日々の恐怖 7月14日 位牌
一人暮らしのおばあさんが、マンションの一室で孤独死した。
死因は、ノイローゼが昂じて、弱った心臓が耐え切れなくなったことによる心臓発作である。
彼女を知る人は、常になにかにひどく怯えた様子だったという。
後に真相が明らかになった。
証言したのは、ごくたまに泊まりに来ていた息子夫婦であった。
信心深いおばあさんは、亡くなった夫の仏壇を部屋に置き、毎朝欠かさず供物、水を捧げていた。
たまたま小用にたったその日の早朝、息子はおばあさんの不審な行動を目にした。
おばあさんは仏壇の供物を代えようとしていたのだが、扉を開けるのをためらい、何度も逡巡しているようだった。
そして意を決して中を覗き込み、
「 ああ、やっぱり・・・。」
と言って悄然とし、その気の落とし方は尋常ではなかった。
息子は気になって眠れず、ついにその晩問いただした。
おばあさんは目を泳がせ知らないとシラをきっていたが、息子の真剣さにほだされついに語りだした。
話によると、ここ最近仏壇を開けると、位牌がそっぽ向いているという。
最初は気付かなかったが、位牌が日に日に斜めになっていくので、恐ろしくて眠れないというのだ。
しかも、朝になるたびにきちんと前を向けた位牌が、翌朝になるとまた斜めになっている。
「 おじいさんに、罰をあてられるようなことしたんかな。
でも、どんなに拝んで供物を代えてもおさまらん。
今に完全に裏むいたら、あたしゃ死ぬんじゃろう。」
そう言って泣くおばあさんに、息子はそんな馬鹿なと思ったが、翌朝確かめると、やはり位牌が斜めになっていた。
「 おかあさん、こりゃ本当の祟りかもしれんけん、祓ってもらわにゃいかんぞね。」
息子はそう言ってお祓いさせようとしたが、
「 おじいさんがお迎えにくるんじゃしょうがないけん。
祓ったらかわいそうじゃ。」
と言ってきかない。
とうとう諦めて帰ったら、結局とり殺されてしまった。
「 きっと位牌が完全に裏向いてもうたんやな。」
と言って息子は悔やんでいたという。
それを聞いたおじいさんの古い友達が、そりゃおかしい、信じられんと言い出した。
ものすごく仲の良い夫婦で、妻をとり殺すなんてことするはずがない、と言ってきかない。
どうしても一度確かめさせてくれと言って、おばあさんの死んだ部屋に一人で泊り込んでしまった。
とは言ったものの、さすがに気味悪く寝付かれなかったが、うとうとと眠り込んでしまい気がつくと朝だった。
はっと仏壇を開けると、位牌は見事に裏返しになっていた。
背筋がぞっとしたが、
“ 無二の親友だった俺すら殺そうとするのか、どうせ老い先短い命、こうなったら何がなんでも正体つきとめる。”
と決心し、ようし今夜は一睡もするものかと気をはって起きていた。
真夜中3時ごろ、カタカタと仏壇の中から音がする。
ぎょっとして、しかし勇気を振り絞って扉を開けてみた。
“ カタカタ・・・。
カタカタ・・・。”
位牌がじりじりと動いているではないか。
恐ろしさに心臓が止まりそうになったが、気を落ち着けてじっと動く位牌を見ていた男は妙なことに気付いた。
仏壇全体が微振動しているようなのだ。
「 こりゃいったい・・?」
仏壇は台の上に載せて、ぴったりと壁にくっつけて置かれている。
「 もしや・・。」
男は仏壇を壁から離した。
その途端、位牌はぴたりと動かなくなった。
「 この壁の向こうになんかあるぞ。」
台と仏壇を除け壁に耳を当てると、ごぉーという音がして壁が震えている。
水を上げている音だった。
このマンションでは深夜、屋上まで水を汲み上げていた。
配管がちょうど仏壇の後ろの壁だったために、振動によって位牌が動いていたのだ。
不幸なことに、位牌の作りが粗く安定していなかったため、片側に回転していたのだった。
とにかく幽霊の仕業ではないとわかったものの、やりきれない思いであった。
件の仏壇は息子夫妻の家にある。
今のところ位牌が回転することはないそうだ。
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