日々の恐怖 6月29日 5時
大学のときに、同じゼミにAと言う男がいました。
Aはあまり口数の多いほうではなく、ゼミに出席しても周りとは必要なこと以外はあまり話さず、学内にも特に親しい友人はいない様子でした。
ある日、そのAが話しかけてきました。
Aが話した内容は、「好きな人が出来たのだが、どうすればいいのか?」ということでした。
そんなことを、あまり親しくない上、どう見ても女性経験が少なそうな僕に話してくるのも不自然な気がして、からかっているのかと少し疑いましたが、彼の話ぶりは真剣で、とてもそのようには見えませんでした。
話を聞いてみると、彼が好きな人と言っていた女性とは話したこともなく、道ですれ違うだけの仲なのだそうです。
女性経験の少ない僕でも、とりあえず話掛けてみないことには進展しない事はわかりますので、「話しかけてみたらどうか」と言うことを伝えました。
するとAは、「何を話せばいいか?」「話すタイミングがつかめない」等のことを質問し、それに対する僕の答えをメモしていました。
次の週のゼミの時間に、Aは再び僕のところへ来て、「今日、話掛けてみる」と言いました。
僕は、Aが好きになった女性がどんな人なのか見てみたいと思いました。
そこでAに「話が途切れたら、僕が場を持たす」と言うと、喜んで一緒に行くことに同意してくれました。
その女性は、いつも夕方5時ぐらいに決まった道を通るということでしたので、Aとその道で待つことにしました。
その道は住宅地を通っている一本道で、入って待つことが出来るような店もなく、僕とAは路上でボーっとその女性が来るのを待っていました。
5時を少し回ったころでした、Aは「来た」とつぶやくと少し歩き、僕の話をメモした内容通りのことを話し始めました。
話は何とか繋がっているらしく、僕が場を持たす必要もなさそうでしたので、その場を離れることにしました。
正確に言うと、早くその場を立ち去りたかったのです。
僕には、Aが話している相手が見えませんでした。
Aは、なにもない空間に向かって話しかけているようにしか見えなかったのです。
その後もAは普通にゼミに出席してきました。
ただ、少し口数が多くなって明るくなった感じがしました。
他のゼミ生が彼に「彼女でもできたのか?」と聞くと、嬉しそうに「一緒に暮らしている」と答えていました。
「どんな娘?」と言う質問には、照れくさそうに「S(僕)が見たことある」と答えていました。
未だに僕は、Aにからかわれていたのかわからないでいます。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ