年末年始風邪をひき、こじらせて十日以上寝込みました。
興正菩薩撰光明真言和讃には「・・八万十二の正法は 病にしたがふ薬にて
何れの救療あだならず・・」とあり、維摩居士は「衆生病むがゆえに我もまた病む」といいました。こういうふうに我々はもともと「迷者」という病人だとされていますが、その「迷いの病」の只中の自分がさらに重い風邪にかかってしまったのです。 何故風邪をこれほどひどくしたのか反省してみると、そこには是くらい無理しても大丈夫だろうという自分自身への油断がありました。睡眠不足を続けたのです。
医経に「衆生病を得るに十因縁あり。一には久しく座して臥せず、二には食貸すことなし、三には憂愁、四には疲れ、五には淫逸、六には瞋恚、七には大便を忍ぶ、九には上風を制す、十には下風を制す。」とあります。他にも病気についてのお経の文句があります。大智度論巻八には「病に二種あり、先世の業病と今世の不摂生病なり。・・・何の因縁をもってか病をうるや。答えていわく先の世にこのんで杖で打ち(鞭杖)ごう掠、閉じ込め(閉繋)をおこない他者を種種に悩ますがゆえに病を得。・・・」とあり、
弘法大師の「秘蔵宝鑰」には「病は四大不調と鬼と業とにより起こる。・・身病多しといえども、その本はただし一つ。いわゆる無明これなり」とあります。
これらを見ると、確かに、睡眠不足が第一原因ではありますが、お大師様のおっしゃるように、そのさらに根本には前世の因縁や「無明」という怖ろしい闇が広がっていたことに改めて気付かされます。普段健康を誇っていた自分もそれは「無明」という砂上の楼閣の上に神仏のお情けでいただいた「健康」に恵まれていたにすぎなかったのです。
そして風邪といえどもばかにできませんでした。夜は咳き込んで寝られないし、そのうえ時々咳で息ができなくなるのです。売薬も効きませんし年末年始で病院も閉まっています。御薬師様の御真言「おんころころせんだりまとうぎそわか」をとなえたり、大師宝号をとなえたりしますが、咳は治りません。毎日夜明けまで咳き込みます。声もかすれて出なくなります。
そのうち道元禅師の正法眼蔵随問記に、病人と雖も生きている間は修行すべしという趣旨の一文があることを思い出しました。(「示云、有人の云く、『我れ病者なり、非器なり、学道にたへず。法門の最要をききて、独住隠居して、性をやしなひ、病をたすけて、一生を終へん。』と云に、示して云く、『先聖必しも金骨にあらず、古人豈皆上器ならんや。滅後を思へば幾ばくならず。在世を考るに人皆俊なるにあらず。善人もあり、悪人もあり。比丘衆の中に不可思議の悪行するもあり、最下品の器量もあり。然れども、卑下して道心をおこさず、非器なりといひて学道せざるなし。今生もし学道修行せずは、何れの生にか器量の物となり、不病の者とならん。ただ身命をかへりみず発心修行する、学道の最要なり』」)
又、大師の性霊集巻九には「陀羅尼の秘法というは方によって薬をあわせ、服食して病を除くがごとし(密教の修法によれば処方箋どおりに薬をのむように効果がでる。)とあることを思い出し、フラフラになりつつ、朝の修法も復活しました。
また、三年ほど前、求聞持をやったときに部屋に「衆生無辺誓願度」という句を貼り出して成満したことをおもいだし御薬師様の御真言、大師寶号と共に、「全ての生きとし生けるものが幸せでありますように」と布団の中で念じると薄紙を剥ぐように咳は治まっていきました。
大智度論には「二つの因縁あらばすなわち病苦なし。一には一切衆生を憐憫し、二には病者に医薬を給施す。」とあり、弘法大師の「十住心論」には「身病多しといえども、その本はただし一つ。いわゆる無明これなり。・・・身病を治する術は、大聖よく説きたまへり。・・・四大のそむけるには薬を服して除き、鬼業のたたりには呪悔をもってよく消す。薬力は業鬼をしりぞくることあたわず、呪功は通じて一切の病を治す」とあり、同じく「吽字義」には「四魔現前すれば、すなわち大慈三昧にいり、四魔等を恐怖し降伏す」(蘊魔(肉体を持っているために迷う魔)、煩悩魔(愚かさのために迷う魔)死魔(死を恐れ、死を願う魔)天子魔(善事をねたみ害そうと外からくる魔)に魅入られたときはおおいなる慈しみの心をおこすと魔を心底恐れさせて降参させてしまう。つまり追い込まれてどうしようもなくなったときは他者に対する慈しみの心をおこせば危機から脱せるということ。)」とありました。
病気の時は自分の事で特に考えが一杯になりますが、このときこそ他者の幸せを願うことがかえって有難い結果を生むということを低レベルながら体感させられた年末始でした。
興正菩薩撰光明真言和讃には「・・八万十二の正法は 病にしたがふ薬にて
何れの救療あだならず・・」とあり、維摩居士は「衆生病むがゆえに我もまた病む」といいました。こういうふうに我々はもともと「迷者」という病人だとされていますが、その「迷いの病」の只中の自分がさらに重い風邪にかかってしまったのです。 何故風邪をこれほどひどくしたのか反省してみると、そこには是くらい無理しても大丈夫だろうという自分自身への油断がありました。睡眠不足を続けたのです。
医経に「衆生病を得るに十因縁あり。一には久しく座して臥せず、二には食貸すことなし、三には憂愁、四には疲れ、五には淫逸、六には瞋恚、七には大便を忍ぶ、九には上風を制す、十には下風を制す。」とあります。他にも病気についてのお経の文句があります。大智度論巻八には「病に二種あり、先世の業病と今世の不摂生病なり。・・・何の因縁をもってか病をうるや。答えていわく先の世にこのんで杖で打ち(鞭杖)ごう掠、閉じ込め(閉繋)をおこない他者を種種に悩ますがゆえに病を得。・・・」とあり、
弘法大師の「秘蔵宝鑰」には「病は四大不調と鬼と業とにより起こる。・・身病多しといえども、その本はただし一つ。いわゆる無明これなり」とあります。
これらを見ると、確かに、睡眠不足が第一原因ではありますが、お大師様のおっしゃるように、そのさらに根本には前世の因縁や「無明」という怖ろしい闇が広がっていたことに改めて気付かされます。普段健康を誇っていた自分もそれは「無明」という砂上の楼閣の上に神仏のお情けでいただいた「健康」に恵まれていたにすぎなかったのです。
そして風邪といえどもばかにできませんでした。夜は咳き込んで寝られないし、そのうえ時々咳で息ができなくなるのです。売薬も効きませんし年末年始で病院も閉まっています。御薬師様の御真言「おんころころせんだりまとうぎそわか」をとなえたり、大師宝号をとなえたりしますが、咳は治りません。毎日夜明けまで咳き込みます。声もかすれて出なくなります。
そのうち道元禅師の正法眼蔵随問記に、病人と雖も生きている間は修行すべしという趣旨の一文があることを思い出しました。(「示云、有人の云く、『我れ病者なり、非器なり、学道にたへず。法門の最要をききて、独住隠居して、性をやしなひ、病をたすけて、一生を終へん。』と云に、示して云く、『先聖必しも金骨にあらず、古人豈皆上器ならんや。滅後を思へば幾ばくならず。在世を考るに人皆俊なるにあらず。善人もあり、悪人もあり。比丘衆の中に不可思議の悪行するもあり、最下品の器量もあり。然れども、卑下して道心をおこさず、非器なりといひて学道せざるなし。今生もし学道修行せずは、何れの生にか器量の物となり、不病の者とならん。ただ身命をかへりみず発心修行する、学道の最要なり』」)
又、大師の性霊集巻九には「陀羅尼の秘法というは方によって薬をあわせ、服食して病を除くがごとし(密教の修法によれば処方箋どおりに薬をのむように効果がでる。)とあることを思い出し、フラフラになりつつ、朝の修法も復活しました。
また、三年ほど前、求聞持をやったときに部屋に「衆生無辺誓願度」という句を貼り出して成満したことをおもいだし御薬師様の御真言、大師寶号と共に、「全ての生きとし生けるものが幸せでありますように」と布団の中で念じると薄紙を剥ぐように咳は治まっていきました。
大智度論には「二つの因縁あらばすなわち病苦なし。一には一切衆生を憐憫し、二には病者に医薬を給施す。」とあり、弘法大師の「十住心論」には「身病多しといえども、その本はただし一つ。いわゆる無明これなり。・・・身病を治する術は、大聖よく説きたまへり。・・・四大のそむけるには薬を服して除き、鬼業のたたりには呪悔をもってよく消す。薬力は業鬼をしりぞくることあたわず、呪功は通じて一切の病を治す」とあり、同じく「吽字義」には「四魔現前すれば、すなわち大慈三昧にいり、四魔等を恐怖し降伏す」(蘊魔(肉体を持っているために迷う魔)、煩悩魔(愚かさのために迷う魔)死魔(死を恐れ、死を願う魔)天子魔(善事をねたみ害そうと外からくる魔)に魅入られたときはおおいなる慈しみの心をおこすと魔を心底恐れさせて降参させてしまう。つまり追い込まれてどうしようもなくなったときは他者に対する慈しみの心をおこせば危機から脱せるということ。)」とありました。
病気の時は自分の事で特に考えが一杯になりますが、このときこそ他者の幸せを願うことがかえって有難い結果を生むということを低レベルながら体感させられた年末始でした。