11月5日 木曜日 晴れ
好天気。作りかけの上っ張りの事ばかり考えて、頭がいっぱいになっていた。
縫い物を始ることばかり考えて居たが、もう一つ年内に片付けたいことがあった。
それは、この所しばらく中止しているエクセルで家計簿を作る作業だ。
6月末頃から体調を崩し始め、8月は最悪だったのでパソコンもミシン仕事も全く出来なかった。
気がついたらもう11月。今年も残すところ2ヶ月しか無い。
今はフリーソフトの家計簿を使いながら、エクセルで補助簿を作りその2本立てでやっている。
何とかエクセルだけで、家計簿と補助簿を合体させたものを作りたいと思って居る。
暑くなる前は、かなり順調に進められたのに、目眩が酷くなってからはパソコン処では無かった。
今日も補助簿を整理をして、どんな形でまとめたら良いのか思案していた。
今日はミシン仕事に手を焼かされた。
着物風の部屋着を作りたいと思って居たけれど、襟は洋裁風に型紙を作るつもりでいた。
でも、結局切り刻むのを避けたいので、和服の襟付けを見よう見まねでやっていた。
着物の襟付けは、母に教えて貰う約束をしていたのに、その前日、母は急逝してしまった。
それもあって、母の死の後しばらく針仕事が出来ずにいた。早く教えて貰っておけば良かった。
亡くなる少し前「何でも欲しい物を持って行って良いわよ」と母が言ったとき、針坊主を選んだ。
母が女学校時代に使っていた「針坊主」で、子どもの頃からずっと見て居るので、一番の記念品だ。
その時「もう少し、値打ちのある物にしたら?欲が無いわね」と94歳の母が笑っていた。
その針坊主の座布団の下に入れる杉板が、摩滅してだいぶ薄くなっていた。
着物風の襟付けにじゃれながら、母との会話を思い出した。あのときの母は何故か優しかった…。
洋間より暖かいので、食堂に花ござを敷いて針仕事をしていた。その様子を携帯カメラで撮影。
次女は和裁を数年間習いに行っていたので、覚えていたら彼女に襟付けを教えて貰おう。
何とか習得したい。
針仕事をしていたスペース
戴いた人体に作りかけの上着を着せて
ほのぼの編集長の母上様が仕事で使っておられたのだという人体を、9月に戴いた。
今作っている着物も、編集長から戴きずっと手つけずにいたもの。派手な柄で部屋着には丁度良い。
明日、出来れば袖をつけたりポケットをつけて仕上げたい…。
好天気。作りかけの上っ張りの事ばかり考えて、頭がいっぱいになっていた。
縫い物を始ることばかり考えて居たが、もう一つ年内に片付けたいことがあった。
それは、この所しばらく中止しているエクセルで家計簿を作る作業だ。
6月末頃から体調を崩し始め、8月は最悪だったのでパソコンもミシン仕事も全く出来なかった。
気がついたらもう11月。今年も残すところ2ヶ月しか無い。
今はフリーソフトの家計簿を使いながら、エクセルで補助簿を作りその2本立てでやっている。
何とかエクセルだけで、家計簿と補助簿を合体させたものを作りたいと思って居る。
暑くなる前は、かなり順調に進められたのに、目眩が酷くなってからはパソコン処では無かった。
今日も補助簿を整理をして、どんな形でまとめたら良いのか思案していた。
今日はミシン仕事に手を焼かされた。
着物風の部屋着を作りたいと思って居たけれど、襟は洋裁風に型紙を作るつもりでいた。
でも、結局切り刻むのを避けたいので、和服の襟付けを見よう見まねでやっていた。
着物の襟付けは、母に教えて貰う約束をしていたのに、その前日、母は急逝してしまった。
それもあって、母の死の後しばらく針仕事が出来ずにいた。早く教えて貰っておけば良かった。
亡くなる少し前「何でも欲しい物を持って行って良いわよ」と母が言ったとき、針坊主を選んだ。
母が女学校時代に使っていた「針坊主」で、子どもの頃からずっと見て居るので、一番の記念品だ。
その時「もう少し、値打ちのある物にしたら?欲が無いわね」と94歳の母が笑っていた。
その針坊主の座布団の下に入れる杉板が、摩滅してだいぶ薄くなっていた。
着物風の襟付けにじゃれながら、母との会話を思い出した。あのときの母は何故か優しかった…。
洋間より暖かいので、食堂に花ござを敷いて針仕事をしていた。その様子を携帯カメラで撮影。
次女は和裁を数年間習いに行っていたので、覚えていたら彼女に襟付けを教えて貰おう。
何とか習得したい。
針仕事をしていたスペース
戴いた人体に作りかけの上着を着せて
ほのぼの編集長の母上様が仕事で使っておられたのだという人体を、9月に戴いた。
今作っている着物も、編集長から戴きずっと手つけずにいたもの。派手な柄で部屋着には丁度良い。
明日、出来れば袖をつけたりポケットをつけて仕上げたい…。