高原の庭物語

ペンションガーデンストーリーのオーナーのブログ。
趣味のガーデニングを中心に、自然の中での暮らしを綴っています。

コロナ禍、2度目の春…

2021年04月07日 | お出かけ

 春の訪れが遅い信州に、平年よりかなり早く、桜の季節がやってきました。さっそく、ガーデンストーリーから40分の場所にある上田城へ、花見に行ってきました。上田城は、戦国時代、この地を治めていた真田昌幸が、徳川家康から援助を受けて築いた城。しかし、昌幸はその後、家康に造反したため、徳川の軍勢から攻められますが、わずか1200の兵で、7000の徳川軍を撃退します。また、関ヶ原の合戦の際には、西へ進軍中の徳川秀忠に攻められましたが、これを防ぐことにも成功しました。

 

↑現在の上田城は桜の名所。この春も、屋台は一軒も出ていませんでした。

 

↑この櫓門は、平成6年に再建されました。

 

↑真田時代の上田城は、関ヶ原の合戦の後、徳川によって破却されました。この櫓は、江戸時代に建てられたもの。

 

↑城内にある眞田神社。上田合戦で「落ちなかった」城であることから、受験生の祈願が多いそうです。

 

↑真田昌幸の息子、幸村の兜。幸村は、幽閉中だった九度山を抜け出して、大坂冬の陣に参戦。大阪城の掘の外に真田丸という出城を築き、この時も徳川勢を苦しめました。また、大坂夏の陣においては、家康の本陣まで攻め込む活躍を見せ、「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と呼ばれたそうです。

 

↑真田井戸。内部に横穴があって、城の外への抜け道があったという言い伝えがあります。

 

↑以前、堀の水を抜いて発掘調査が行われ、真田時代の瓦などが見つかっています。

↑上田城に天守があったかどうかは定かではありませんが、江戸時代に作成された絵図には、「御天守跡」という表記が残されています。

 

 

 

↑尼ケ淵から見上げる南櫓。その昔は、右側の石垣の下まで、千曲川が流れ込んでいたそうです。

 

↑例年だと、桜祭りの期間中は満車で停められない駐車場も、2年続けてご覧の通り。

 

↑花見客がシートを敷いてにぎわう本丸御殿跡も、誰もいませんでした。

 

↑六文銭の上り旗と、西櫓。

 

 

 

↑来春は、にぎわいが戻ってくるのでしょうか…?


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