福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

第1回・福聚講・関東36不動霊場巡り

2011-01-28 | 開催報告/巡礼記録

階段奥に大山寺(上段左)  阿夫利神社下社(下段左)   大山寺より(上段右) 下社よりの眺望(下段右)

第1回・福聚講・関東36不動霊場巡り 

 第1番札所雨降山大山寺
  天平勝宝7(755)年、良弁僧正開山。
  元慶8年、自覚大師高弟の安然が伽藍を再興。
  僧坊18ヶ院、末寺3、御師300坊の霊山として栄えた。
  明治初年の廃仏毀釈により阿夫利神社下社のある場所から現在の場所に移転。(大山寺案内書による)

 小田急伊勢原改札口、10時集合。北口から大山ケーブル行きバス乗車、10時25分発、終点10時50分下車。ここから、徒歩。ケーブル追分駅までは石段の続く坂道。道の両側には飲食店・おみやげ店が多数並ぶ。ケーブルの追分駅手前を左へ(一部の講員はケーブルにて大山不動へ )。女坂コースに入る。冬枯れの林の趣は少なく、常緑樹が深い緑を枝一杯に張り、大きな木々に護られているような安心を覚える。女坂には「女坂の七不思議」がある。その1弘法の水、その2子育て地蔵、その3爪剪地蔵、その4逆さ菩提樹を過ぎ、石段の多い登りの道を行く。まもなく大山寺本堂に到着(11時30分)。

 大山寺内陣にて 、鉄造不動明王と二童子像(文永11年・1264年、願行上人鋳造、重文)を拝観。内陣のご本尊・不動明王前にて納経 。鎮座するそのお姿は総高287cm。黒光りする身体の中に、迫力ある眼光と厳めしさが見える。どこか優しい感じを受けるのは、私達を助けて下さる仏様の故か。

  高原師の講話「不動明王は心をこめて参拝する人々に、わけ隔てなく現世の悩み、苦難を助けてくださる仏様です」

 ここから更に登って阿夫利神社下社に向かう。七不思議・その5無明橋をわたり、その6潮音洞、その7眼形石を過ぎる。石段は一段が高く不規則に並び、疲れた足にはきつい。登りきると、阿夫利神社下社境内。下社からは、眼下に伊勢原市の街並み、その先に相模湾が望まれる。遮るもののない眺望は、疲れを忘れさせる。相模湾に浮かぶ江の島は、観音信仰の霊地補陀落山にも似て心が癒される。
標高710メートルの境内に佇んでいると、足下からは冷えが忍び寄り、歩いている時には感じなかった寒さで襟をかき合わせる。昼下がりの薄霞の掛かった空には、暖かい赤らみが僅かに見えて明るい。

昨年12月、坂東観音霊場第33番札所・那古寺で満願を達成したが、那古寺からも遠く鏡ヶ浦が望まれた。(那古寺は補陀落山を山号として戴く。)2008年3月に初めて福聚講として坂東33観音霊場巡礼を始めた時も、初回で長谷寺から遠く由比ヶ浜が望まれた。本日は、不動霊場巡りの初回。遠くに光る海を見て、巡り合うご縁を感じ、坂東札所巡礼に続き、息災でここに来られた事を感謝した。

 茶屋で昼食休憩。全員徒歩にて男坂下山。 男坂は8割が急な長い石段で 、踏み幅も狭く、形も崩れ、平らな部分が少ない。厳しい下りも、助け合いと不動明王のお陰で講員は無事下山。大山ケーブルバス停15時2分発のバスで伊勢原駅着、15時30分。駅前で打ち上げ後解散。

参加者 高原師 高橋 岡村 中塚 鈴木 角田 菊池  清水 菱岡 鈴木2 関口2
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