大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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しづめばこ 7月25日 P258

2013-07-25 17:59:05 | C,しづめばこ
しづめばこ 7月25日 P258 、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
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小説“しづめばこ”



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日々の恐怖 7月25日 坂道

2013-07-25 17:57:18 | B,日々の恐怖





      日々の恐怖 7月25日 坂道





 私の父がまだ子供だった時分の話ですので、今から60年以上昔のことになります。
当時、長崎県S市に住んでいた父は、家族に頼まれて回覧板をお隣に出しに行きました。
季節は夏、暑い昼下がりで、家の中から外に出るとぼうっと頭がかすんだほどだったそうです。
 通りに出ると、ふいに背後から声をかけられました。

「 おい、○○。」

名前を呼ばれた父が振り向くと、少し離れたところに同級生のA君が立っていました。
父はそのA君とはそれほど親しくもなく、ほとんど話をしたこともなかったので、何の用かと不審に思いながらも、

「 なんだAか、どうしたんだ?」

と訊ねると、

「 ちょっと俺と一緒に来てくれないか?」

と答えるのです。

「 今、回覧板を隣に出しに行くところだから、ちょっと待っててよ。」
「 そんなのあとでいいから、早く来いよ。」
「 そうはいかないよ、すぐに済むから。」

などどと言いながら、父はA君の姿を見やりました。
 父の家の前の通りは長い坂道になっていて、A君は坂道の上手側に立っていました。
そのため、何となくA君を見上げるような姿勢になってしまったそうですが、そのA君を見ると、ランニングシャツを着て白い半ズボンに高下駄という格好だったそうです。
 A君はしきりに父を誘いましたが、そのわりには父のそばに来ようとせず、少し離れたところに立っているばかりでした。
 それで、父は、

「 じゃ、急いでお隣に出してくるから!」

と返事をして、ソッコーでお隣の玄関先に回覧板を回し、また通りに戻ってきたところ、 さっきまでいたはずのA君がどこにも見えません。
その通りは長い坂道になっていますので、あきらめて行ってしまったとしても、その姿は見えるはずなのです。
 首をひねりながら家に戻ると、父の両親が話をしていました。

「 かわいそうに。それじゃ、まだいっぺんも意識が戻らないんだね。」
「 ○○病院に入院したらしいけど、多分もう助からないだろうねえ。」

何の話かと聞くと、A君が2日ほど前に車にはねられて頭を打ち、ずっと入院中らしいことを知らされました。
 つい今しがた知り合いの人から電話があったとのことで、今のように連絡網もない時代、夏休み中で学校もなかったために、父もようやくこの日初めて知るところになりました。
結局、それから3日ほどしてA君は亡くなったそうです。

 父が見たA君は、父をどこに連れていこうとしていたのでしょうか?
さほど仲がよくなかったというのに、なぜ父に声をかけたのでしょうか?
そんなことを考えると、なんとなく薄気味の悪さを感じます。

 その後の話です。
A君の家族は、そのころ父の家から15分ほど離れたところに住んでいたそうですが、A君の葬儀のあとほどなくして、あたらしく中古住宅を買って引っ越していきました。
 それまでは長屋みたいな狭い家に住んでいたそうですが、あたらしい家は広くりっぱなものだったそうです。
父のお父さん(私の祖父)が一度、菓子折持参で挨拶に行ったところ、S駅のそばの高台の一等地にあり見晴らしもよくとてもいい家だったらしいです。
 ところが、その家に越してから、何故かA君一家は次々と葬式を出すことになりました。
A君はすでに亡くなってしまっているわけですが、A君の3歳違いの弟は、遊んでいる最中、家のへいの上から落ちて頭を打って亡くなりました。
A君のお母さんは精神的な病にかかり、台所のガス台で自分の頭部を燃やして自害しました。
A君のお兄さんは(何の病気か不明ですが)重い病気にかかり、闘病の末に亡くなりました。
 ただひとり、A君のお父さんだけは何事もありませんでしたが、父の近所の人たちは、

「 あの家に越したから、こんなことになったんだ。」
「 あの家にいる限りは、多分おやじさんも死ぬだろう。」

などと噂していました。
その後、A君のお父さんはとうとう家を捨ててしまい、以来行方知れずだそうです。
 何年か経ってから、父が祖父と一緒に見に行ってみると、草ぼうぼうに荒れ果てた廃屋が、一軒ぽつんと残っているだけだったといいます。
 父はもう70歳を超えていますが、

「 今でも夏が来るたび、あのときのA君の声や履いていた高下駄を、何故か思い出してしまうんだよなぁ。」

と言って静かに笑います。
生真面目で冗談ひとつ言わないような父ですが、この話はよほど印象的だったのか、よく繰り返し私に話して聞かせてくれました。














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