日々の恐怖 12月21日 優先席の老人
Kさんが就職する前、大学生だった頃の出来事だ。
当時のKさんは大学からバスで30分程の場所で一人暮らしをしており、バイトに友人付き合いなど充実した日々を過ごしていた。
夏盛りの夜だったとKさんは言った。
その日は友人との呑み会があってドンチャンと騒いでいたが、翌日にバイトが控えていた為、Kさんはバスの最終が出る前に一人帰路についたそうだ。
むわっとするような熱気の中、なかなかやって来ないバスを待っていると、暗がりからゆっくりとバスの灯りが近づいてきた。
遠目から見ても車内には人がおらず、
“ 誰もおらんのに、何でこんな時間かかってんだよ!”
と、内心で悪態をつきながらも停車したバスに乗り込んだという。
一番後ろの席を一人で陣取ると、前の方の優先席に二人の老人が座っているのが見えた。
何やらモゴモゴと話しているが、バスのエンジン音がうるさくて良く聞き取れなかった。
“ 何話してんねやろ?”
と、考えていると急にバスのアナウンスが流れた。
『 次は○○前、○○前……次、止まります。』
Kさんは言った。
「 酔っていて最初は気付かなかった。」
先を促してみれば、
「 だってその老人たちも私も、誰もブザー押してなかったんですよ?」
と、Kさんは眉を寄せた。
やがてバスは停車して、一人の老人が代金も払わずに降りていった。
残されたのは、もう一人の老人とKさんのみである。
その頃になると、
“ おかしいな・・・?”
くらいに疑問を感じ始めていたKさんだったが、次の停留所で自分は降りてしまうので、深く考えるのを止めたそうだ。
『 次は○……次、止まります。』
アナウンスが流れるや、Kさんはすぐにブザーを押して席を立った。
すると老人も席を立ち始めた。
“ げ~、この老人も降りんのかよ!”
と思いつつも、老人の後に付いて運転席の脇を通るとき、また気付いたことがあった。
今度の老人もお金を払わずにバスを降りたのである。
「 あの~、さっきから爺さんが降りてってると思うんスけど・・・。
このバスって先払いとかありましたっけ?
定期ってわけじゃなさそうだし・・・?」
酔いの勢いも手伝ってか、つい運転手に向かってそんな事を聞いた。
すると、思わぬ答えが返ってきたのだそうだ。
「 ああ・・・、あの人たち、バックミラーに映らないから料金はいらないんだ。」
運転手は事も無げに、疲れた笑顔でそう答えたという。
「 深夜のバスが遅れてくる時は気をつけた方がいいですよ、乗ってる可能性ありますから・・・。」
と、最後にKさんは締めくくった。
バスのブザーが鳴ってもいないのに、アナウンスが、
『 次止まります。』
と言ったら、運転手はバックミラーを確認することがある。
それは乗っている人たちが、どちらの人なのかを確認するためだそうだ。
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