1930年(昭和5年)の今日、11月14日、浜口雄幸首相が、東京駅で凶弾に倒れたとき、次の禅語を口ずさんだといわれます。 「南北東西帰去来(なんぼくとうざい、かえりなんいざ) 夜深けて同じく看る千厳の雪 」これは、「南北東西のない世界(あの世)にかえるときがきた。あの世に行けばみる雪景色も古来変わらないであろう・・。」とでも言う意味でしょうか。人間生死は紙一重、死ねば皆一緒というのでしょう。咄 . . . 本文を読む
・延暦二十年801十一月十四日、伝教大師は比叡山に南都の十大徳を招じて法華十講を講じています。(叡山大師伝)「法華十講」とは「法華経」八巻に、「無量義経」と「観普賢経」を加えて十座とし、朝夕二座ずつ五日間講ずる法会。 . . . 本文を読む
今日は河内金剛寺中興の祖、阿観の示寂された日です。以下「密教辞典」等による。阿観は承元1.11.14(1207.12.4)に示寂しています。平安後期の真言宗の僧。和泉国(大阪府)大鳥郡の大和貞平の子。幼いときから高野山に登り密教を学ぶが,明神の夢告を受けたことから河内天野山に入り後白河法皇の勅を奉じて廃寺を再興、河内天野山金剛寺と号す。,治承2(1178)年には金堂を建立,養和1(1181)年には . . . 本文を読む
観音經功徳鈔 天台沙門 慧心(源信)・・4/27
三、題号の下、法華彌陀観音一躰の事。
妙法等の五字は一の巻に書する如し。それに取りて妙法等の五字に就いて法華経と観音と彌陀と一躰と習ふなり。夫れ者、妙法蓮華經といふは漢語也。是を梵語には薩達摩分陀利迦素多藍と説き玉ふなり。薩をば漢語には妙と翻ずるなり。達磨をば法と翻じ芬陀利伽をば蓮華と云。素多藍經と翻ずるなり。しかるを観音の種子尊形三摩耶形に付 . . . 本文を読む
以下「国民の遺言」によります。
「海軍主計上兵曹 白井武男命。軍艦 「摩耶」乗員。昭和十七年十一月十四日ソロモン諸島方面にて戦死。茨城県出身 二十一歳。」
「・・かはいい弟達。我が家には我が家のハッキリした精神がある。何年か後は貴殿等も軍人に成るはずなり・・軍人としては戦場に臨むからは万一の場合を予期せねばならん。・・困しさも難しい所を笑って切り抜けるべし。・・功を誇らず、死を . . . 本文を読む
小善も世の中に無限の功徳を生むこと
毎朝伝授された或る秘法を修して二十年くらいになります。この中に「行者の三密の加持力により衆生を仏の位にする」という趣旨の部分があります。最近までは「皆さんが幸せになりますように」という気持ちのみで修していました。
しかしよくよく考えると、「三密の加持力により」ということは身口意の三密を仏と同じにするということですから十善戒を守っていてもこれは達成できるわ . . . 本文を読む