大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 6月2日 壁声

2013-06-02 18:43:44 | B,日々の恐怖





    日々の恐怖 6月2日 壁声





 Kさんが大学に入学したばかりの頃の話だ。
仕送りの額も少ないので、彼は住居を安普請のアパートにするしかなかったそうだ。
今ではインターネットでは悪名の高い、あの会社の賃貸住宅だ。
隣人がテレビで何を見ているか、それがわかるほど壁は薄かったという。
 なるべく静かに過ごすように心がけていたが、できたばかりの友人が泊まりに行きたいと言えば断ることはできない。
 酒を飲みながら馬鹿話をしていると、隣人はすぐに苦情にやってきた。
Kさんは友人の手前、

「 いちいち細けぇなぁ、ちょっとガツンと言ってやるよ。」

そう強ぶってドアを開けた。
 極端に細い眉をハの字に曲げる、胸元にタトゥーを入れた(しかも見せびらかすように、素肌に甚平姿だった)二十代後半の男が立っていた。
低い声で一つ、

「 うるせぇよ。」

いっぺんに酔いが冷めたKさんは平謝りをしたという。
友人には、ヤクザがいた、と説明したそうだ。
 以来、Kさんは一層静かに生活することを心がけた。

「 それが怖い話・・?
まぁ、確かに怖いけど・・・。」

私が内心気を落としながら聞くと、Kさんは首を振った。

「 これからです。」

学生生活も慣れ始めた頃、深夜に隣から怒鳴り声が聞こえた。

「 なんだよ、てめぇ、やんのかよ、おい、こら。
テメーなんだよ、なに見てんだよ。」

ケンカが始まった。
Kさんはそう確信し、半分不安半分期待で耳をすませた。

「 なんだよ、おい、ふざけんなよテメー・・・。」

男の声しか聞こえなかった。

“ 電話でケンカしているのだろうか?”  

Kさんの考えを、男の声はさえぎった。

「 あ、ちょっとやめ、やめて。
近づかない。
こないで。
やだ、ちょっと、髪、いや爪、ひっかかないで・・・。」

押し殺した悲鳴のような、恐怖に怯えた低い声だった。
それが止むと、震えた声で不明瞭なお経が始まった。

「 なむあみだー、なむあみだー。」

ところどころ、男の嗚咽が混じっていたという。
 十分ほど続いたそれは、しゃっくりのような音を最後に止まった。
二日後には、隣室は空き部屋になっていた。

「 たぶん、なにかいたんでしょうね。
その後に入ってきた人も、すぐに引っ越していきましたから・・。」

Kさん自身は壁一枚を隔てることにより、怖い思いはしなかったそうだ。

「 あんだけ薄い壁でも大事なんですね。
なにか知らないですけど、そんなのは律儀にその部屋だけでした。」

 Kさんは今では家賃八万の新築、鉄筋コンクリートのアパートに住んでいる。
もう安いアパートには住めないそうだ。


















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