フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

不要品を生き返す洋裁

2013-03-16 21:11:59 | 日記
3月16日 土曜日 晴れ

今日はミシン仕事をしようと思っていました。
枕カバーと手提げ袋の刺繍をやり終えましましたので、それを仕立てようと思ったのです。
枕カバーはアイロンを掛けてからミシンで仕立てれば終わりなのですが、手提げ袋はそうはいきません。

袋は裏地と持ち手の部分の布を探すことから始めました。
布を収納しています箱がいくつかあるのですが、その中に目指す布が見つかりませんでした。
妥協するのも嫌なので、もう少し探してみても見つからなければ、気に入った布を買って来ます。
付け直しは出来ませんから、妥協したくないと思っています。

久し振りにミシンを使いますので、油を射して雑巾を何枚か縫いました。油染みが付いては困りますので。
古いバスタオルでバスマットも作り、枕カバーも縫ってロックミシンで処理をして完成。
裏地がありませんから、ミシン仕事は此処までで一休みにしました。

布を探す事も考えましたが、ミシン周りの整理整頓を先にした方が良いと思いました。
作務衣の様な物を作りたいと思い、母から着物風の襟付けを教えて貰う約束をし準備をして居ましたのに、
母が急逝してしまい、東日本大地震の当日がお通夜。それから暫く針仕事が出来なくなりました。
やっと昨年夏頃から刺繍が出来るようになったのです。刺繍した物を仕立てるためにミシンを踏む事に。

そしてやっと洋裁をしてみたいと思うようになって来たのです。
数年前から家に有る不要の着物や布地を使って何かを作りたいので、そのために行動開始します。
大分時間がかかりましたが、整理はほぼ終了。仕事しやすくなりました。

結局雑巾を8枚とバスマットを1枚そして枕カバーを仕立てました。夕方の7時過ぎまで頑張りました。
明日も、予定がありませんので洋裁をするつもりですから、洋間は片付けずそのまま放置してます。
わたしが着る物ばかりではなく、普通サイズの作務衣なども作ったり、端切れで小物を作るつもりです。

楽しむ材料が山積みされて居るので気重ですが、仕事し始めれば意外と早く片付くかもしれません。
本を読むのは趣味でしか無いですが、洋裁仕事は趣味と言うより仕事と思って居ます。
わたしが何とかしないと多分ゴミとして捨てられる様な気がするのです。捨てられるのは可愛そうです。
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食が細くなったのは年のせい?

2013-03-15 18:38:02 | 日記
3月15日 金曜日 晴れ

今週は何となく忙しい週だったようです。週の初めはこのようになるとは予想出来なかったです。
でも、わたしが出かける忙しさでは有りませんでしたから疲労感はそれほど感じないのですが、
本を読む時間がとれなかったことはちょっと残念・・・かしら。
でも一人で頂く食事は何とも寂しいものですから、来客は歓迎です。

午後からリコーダー・アンサンブルの友人がやって来て下さり、練習をする予定でした。
ところが昼食後、わたしの体調が不安定になって来ました。楽譜を見るのも辛くなっていました。
お断りのメールをしようかとも思いましたが、ドリン剤を飲んで休憩。
処置に間違いなかったようで、曲数は余り進めませんでしたが、それでも何とか3曲くらいはクリア。

お茶タイムの時、お泊まりをする客が来られるとか、料理が苦手なので悩んで居ると言います。
本末転倒ですが講釈しながら料理の実演をしました。簡単にできるちょっとした料理です。
試食をして驚いておられました。手近にある食材で短時間に出来ましたから喜んで下さいました。

友人がお帰りになってから一人でリコーダーの自主練をしました。
先日の眼鏡は近々だけでしたが中近を作るべきだったと指摘されました。
リコーダーの長さがありますから、譜面台を40㎝以上離して置きますから中近が良かったようです。

子供の頃、ピアノの先生が楽譜が見にくいと度々おっしゃって居られた事を思い出します。
当時は不思議に思っていましたが、この年齢になって実感させられてます。
「♭」と「♮」は区別しやすいのですが、「♯」と「♮」の判別が特に出来ません。

昼食も夕食も昨日長女の手作りの五目寿司を食べました。とても美味しく出来て居ました。
昨夜も少しお箸をつけましたから3食で完食。孫息子達でしたら多分一食で完食なのでしょう。
食が細くなっているのは年齢でしょうね。目は食べたいのに満腹というのがちょっと寂しいです。
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セロリーが大好き

2013-03-14 21:47:41 | 日記
3月14日 木曜日 雨のち曇り

曇って居ましたが少し薄日がさすときがありました。
でも残念な事にお洗濯物は乾かず終いでした。午後から晴れるという報道でしたので期待してました。
気温が低かったので暖房を使って居ましたのでほとんど乾きましたが、お日さまの匂いが有りません。

長女がお願いして居ました喪服のお直しの仮縫いの日でしたので、早めにやって来ました、
2時からほのぼの編集会が有りますので、それまでに仮縫いと昼食を終えたかったのです。
ガレージに長女の車をしまい、直ぐに出掛ることに。読書会の本を返却の為、一緒に出掛けました。

先に仮縫いのお店に行ったのですが、なんと担当の方が居られません。今日は出勤日では無いとか。
忘れてしまったようなのです。でも娘の喪服はお直しが出来上がっていましたが、コートはまだでした。
仕方がありません。もう一度出直すようにする事でお願いしてきました。

本を返却してからスーパーに立ち寄りセロリーを買ってきました。
セロリーを3㎝くらいに切りそれを繊維に添って薄切りします。葉も全部同じ長さで切り、
ドレッシングや酢など好みの味を見つけて、セロリーに掛け混ぜます。

暫くそのまま放置しておき、余分な水分を捨て新たにまたドレッシングなどを加え味を調えて保存します。
今日はキューリとにんじんの薄切りも一緒に混ぜ合わせました。
直ぐ食べられますが、明日になりますと味がしみて美味しくなります。大好きな料理の一つです。
セロリーが安いときなど、一株買って来て作る事が有ります。セロリー大好き人間です。

来月早々の発行ですから、最後の追い込みです。
表紙の絵は無事に入りましたが編集後記がまだ書けていないとか、仕事は山積みです。
編集長と印刷の日を決めたり、最終チェックの予定日を決めました。もう1ヶ月もありません。

長女は編集員の方達と一緒になって意見を言ってくれました。若い編集員が居ませんから貴重です。
彼女は羽織を解いて居ました。洗い張りをして彼女のコートに縫い直しして頂く為の作業です。
この頃、彼女も上手に着物を着られるようになりましたので、コートの数が有った方が何かと便利です。

ほのぼの編集会の方々がお帰りになってから、少しの時間だけわたしとお茶をして、帰っていきました。
息子達はもう中学生ですから、以前のようにそれほど時間に縛られなくなってきているようです。
逆にこれからは彼らが娘を支えていくようになるのでしょうね。彼らは逞しくなりました。
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読書会の後、昼食も夕食も・・・

2013-03-13 20:44:00 | 読書会
3月13日 水曜日 晴れ

今日は10時から読書会でした。テーブルのセッティングをして床だけは暖めておきました。
コーヒーを入れたり、お茶菓子などもセットして準備完了。

今日は連城三紀彦著「恋文」を読みました。5つの短編が納められている一冊です。
短編の男性はどの人も魅力的で、このような人がいたら好きになってしまうと言う方が居られました。
でもわたしは、ついて行かれない何か違和感を感じるものが有りました。

わたしの様な意見の方と、このような生き方に同調するという方が半々くらいでした。
「恋文」の主人公の男性の言動、「13年目の子守歌」の結末も「ピエロ」と「私の叔父さん」の
ストーリー運びにはメンバー全員驚いたようです。「紅き唇」も違った意味で驚かされました。

登場する男性も女性もすべて個性的な人と言う事と、どの短編もその終結が男性的だと言う意見でした。
更にサスペンス作家らしいストーリー運びをしていると言う事で、一件落着という雰囲気でした。
いつもの様に、メンバーの意見が交錯するようなことが有りませんでした。
珍しく「言葉が少なかった」というのが、今日の読書会でした。

読書会の後、我が家で食事をなさる方が居られましたので、大急ぎでいつもの麺定食の準備に。
彼女は1時前には食事をして、町内会の会合場所に行かなくてはならなかったのです。
皆さんのコーヒーカップ等は洋間に放置したままで、食事の支度にかかりました。

「午後から尋ねたい」と言う友人にも「ご一緒しましょう」と伝えていましたので久し振りに3人で食事です。
急ぐ方の掻き揚げを揚げ終え、麺を茹で始めた所に彼女がやって来られました。タイミングは最高です。

麺を茹で上げ、直ぐまた掻き揚げを再開。時間制約の方には先に召し上がって戴く事に。
大きな掻き揚げを合計4個揚げましたが、1個ずつで充分だったようです。残りました。
食事を済ませて、時間制約のある方は「行って来ま~す」と言う雰囲気でお帰りになりました。

残った友人とおしゃべりをしながらわたしは洗い物をしてました。
彼女はわたしのロックミシンでロックして欲しいと、縫い掛けの物を持って来ていましたので、
まず始めにその作業をする事に。それはすぐ終了しました。

彼女はリコーダーも持って来て居ました。リコーダーも吹きたいと思って居られるようでしたので、
わたしも久し振りにリコーダーを吹きました。
前回、彼女の指がしっかりリコーダーの穴を押さえられず、正確な音が出ませんでしたが、
今日はしっかり良い音になって居ました。頑張って練習をしたのでしょうね、嬉しかったです。

そんな時、突然嬉しい来客がありました。
昨年春ころ、仕事をお願いしました釣りが趣味のシルバーの方が、獲物を持って来て下さったのです。
アイナメのお刺身です。調理済みでした。結局そのお刺身で彼女と夕食もご一緒する事に。

朝から独りになる時間がほとんど無かったと言う、珍しい一日でした。
そして充実した一日でした。でも、今夜は早めに寝るようにします。明日の為に・・・。
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幼友達と我が家でランチ

2013-03-12 18:20:56 | 日記
3月12日 火曜日 晴れ

友人とお会いする約束でしたが、花粉症の症状が酷いというので”我が家でランチ”にしました。
昨年暮れ、手術をなさって居られますのでわたしが出掛け彼女の家に伺う方が良いと思ったのですが、
彼女の意見で我が家になったのです。

昼食をいつになくゆっくり楽しみました。おしゃべりをしながらの食事は、全く別物、寛げました。
わたしが今現在読んでいます梁塵秘抄を彼女に少しだけ目を通して頂きました。
彼女が「読んでみたい」といってくださったのです。嬉しかったです。同じ本を読む仲間が出来ました。

直ぐにパソコンを立ち上げネットで探しましたが、見つかりませんでした。
彼女は帰り道本屋さんに立ち寄ってみると言っていましたが、わたしもネットで探す事を約束しました。
学生の頃の専門書っぽい雰囲気がありませんし、著者の雰囲気が柔らかく気楽に読めると思います。

彼女は、先日作りました蕗味噌が気に入ったようです。美味しいそうです。それでお持ち帰り戴きました。
長女が先日置いて行きました、「照り焼きのたれ」を使ってブリを焼きましたがこれも美味しかったです。
つけ込むことも無しで、結構美味しく仕上がりましたので常備しておきたい、と思いました。

ポテトの細い千切りを茹でて、他の野菜を加えドレッシングで和えて戴きました。
主食代わりにもなりますし、温かい料理なのでわたしは結構気に入っています。
大きなジャガイモ1つを2人で完食しました。彼女も気に入って下さったようです。

後悔したことがあります。
それは製氷機に氷がほとんど空だったこととビールを準備して居なかった事です。
彼女は何時もほとんどビールを飲まないのに今日は「ビールなら・・・」と言うのです。
先日、片付けるつもりでわたしが飲んでしまいましたし、あるじが居ませんから常備していません。

それでわたしが作りました柚子酒で我慢して頂きました。
銀杏やキノコ類を入れた釜飯風の炊きご飯は、お腹いっぱいになり食べられませんでしたので、
折り箱に入れてお持ち帰り頂くことに。

散歩方々ご一緒し、駅でお別れしました。
次回は元気になった彼女にお会いしたい、そう思いました。
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3月11日

2013-03-11 19:40:43 | 日記
3月11日 月曜日 晴れ 

3月11日。初孫の18歳のお誕生日です。予定はそれだけだったのです。
でも2年前の3月11日は、東日本の大地震発生。飛んでも無い日になりました。
更に、その日は3月6日に急逝しました母の通夜の日だったのです。

母の出棺を見送って部屋に入って直ぐ発生、10階でしたからその揺れは経験したことが無い物でした。
ビルを建てるとき、耐震のために揺れるような建て方をしたのだと弟が説明していましたが・・・。
母の三面鏡も飾り棚も食器棚も全部倒れたり、中身が落ちて壊れていました。

祭場のテレビで津波に呑み込まれる様子を呆然と見ていました。
怖ろしい情景を、ただただ見入るだけでした。涙も出ませんでした。今まで見たことも無い情景でした。
その日ばかりでなくその後も、毎日テレビで悲しい情景ばかりが報道されて居ました。

わたしはまだあるじの急逝から立ち直れないで居ましたから、母の事も有り辛い日々でした。
家や家族が津波にのまれた人達のコメントを聞くのが辛かったです。涙無しでは見られなかったです。
一時、テレビも新聞も見なかった日々がありました。見られなかったのです。

あるじも母も、それぞれ自分のベッドで静かに逝ったのです。
それでもこんなに辛いのに・・・。そう思うと辛くて辛くて・・・。
あの頃の事を思い出すのも辛いです。そして被災者の方達がどんな思いで居られるか・・・。
当事者しか解らないと言う事を、わたしはあるじの急逝で嫌っと言うほど経験させられました。

そして2年後の今日、被災した方達の生活は元に戻って居ないのです。
でもわたしたちは平和な生活をして居ます。孫娘も家族にお誕生日を祝って貰っているでしょう。
そしてあの日の情景の映像と現在の映像が放映され、わたしはなんとも落ち着かなくなっています。

3月11日、この日は暫く重たい日になるのでしょうね。
一本松の再現より、仮住まいしている人達の生活、それを少しでも再現させて頂きたい、そう思います。
このような考え方をするのは、わたしだけでしょうか・・・。被災者の人達の気持ちが気になります。
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母を想いながら晩酌

2013-03-10 21:04:42 | 日記
3月10日 日曜日 晴れ

今日も暖かい一日でした。風がありましたので花粉や黄砂も気になりましたがお洗濯をしました。
お昼前に乾きましたので、報道されて居るように洗濯物は全部パタパタ払ってから家の中に入れました。
13日が読書会ですので、今日はテーマ本を読み切るつもりでひたすら本を読んで居ました。

昨日は一日中、動き続けていましたので今日は休養を兼ねての読書と思って居ました。
偶偶、今の本は”大活字本シリーズ”ですので、目の疲れは少なくそれも午後には読み終わりました。
先月早めに読み終えてしまい、そのために読書会の当日、何となくうろ覚えのようになってしまいました。
それで今月はぎりぎりに読み上げようと思ったのです。でもちょっとぎりぎり過ぎたようです。

洗濯物をしまってから、水まきをしようと庭に出ましたら、風が気持ち良く草取りもしました。
素足でサンダル履きのスタイルで、風を感じながらの庭仕事は気持ちが良かったです。
手入れをしてあげないのに、シンビジュームは今年も花芽を作って居るのを発見。嬉しかったです。

お庭の水まきも草取りもしましたし、お風呂も洗って気分は上々。
夕食は冷蔵庫の残り物の整理をする事に。もう少しで綺麗になります。
細いちくわがありましたので薄く輪切りにし、ゴマ油で炒めました。針生姜と小松菜も一緒にです。
あるじは小松菜では無く、長ネギの小口切りと炒めた物が好きでした。食べるときに七味唐辛子を使って。

本当に珍しいのですが食事をしながら独りでビールを飲みました。
お正月用のビールがまだ1缶残って居て、何となく邪魔でしたので「飲んで片付けてしまおう」と。
祝うことも無いのに、あるじの前に1杯、わたしに1杯注ぎました。

あるじが亡くなり独りの食事を寂しがるわたしに、母は晩酌を度々薦めていました。
わたし自身、お酒を飲みたいとも思わないし、無理をして飲む事も無いと思っていました。

あるじが好きな「ちくわ料理」、母風の味付けした雪花菜、母が驚いた山盛りのキャベツの千切りと残り物の白身の魚のフライ等々。
それらをお盆に並べましたら、何となくビールを飲むのも良いかな?と思ったのです。

2年前の3月11日は母のお通夜でした。
偶には母が薦めていた晩酌をしながら、母を想うのも良いかな?と思ったのです。
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ネコちゃんランドに

2013-03-09 18:46:59 | 日記
3月9日 土曜日 晴れ

暖かく、すっかり春の陽気でした。
今日はまずわたしの小さなおひな様たちをまず片づけよう、と思って居ました。
先週のように朝食が午後2時では、また体調を崩しますから、果物とヨーグルトで軽く朝食に。

小さなおひな様ですから、小箱に入れるのにはまずテーブルをいつもの位置に戻すのが先です。
七段の大きなおひな様は、先日はお墓参りに行った日に娘達が片付けていましたので、まずは掃除機を。
その後、テーブルを動かしました。家具の移動は慣れたものです。力を使わずに上手に出来ます。

壊れないように布や紙で包んでそれぞれの箱に収めてしまいました。来年まで2階の戸棚に収納します。
おひな様が置いて有った所を、どうしようか暫し思案。このときが楽しいのですね。
結果、わたしにしては珍しいのですが、”ネコちゃんランド”のスペースにしました。

豚さんたちだったり、カッパさんたちだったり、ワンちゃんだったり、わたしのままごとのスペースです。
今日の様に模様替えをしていますと、「楽しそうだね~」とあるじが声を掛けてきて・・・懐かしいです。
幾つになっても、このような”おままごと”は楽しめます。

ぬいぐるみは大きいので今回は仲間に入れませんでした。
屏風代わりの絵本は、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」です。
いつもは季節の木々と野鳥たちが描かれています絵本を使うのですが、今回は”ネコづくし”にしました。









読書会のメンバーにの方で猛烈なネコ好きの方が何人か居られます。
彼女たちが、「可愛い、可愛い」と言うのでしょうね。その様子を見られるのお楽しみです。
昨年の小さなワンちゃん達の時は大変でした。それぞれが、ワンちゃんを摘み上げてはまた戻したり・・・。

夕方になって久し振りに庭にお水を蒔きました。
鉢物には時々水やりをして居ましたが、庭一面への水やりは久し振りです。
ついこの間までは夕方水やりをしますと凍ってしまう恐れがありましたのに、今日は素足で大丈夫でした。
本格的な春が、直ぐ近くまで来ています。遅咲きのミニ水仙が咲き始めました。
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公認だった間抜け

2013-03-08 18:19:41 | 日記
3月8日 金曜日 晴れ

3月にしては気温が高く22℃になると言う報道を聴き、はやばや春物に衣装替え。
シルバー体操に歩いて行きますので汗をかいても辛くないようにしたかったのです。
それに強い風が吹いていましたから鼻炎が心配ですので、マスクもして出掛けました。

体操には新しい指導者がおいでになって居られ、とても解りやすく説明をして下さいました。
いつもより気持ち良い時間が経過しました。この方がこれから指導して下されば良いのですが、不明です。

体操の後、いつものようにご近所の方達といっしょにランチをしにファミレスに行きました。
ところがわたしはお財布を忘れてきていたのです。
テーブルについて、新聞の折り込みに付いていますサービス券を、皆さんが出していましたので、
わたしも持って居るかどうか調べようとお財布を探したとき、初めて気がついたのです。

大笑いされました。
でも、読書会とほのぼの編集でもご一緒の方から、お借りすることにしてしっかり食事をしてきました。
食事をして精算という時、わたしも無意識に手提げ袋をゴソゴソしてお財布捜してしまったのです。
「何してるの。財布は忘れてきたんでしょ!」と言われ、はっとするわたしを見て、また大笑いされて。

「あなたらしくない」と笑いながらいわれたのですが、これが本来のわたしでいつもは頑張って居るだけ。
大学の卒業式の時も、卒業証書をおそば屋さんに忘れて友人が取りに戻ってくださいましたし、
集合時間に15分から20分ほど遅刻しますと、「何処まで行ったの?」と友人から必ず聞かれました。

時間を守るわたしが遅刻した時は、大抵わたしが反対方向の電車に乗ってしまったと知っていたようです。
「寝坊したの」と言っても、「白状しなさい」と言うばかりで信じては頂けませんでした。
集合場所にわたし独りで行くつもりでも、「降りたホームで待っていた方が良い」と言われたり・・・。

結婚して家事仕事は出来るようになって居るつもりですが、抜けている所はまだ抜けているのでしょうね。
その抜けている所をあるじが埋めていたので、何とか此処まで来られたのだと思います。
あるじの急逝で独りになり、6年間の心細い彷徨いで、今頃あるじに感謝です。
何かにつけ手のかかるあるじでしたが、人生の良い相棒でした。今でもそう思っています。
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娘達に感謝

2013-03-07 19:06:37 | 日記
3月7日 木曜日 晴れ

昨日が母の祥月命日。丁度2年です。母が亡くなったあの日は寒くかったのですが今日は暖かかったです。
6日の夜中過ぎから雪が降り始め、翌日の7日、母を大森の家に連れ帰る道中はうっすら雪景色でした。

2人の娘とわたしの3人でお墓参りに行って来ました。
母が通りたかったと言っていました、第二東名を走って行きました。
もう少し頑張れば、心残り無く父の所に行けたのに・・・と思いますと悲しいです。

霊園の入り口付近からの景色です。道路の両脇に植えられているのは八重桜です。
この八重桜が満開になりますゴールデンウイーク頃の景色は素晴らしく、その辺りが花の香りで充満します。
なかなかその時期に、来られないのが残念です。



両親が眠っている区画を立ち去る前に、振り返って撮してみました。
芝もきちんと手入れがされて居て、雑草も生えていません。



富士山が大好きだった父の希望でこの霊園を購入していたのですが、ちょっとわたしには遠すぎるます。
わたしたちも山好きなあるじの希望もあって、この霊園の墓地を購入してました。
納骨後、娘婿殿から「遠すぎて、今に一人でお参りに来られなくなる」との指摘がありました。

その言葉で改葬の決心し、彼らが今の素敵な霊園を探してくれたのです。良かったです。
毎月、命日にお庭で咲いて居ますお花を持ってお参りに行かれると言うのは本当に幸せです。

食事をしてから、母の家の両隣のお宅にご挨拶をしてきました。
久し振りに、この雄大な富士山を見ました。少し霞んでいましたがいつも通り美しい富士山でした。



この地域の八つ頭は最高です。その八つ頭の周りに小さな里芋が沢山付きます。それもまた美味しい。
その里芋を戴いてきました。土に埋けていた八つ頭を掘り起こしていたのだそうです。
真っ黒い土が付いたその里芋を良く洗い、そのまま塩茹でし、熱い内に生姜醤油で戴きますと最高。

残った里芋は冷蔵庫で保存し、焼いても良し煮ても良し味噌汁にも良し、です。
里芋の皮を剥きますと手が痒くなりますが、茹でてからは痒くないのです。

車に乗っているだけでわたしは疲れました。
連れて行ってくれた娘達に感謝です。幸せです。今日は良い日になりました。
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勉強のやり残し

2013-03-06 18:50:14 | 日記
3月6日 水曜日 晴れ

昨夜、友人がおでん持参で「夕食を一緒にしましょう」と言って訪ねて来て下さいました。
体調が良くないときは食欲も無いですから、嬉しかったです。
朝から太陽がきらきら綺麗でしたし、今朝は大分体調が良いような気がしました。

ゆっくりでしたが、下のスペースだけは掃除機も掛けましたしお洗濯もしました。
朝食は9時半頃、友人のおでんとヨーグルトやリンゴも戴きました。

午後2時からほのぼの編集会が有りますので、それまでは自由時間です。
久し振りに本を読むことにしました。梁塵秘抄を読み進むのが今は楽しみです。
論文を書くためでも無く、発表するためでも無いしテストの為でも無いのです。

自己満足です。独りで遊ぶ事をずっと以前から探していましたが、やっと見つけた!そんな感じです。
学生の頃、参考資料などほとんど無かったのですが、先日ネット調べましたら随分色々な本がありました。
嬉しくなりました。早く手元にある本を読み終えて次の本を読みたいです。

今様にたいしての、解釈はその人の感覚でどのようにも解釈できるのですから読んでいて楽しいです。
学生の頃は、荒井源司・志田延義両先生の本と小西甚一校注;佐々木信綱編だけだったような気がします。
学生のわたしには難解の本でした。分厚い専門書で楽しめる要素は皆無でした。

読んでいて面白い歌は色々ありましたが、相対的に読みませんと卒論が書けませんから重荷でした。
でも、今のわたしは完全に趣味の世界で読んでいられるのです。ですから楽しいのです。
それに歳をとった分、理論はともかく歌の意味は今のわたしの方が理解できるのです。

午前中からほのぼの編集員が来られる少し前まで、ずっと読み続けました。
編集会の時、皆さんとコーヒーを飲みますし甘い物も戴きますから、お昼は簡単に。

今日も投稿エッセイが有ったり、来月早々の発行の予定ですから、これからが大詰めです。
我が家が編集会の場所ですので移動が無いだけ、今日もぎりぎりまで本を読んでいられました。
メンバーの方達はまだ出しっ放しになって居ますおひな様を見て、結構喜んでくださいました。
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自己管理の難しさ

2013-03-05 16:53:34 | 日記
3月5日 火曜日 晴れ

久し振りに早朝から良いお天気でした。
一昨日、急なお誘いで友人達と都心でお会いする事になって居ましたが、やむを得ずドタキャン。
家の中を掴まりながらやっと歩ける状態でしたから、支度をして駅まで歩く事が出来ないと判断しました。

昨日も、お電話を戴いた時に「ちょっと体調が気になる」という事は、お話はしましたが、
「ドタキャンはしないこと」を信念にしていますので、自分に腹がたちました。反省です。
やはり昨日も決して良い状態では無かったのですから、体調を優先してお断りするべきでした。

貧乏性ですから、調子が悪くても頭を持ち上げる事が出来る時はなるべく横にならないようにしてます。
その状態で出来る事を探します。
親しい方に葉書を書いたり、気になっていた方にメールをしたり。疲れたらいつでも横になれるのです。

以前、手作りパンと焼き菓子の店「フォンテーヌ」を営業しているときは、辛かったですね。
たとえ体調が悪くても、元気そうにお客様と対応しなくてはいけませんから、厳しかったです。
立っているのも辛い、歩く事はもっと辛いのですが、元気そうに振る舞うわけです。
でも親しくわたしを知って居る方には、声のトーンで体調が悪いことを見抜かれました。

いつでも休憩が出来る今は気持ち的に楽ですし、無理をしないように自身で予定を組んでいるのです。
どんなに動いても、お店の時と比べれば天と地の違いがあります。
今日の体調不良は、数日前朝食を食べ忘れるほど、片づけ仕事に没頭してしまったことです。

同居人がいますと、「お腹が空いた」とか「ご飯は?」と言うでしょうし、わたしも朝食を優先しますネ。
独りですと、空腹感がありませんからつい時間を忘れます。
結果、今日の様な失敗をして反省の種を作って仕舞うわけです。自己管理の大変さを痛感しています。
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雪花菜で実験料理

2013-03-04 17:09:55 | 料理
3月4日 月曜日 曇りのち晴れ

昨日の管理の悪さが響いてしまったようで、身体が重くて参りました。
でも今日は拭き掃除を簡単にして朝の家事仕事はお終いのはずでしたが、
燃えるゴミの収集日でしたので、ゴミ集めの時ちょっと汚しましたので其処だけ掃除機をしただけです。

貧乏性なのですね。気怠くてもベッドで寝る気にもなれず仕方が無いので繕い物をして居ました。
身体が気怠いときは、動きそのものも散漫だけでなく、思考力も欠乏して来るようで本も読めません。
そんな時は刺繍をしたり繕い物に勢をだすか、常備菜を作る事が多いですね。

今日も食事の準備をしながら、先日炊きました雪花菜をアレンジして何か作ってみたくなりました。
何に作り変えたら良いか、一案は「お焼き」、二案は「がんもどき」でどうか・・・。
まず、「お焼き」を作ってみました。

雪花菜に小麦粉と玉子を加えて良く混ぜ合わせ食べやすい大きさにし、フライパンで焼いてみました。
焼く時は少し油を多めに。結果、不味くは無いのですが、味は雪花菜でしかなった・・・。
それで、餃子の時のたれ(醤油+酢+ラー油)をつけて試食。美味しかったのですがやはり雪花菜です。

この味なら、雪花菜を炊かず、お豆腐屋さんから買って来た雪花菜のままで、お焼きにした方が良いです。
雪花菜+小麦粉+玉子+塩+隠し醤油に、タマネギやキノコなどの野菜と肉類も入れて混ぜ合わせ、
フライパンに油をしいて焼きます。この方法はすでに実験済みで、朝食のパン代わりに重宝でした。
雪花菜は具で増えてますので少しだけ炊いて、大半の雪花菜はお焼きにしています。

一枚ずつ作るのでは無く材料全部、好みの大きさで焼き上げて保存しておき、食事の時暖めて頂きます。
ヘルシーですし、「材料は雪花菜」と説明するまで判別出来なかったようです。
娘はチーズを乗せて暖め、更にマヨネーズも添えて食べていました。評判は良かったです。

「雪花菜でがんもどき」と思いましたが、久しく正統のがんもどきを作って居ません。
近々、正統の”がんも”を作ってみたくなりました。
作りたての熱々の”がんも”を辛し醤油で戴きますと、美味しいです。あるじの好物でした。                                            
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炬燵を使わなかった代償??

2013-03-03 19:18:03 | 日記
3月3日 日曜日 晴れのち曇り

朝お洗濯をした時は晴れていましたし、予報でも「今日は晴れ」との報道でした。
安心してベッドのシーツなど、大きな物を洗ってしまいました。
ところが直ぐに曇り空になってしまったのです。お日さまが出るまで待ったのですが出ず終い。
お洗濯物は乾きましたが、お日さまの暖かさと匂いが無いのが残念無念。

今日はあるじの月命日。何となくそんな事を考えながら朝の仕事をして居ました。
シーツなどを外しましたので、お布団を干しましたから今日は綺麗に掃除機を掛けることにしました。

昨日、長女家族がやって来たとき和室のテーブルがテーブルとして使えなかった事を思いだしたのです。
わたしが机代わりにしてしまい、何時も厚い辞書や本が並べてしまってます。
以前はこのような事は無かったのにどうしてかしら・・・、と反省しながら振り返ってみました。

考えた末、受験生の彼らが来ないので、炬燵を作るのを辞めていた事に気がつきました。
長女の家では炬燵を使っていませんので、我が家で炬燵に入るのを彼らが喜んで居たのです。
わたし独りでしたら、ムートンの敷物と膝掛けとストーブが有れば寒くないのです。手抜きをしました。

反省です。炬燵を作りますとお布団などお掃除の度に埃を払い炬燵を作り直すのです。
その作業が面倒なので今年は作らなかったのですが、その代償が”本の積み上げ”になってしまったのです。
それで、頑張ってテーブルの上の物を全部片付けることに。簡単に済むと思って朝食前に頑張りました。

ところがわたしの片づけ虫が元気になり、朝食と昼食が一緒になってしまいました。その時は午後2時に。
これも反省です。このような動き方をした後はどうしても浮腫みます。今現在、手の指が膨らんでいます。
途中で食事休憩をしますと、食事の後、しかけた仕事をするのが辛くなるので頑張ってしまう悪い癖です。
でも食事の後は、洗濯物を入れたり食事の後始末のみでしたが、それでも2,3日間は要注意になります。

あるじのお墓参りは次女の都合で昨日の午前中に庭の水仙を持って行って来ました。
入り口のわたしの好きな並木道は、曇って居て”嵐が丘”の様な暗く写っていますが、
まもなくお日さまが出た頃、保育園の園児達が、霊園の中をお散歩をしていました。可愛かったです。



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鰻の蒲焼きで高校合格祝い膳に

2013-03-02 23:49:03 | 日記
3月2日 土曜日 晴れ

高校受験が終わった孫息子家族とお祝いの夕食をする事になっていました。
来週の8日が卒業式というので、9日の土曜日と思って居ましたが、婿殿が出勤日になったとかで今日に。
受験生の希望で、鰻の蒲焼きが食べたいとのこと。久し振りに鰻にしました。

わたしも独りですと、食欲が無いのですがおしゃべりをしながらですと食欲が出るから不思議です。
孫息子から「この頃、油物に強くなったみたいだね」と言われました。
油物に弱いわたしですが、孫達と一緒に食事をしますと結構食事が進むのです。

彼らと一緒ですと、食べられないときには応援して貰える、と言う安心感も有るからかもしれません。
わたしは食事の時、基本的に食べ残しはしません。
戦後の食べ物の無いときに育っているからでしょうか、娘達にもそのように育てました。
「最後の一口を我慢すると肥満にならない」という説には反するのですが。

ただ、中1の孫息子が鰻の骨が喉に刺さってしまい、痛みが有るようでちょっと気の毒でしたが、
今日の主役の孫息子の小さい時、鯛の骨が喉に刺さってしまい大騒ぎをしたことを思いだしました。
救急病院へ行きましたが、其処では処置が出来ず救急車で市大へ搬送、何とかそこで処置出来たのです。
鯛と鰻では骨の質が違いますし、中1になって居ますので大事にならなかったので良かったです。

あるじが好きでしたので良くバーベキューをしました。その時に鯛も焼いて食べていたのです。
孫達がやって来ますと一緒に楽しみたくて、日頃何もしないあるじがその時だけはまめになりましたね。
テーブルの準備や火の準備は勿論、焼き手も全面的に受け持ちますし片づけもしました。不思議でした。

バーベキュー好きのあるじが一緒で無いのが残念でしたが、孫達と一緒で楽しい夕食でした。
ただ食後のお茶菓子に桜餅を買い忘れたことは少々後悔です。
ホテルオークラのチョコレート菓子で間に合わせましたが、昔ながらの”道明寺”が食べたかったです。
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