大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 6月11日 悪霊

2013-06-11 18:30:43 | B,日々の恐怖







     日々の恐怖 6月11日 悪霊







 学生時代、毎日のように友人と夜遊びをしては真夜中に帰宅することが多かった。
暮れも押し迫ったある冬のことだ。
忘年会と称して毎晩飲み歩いていた私は、泥酔寸前で友人と帰路についた。
その友人とは帰る方向が同じなので、乗る電車も一緒だった。
 二人でホームのベンチに寄りかかって最終電車を待っていると、不意に友人がキョロキョロ辺りを見回した。
その様子があんまり不安そうなので、私もつられて周囲を見渡した。
 ホームには私たちと同様に酔っ払ったサラリーマンが一人いるだけで、向かいのホームにも誰もいない。
蛍光灯の白々とした電気の下で、駅員が鞄を下げて早足に歩いて行った。
 特に変わった様子もないので、もう一度友人を見た。
だが友人は相変わらずソワソワしている。
酔いも吹き飛んでしまった顔付きで、何かに怯えているようだった。
訳を尋ねると、友人は私の耳元でそっとこう言った。

「 何かがいる気がしないか?」
「 ・・・・・?」

私は彼の言葉の意味が理解できなかった。
 泥酔した見知らぬサラリーマンはベンチに寝転がってピクリともしないし、駅員はどこかに行ってしまったし、他に危害を加えられそうな人間も見当たらない。
すると彼はまた続けた。

「 悪霊みたいなのがいる気がするんだ。」

その言葉に私は度肝を抜かれた。
 悪霊が云々、なんてことに驚いたのではない。
幽霊だの心霊だの、神様や悪魔だの、そういう類の話なんてまったく信じていないタイプの彼の口から、そんな台詞が出たことにびっくりしたのだ。
 間もなく最終電車がホームに入ってきたので、私たちは立ち上がって電車に乗り込もうとした。
私が先に電車に乗り、隣にいるはずであろう友人を見ると彼はまだ電車のドアの向こう側、つまりホームに突っ立ったままでいる。
その顔は目を見開いて口を半開きにして、とてつもなく恐ろしいものを目の当たりにしたような顔付きだった。
 私は思わず自分の背後を振り返った。
彼の視線の先は、私の背後に注がれているように見えたからだ。
 ところが、振り返っても別段なにもない。
がらんとした電車の車内は静かで、吊り広告が風で揺れているぐらいだった。
ホッとして友人の方を見たとき、プシューッという音と共にドアが閉まった。
友人を駅のホームに残したまま、電車は走り出してしまった。

 その後どうしたのかよく覚えていない。
友人のことを心配したのもつかの間で、酔っ払っていた私は何事もなくアパートに帰り着き、次の日の昼過ぎまで眠っていた。
 こういう話の結末は、友人がそのまま行方不明になったとか定番だが、残念ながら彼は生きている。
三日後の大学の講義に、彼はバンダナを頭に巻いてきちんと出席していた。
 いつもの彼らしくない服装が気になって、私は講義の後で声をかけた。
あの晩、電車に乗らなかった理由も聞きたかった。
 学生のひけた教室に二人だけになると、彼はやつれた表情でバンダナをはずしてみせた。
彼の後頭部は、直径3㎝はあると思われる円形脱毛症になっていた。
 私は笑うにも笑えなかった。
憔悴した彼の風体は、冗談では済まされない何かが起こったことを無言で知らせていたからだ。
 あの時、彼は一緒に電車に乗りたかったのだという。
だが、ドアの前まで来ると足が動かない。
声も出ない。全身が凍り付いてしまったように、身じろぎ一つできない状態になってしまったらしい。
 電車が見えなくなると金縛り状態が解け、動けるようになった。
とにかく、こんな場所で夜明かしする訳にはいかないので、タクシーを拾って帰宅しようと地下通路への階段を下りようとした。
ところが、その地下通路の先に何かがいるような気がしてならない。
 そのまま階段を下りたら、あの世に連れて行かれるような気がして降りられないのだ。
友人は泥酔客を装って、真冬のホームで朝まで過ごした。
寒さだけではなく、生まれて初めて体験する言葉にできない恐怖で一睡もできなかったという。
 あまりの怖さに、ここ二日で円形脱毛症になってしまった友人。
 
「 あの晩、あそこには絶対、悪霊がいた。」

彼はきっぱりそう断言した。
















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