フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

3月11日

2013-03-11 19:40:43 | 日記
3月11日 月曜日 晴れ 

3月11日。初孫の18歳のお誕生日です。予定はそれだけだったのです。
でも2年前の3月11日は、東日本の大地震発生。飛んでも無い日になりました。
更に、その日は3月6日に急逝しました母の通夜の日だったのです。

母の出棺を見送って部屋に入って直ぐ発生、10階でしたからその揺れは経験したことが無い物でした。
ビルを建てるとき、耐震のために揺れるような建て方をしたのだと弟が説明していましたが・・・。
母の三面鏡も飾り棚も食器棚も全部倒れたり、中身が落ちて壊れていました。

祭場のテレビで津波に呑み込まれる様子を呆然と見ていました。
怖ろしい情景を、ただただ見入るだけでした。涙も出ませんでした。今まで見たことも無い情景でした。
その日ばかりでなくその後も、毎日テレビで悲しい情景ばかりが報道されて居ました。

わたしはまだあるじの急逝から立ち直れないで居ましたから、母の事も有り辛い日々でした。
家や家族が津波にのまれた人達のコメントを聞くのが辛かったです。涙無しでは見られなかったです。
一時、テレビも新聞も見なかった日々がありました。見られなかったのです。

あるじも母も、それぞれ自分のベッドで静かに逝ったのです。
それでもこんなに辛いのに・・・。そう思うと辛くて辛くて・・・。
あの頃の事を思い出すのも辛いです。そして被災者の方達がどんな思いで居られるか・・・。
当事者しか解らないと言う事を、わたしはあるじの急逝で嫌っと言うほど経験させられました。

そして2年後の今日、被災した方達の生活は元に戻って居ないのです。
でもわたしたちは平和な生活をして居ます。孫娘も家族にお誕生日を祝って貰っているでしょう。
そしてあの日の情景の映像と現在の映像が放映され、わたしはなんとも落ち着かなくなっています。

3月11日、この日は暫く重たい日になるのでしょうね。
一本松の再現より、仮住まいしている人達の生活、それを少しでも再現させて頂きたい、そう思います。
このような考え方をするのは、わたしだけでしょうか・・・。被災者の人達の気持ちが気になります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする