライアーゲーム……、こういうデフォルメされた、少しリアリティのないコミック・キャラが自然に演じられるんですね。
 リアルなラインでは「BOSS」とか「コードブルー」だが、引きこもりだったり協調性がなかったり、これらもどこかクセのあるキャラ。
 そして今回の当麻はそんな戸田さんの集大成のようなキャラクター。

・ボサボサの髪でぶかぶかのスーツ。
・猫背でヨタヨタ歩く。腕にはギブス。
・「お疲れさん」は「お疲れ山」
・「チョーうける」と現代言葉を使いながら、難解な物理学ワードが端々に。
・ぎょうざが好きで息がくさい。
・何が入っているかわからないキャリーバッグをいつも引きずっている。
・そして抜群の推理力!!

 見事なキャラクター造型であります。
 今後の作品次第ですけど、当麻は戸田さんの当たり役になるかも。

★物語もお見事!
 怪奇な事件をリアリズムで解決していく「トリック」とか「小田霧響子の嘘」のような刑事ものかと思っていたら、終盤は超能力もの。
 注射器を天井に刺さるような力で投げたり、テニスボールを武器にしたり、時間を止めたり……。
 この裏切り方が上手い。
 好きですね、こういう作品。
 堤幸彦作品の悪癖で後半尻つぼみになるのが心配だが、第1話はキャラクター造型といい物語といい僕の好きな作品!
 脚本は西荻弓絵さんだし期待!
 昔、「ケイゾク」に熱くなったのを思い出した。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

龍馬伝 第41回「さらば高杉晋作」

2010年10月11日 | 大河ドラマ・時代劇
 「死は志を受け継ぐ者にとっては始まり」

 こうして高杉(伊勢谷友介)の志は龍馬(福山雅治)に引き継がれた。
 その象徴が届けられた奇兵隊の旗。
 というお話。
 そして高杉の志・DNAは語り継がれ、物語となり、大河ドラマ「龍馬伝」となって我々に引き継がれる。
 僕は高杉の「面白きこともなき世に面白く……」という辞世の句が好きなのですが、僕の中にもしっかり高杉は生きている。

 物語としては普通に面白い。可もなく不可もなく。
 だからレビューが非常に書きにくい。

 ではあまり物語にのめり込めない理由は何だろう?
 「坂本さん…頼みましたよ」と高杉が言うラストまでの流れが見えてしまったためか。
 高杉や龍馬の<新しい日本の国造り>をするという強い思いが作劇で伝わって来なかったためか。
 あるいは現代に生きている僕に龍馬や高杉の言う<新しい日本の国造り>など言葉の遊びで、絵空事だという思いがあるからか。
 龍馬の言う<みんなが笑って暮らせる世の中>も菅総理の<最小不幸社会>も鳩山元総理の<友愛社会>、安倍元総理の<美しい国>も何か違う気がしますからね。
 むしろ弥太郎(香川照之)のリアルな現実主義の方が説得力がある。

 あと今回描かれたのは、中岡慎太郎(上川隆也)。
 <幕府を倒して新しい世の中の仕組みを作る>という山の頂上に登るのにも様々な道があるんですね。
 目的は同じでも、龍馬と高杉、中岡と木戸(谷原章介)では手段が違う。
 この対立図式は今後も描かれていくのだろうが、もう十分にわかったのであまりくどくならない方がいい気がする。


コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

下妻物語~自分のルールで生きているか?

2010年10月08日 | 邦画
 ロココ世界を愛するロリータファッションの桃子(深田恭子)と暴走族〝舗爾威帝劉(ポニーテール)〟のイチゴ(土屋アンナ)の物語。

 ロリータと暴走族。
 普通ならあり得ない組み合わせ。
 かたやフリフリファッションで買いに行くのは代官山、かたや刺繍がいっぱいの特攻服で、服を買いに行くのは地元のジャスコですからね。

 さて、この対照的なふたり。
 ロリータ・桃子は「自分の美学に合わない」イチゴを拒絶したりするのだが、イチゴはなぜか気になる様子。
 やたらと桃子に絡んでくる。
 その理由は桃子が<群れずにひとりで立って、自分のルールで生きている>から。
 
 茨城の下妻というのどかな町でロリータファッションを貫き、ひとりでいる桃子。
 彼女は可愛いヒラヒラの服を着て、<楽しければいい><気持ちよければいい>というロココの価値観・ルールで生きている。
 そんな桃子にとって下妻の現実はダサいだけ。
 周囲のクラスメイトたちはそんな現実を素直に受け入れているダサい人間。自分の美的世界を壊す邪魔な存在でしかない。
 だから群れない。ひとりでいる。
 桃子は自分の価値観・ルールに忠実で少しも揺るがない。
 それがヤンキーのイチゴを引きつける。すごくカッコいい。
 群れているだけの族仲間がダサく見える。
 美的センスは違っていても、桃子とイチゴは<自分のルールで生きている>という点で同じなのだ。

 一方、友達なんて必要ないと思っていた桃子も、次第にイチゴが気になる存在になっていく。
 桃子は失恋したイチゴの哀しさに共感する。
 自分の裁縫した特攻服の刺繍をイチゴが喜んでくれたことがなぜか嬉しい。
 イチゴと関わる中で桃子に芽生えてくる喜怒哀楽という感情。
 そんな哀しみと喜びの共感がイチゴをかけがえのない友達にした。
 他人もいいものだなと思えるようになった。

 というわけで「下妻物語」は見事な友情物語である。
 そしてクライマックス、そんな桃子とイチゴが牛久大仏で数十人の敵と闘うシーンは圧巻だ!
 イチゴが啖呵を切り、桃子も切る。
 この辺はヤクザもの、暴走族ものの常道だが、ロリータ姿の桃子が血だらけ、泥だらけになって啖呵を切るから新鮮だ。爽快でしびれる。

 茨城・下妻という地方を舞台にしたこと、ロリータと暴走族という異質なものを組み合わせたことで、この作品は青春映画の名作となった。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

名探偵コナン ベイカー街の亡霊

2010年10月07日 | コミック・アニメ・特撮
 19世紀の英国・ロンドン、シャーロック・ホームズの世界に入り込むという着想が面白い。
 我々が小説を読むのは、読むことを通して作品世界に入り込みたいから。
 普段生きている日常とは別の<探偵>とか<怪人>とか<殺人鬼>のいる世界に行きたいから。
 推理小説は松本清張さんの社会派の登場で、怪奇・猟奇・ロマンの要素がなくなってしまったが、それ以前は江戸川乱歩作品などそういった要素がたくさんあった。
 シャーロック・ホームズも19世紀ロンドンということでロマンをかき立てられる。
 ホームズやモリアーティ教授や切り裂きジャックに遭遇してみたいと思う。
 脚本の野沢尚さんもそんな思いが動機になってこの作品を書かれたのだろう。
 そして、これはまさにコナンとホームズの夢の競演でもある。
 そう言えばテレビ用の特別編でルパンとコナンの夢の競演というのもありましたね。

 さて、ではコナンたちがどの様にして入り込むかというと、ゲームのヴァーチャルリアリティ。
 ゴーグルをしてハッチのついたイスに座っての体感ゲーム。
 コナンたちはその中で<切り裂きジャック>を探すというミッションをクリアしなければならない。
 途中、敵に捕まったり傷つけられたりしたらゲームオーバー。
 ヴァーチャルな19世紀ロンドンから消えてしまう。

 そしてここでは見事な物語論・ゲーム論が展開されている。
 このヴァーチャルリアリティの世界の中でコナンと金持ちの子供たちが協力し合って闘っていくのだ。
 現実の世界ではコナンや元太たちをバカにしていた金持ちの子供たち。
 だが次第に友情が芽生えていく。友情の大切さを知るようになる。
 これはたとえば、子供たちが「ドラゴンクエスト」のようなゲームをして、友情や仲間と共に闘うことの大切さを学ぶのと同じことである。
 そしてゲームの世界からこれら大切なことを学んで現実世界に帰ってくる。
 そんなゲームの特徴をこの作品でも描いている。

 最後にこのヴァーチャルリアリティのゲームを作った天才少年ヒロキくんは孤独で、きっと他の子供たちと遊びたかったんでしょうね。
 だから、このゲームを作った。
 少し哀しいラストでした。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世にも奇妙な物語~人間の思考についての考察

2010年10月06日 | その他ドラマ
 「世にも奇妙な物語」
 今をときめく人気作家の共演ということで見応えがありましたね。
 今回は<人間の思考>ということに絞って、三作品をレビューしてみました。

★「厭な扉」(京極夏彦)
 モチーフは<人生のループ>。
 何度も何度も同じことを繰り返してしまう引田慶治(江口洋介)。
 三百万のお金を手に入れたら競馬で増やし、株で増やし、立派なオフィスを構え……。
 自分の思考法から逃れられない悲喜劇。
 お金がたくさんあることが幸せだという思考にとらわれている。
 それにお金を手に入れたら人間はそれを増やそうと思わずにはいられないんですね。
 こう考えると人間には<自由>なんてものはないのかもしれません。

★「はじめの一歩」(万城目学)
 原作は「鹿男あをによし」の方ですよね。
 物語は「まずはじめに」と「結論から言うと」の物語。
 先程の「厭な扉」の主人公と同様にこの物語の主人公・篠崎肇(大野智)も自分の思考法にとらわれている。
 「まずはじめに」と考えなければ、思考を進められない。
 これを「結論から言うと」という思考法に変えると、人生が違ってくる。
 「厭な扉」の主人公が人生をループしてしまうのに対し、篠崎は別の思考法にすることで人生を変えられた。
 しかし思考法を変えられたのも神様の力。
 結局、人間は自由じゃない?
 でもこの作品はこう結論づけた。
 神様の力が及ぶのは一週間ぐらい。あとは主人公・篠崎の力。
 となると人間は自分の力で人生を切り開くことが出来る。人間は自由!!

 京極さんがペシミスティック(悲観的)なのに対し、万城目さんは人間に対して前向きだ。

★「殺意取扱説明書」(東野圭吾)
 これも<人間の思考>に関する物語。
 <殺意>がいかに作られるかを、取り扱い説明書という形で表現している。
 ということは人間は自由でない。
 なぜなら人間は<取り扱い説明書>で思考・行動が説明されてしまうような機械だからだ。
 同じ取り扱い説明書があるDVDプレイヤーなどの家電と何ら変わりがない。
 もっともこの物語の主人公・木谷晋吾(玉木宏)は迷いましたけどね。
 必ずしも取り扱い説明書どおりに動かなかった。
 ここには人間の自由がある。

 というわけで、この三作品を見て思うのは、モノを考えるとはどういうことかということ。
 とかく人は自分の思考法にとらわれ、世間や会社の思考法にとらわれてしまいがち。
 しかし、それは機械になってしまうということ。
 人は思考を変えるだけで人生を変えることが出来る。
 たとえば、お金をより多く稼がねばならないというのは利益を追求する会社の思考法だが、それを捨て去れば、もっと目の前の生活を楽しめるかもしれない。
 たとえば、男は女を、女は男を愛さねばならないというのは一般的な世間の考え方であるが、それを捨て去れば、新しい自分が発見され別の恋愛が出来るかもしれない。

 人はとらわれを捨てて自由に物事を考えることで、人生のループを抜け出し、新しいステージ進むことが出来るのだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

尖閣諸島問題~国際世論の力

2010年10月05日 | 事件・出来事
 今回の尖閣諸島問題については自分の中にある<ナショナリズム>を感じた。
 僕は基本的はハト派で、安倍元首相や石原都知事とは違う立場なんですけどね。
 戦争はイヤだし、国家が個人の自由を疎外する時代が来てはならないと考えている。
 そんな僕でも今回は「中国ってどうしようもない国」と思ってしまった。

 まあ、こうなったのも菅内閣がだらしないからなですけどね。
 外交では一方が10対0の勝つことはあり得ず、6対4ぐらいで勝つのが妥当なんですが、今回、日本政府は0対10で負けてしまった。
 だからこの平和を愛する国民がほとんどのこの国でもナショナリズムが沸騰する。
 菅さん、主張すべき所はしっかり相手に主張して下さいよ。
 前原さん、「法に基づいて粛々と」という抽象的で一辺倒な言葉でなく、具体的で伝わる言葉で話して下さいよ。
 それが国民のガス抜きになる。
 
 さて、今回注目したいのは、今回の問題に関する各国マスコミの反応だ。
 以下、ネットニュースの抜粋。

★英紙エコノミストは、「中国は“大国としての責任”“平和的な発展”を標榜しているが、今回の事件に際して見せた強硬な態度は、国としての成熟度に疑いを抱かせるものであり、日中間に存在する領土問題を解決に導くものでもない。事件は一旦の終結を見せたが、両国関係はさらに長期にわたって冷やかなものになるだろう」

★米紙ワシントン・ポストは26日付で発表した論説で、「過去数週間にわたる中国のパフォーマンスは、中国が依然として民族主義に起因する領土問題で絶え間ない紛糾を演じる専制国家あることを世界に知らしめた。強大な経済力を政治や軍事に反映し、尖閣諸島での小さな紛糾を大々的な地縁政治紛争に持ち上げた」と、手厳しく非難。「日本側は船長を釈放したのにも関わらず、中国はさらなる謝罪と賠償を要求している。イラン制裁、原子炉建設、人民元切り上げ要求などに関する米国への牽制も同様。これは国際社会における穏健派としての立場からではなく、まるで19世紀のような商業主義の再現にすぎない」

★2010年9月27日、AP通信
 中国は自国がなお途上国であり、外国の支援を受け続けることができると主張している。しかし中国のGDPが日本を抜いたのはまぎれもない事実。北京五輪、上海万博を見る限り、貧困国であるようには見えない。またさまざまな現象が中国は富裕国であるばかりか、ぜいたくな国でもあることを示している。
 英国とドイツはここ数カ月の間に、いくつかの対中支援プロジェクトの削減及び規模縮小を決めた。また長期間にわたり支援額が最多だった日本も北京五輪開幕前に、全ての低利子融資の中止を決めている。英国政府の対外援助プロジェクトを担当するアドリアン・デーヴィス氏は、「五輪と万博は欧州の人々に中国経済の強大さと豊かさを教えました。今や市民に中国がなお援助を必要としている国だと信じさせることは難しいでしょう」と話し、来年3月にも対中援助を全面中止すると明かした。

 いずれも日本国民の溜飲を下げる記事、コメントだ。
 本当は日本政府がこういうことを婉曲に言わなければならないんですけどね。

 そして救いなのは、現在が第二次大戦に至る20世紀初頭のような<覇権主義><帝国主義>の時代ではないということだ。
 武力で領土拡大という行為が行われれば、上にあげた記事のようにたちまち全世界から叩かれる。
 発展途上の未成熟国家の烙印を押される。
 インターネットなど様々な形で情報が伝わるから、世界の人々は偏ることなく物事を判断できる。
 <国際世論>が武力による領土拡大や戦争の抑止力になるわけだ。

 まあ、人の欲望は果てしなく、ナショナリズムによって自分を実感したいという思いもあり、こうした争いは今後も行われるのだろうが、その際には国際世論に訴えるという戦い方は有効だ。
 そして決して武器で戦ってはならない。
 もし武力紛争が拡大して第三次世界大戦が行われるようなことがあれば、次に起こることは核で人類が滅亡ですからね。
 現在、好戦的で勇ましい言動をしている政治家、評論家諸氏には、戦いの果てには核戦争があることを肝に銘じてほしい。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする