日々の恐怖 12月18日 顔を薙ぐ
自衛隊に勤務していたKさんから話を聞きました。
これは、何年か前、Kさんが当時所属していた中隊の先輩から聞いた話です。
まもなく昭和の時代も終わろうとする夏のことです。
先輩は、輸送班に臨時勤務中で、休日の広報業務支援のため、土曜の夜に一人営内で残留していた。
翌日は早朝からの運転業務のため、酒も飲まず早い時間からベッドに入っていた。
しかし、そうそう早く眠れるはずも無く、もやもやと時間ばかりが過ぎていった。
ふと気が付くと、部屋の片隅にゆらゆらと揺らぐ空間がある。
“ 何だ?”
と目を凝らすと次第に揺らぎは消え、あとには女の姿があった。
クリーム色に青と緑の格子柄のパフスリーブのワンピースに、つば広の麦藁帽子をかぶった若い女だった。
不思議と、先輩は、
「 なぜ女が?」
とは思わなかったという。
やがて女は次第に先輩のベッドに近づいて来た、近づくほどに腰をかがめながら。
「 最後には、ほとんど四つん這いだったな。」
それでも、なぜか女の顔だけは霞んだ様にはっきりとは見えない。
やがて、女はベッドの縁に手を掛け、覗き込むように顔を近づけたという。
「 その瞬間までは、不思議と恐怖感は無かったんだ、これっぽっちも。」
しかし、突然に女の顔がはっきりと見え始めた様な気がした。
「 これは見ちゃダメだ、そう思ったよ。」
先輩は、全力で半身を起こし、左の拳で女の顔のあたりを薙いだそうだ。
“ ぐしゃり。”
という、なんとも言い様の無い感触を最後に先輩の意識は途切れた。
翌朝、目を覚ました先輩に残されたのは、尋常でない寝汗で濡れたベッドと、左拳全体の青痣があった。
そして、先輩は途切れ途切れに言った。
「 まあな、寝ぼけて暴れてどっか殴ったのかもな。
でも、痣の酷さのわりに全然痛くなかったし。」
「 今思うと、あの女、なんだか悲しそうな、寂しそうな、そんな感じもしたなあ・・。」
「 話、聞いてやっても良かったのかな?」
「 殴ったりして、悪かったのかな?」
「 でも、そうしてたら、俺、どうなってたろう?」
「 なあ、お前なら、どうしてた?」
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