日々の恐怖 12月5日 隣からの声
高校生の時、俺は腸が弱かった。
ゆえに、学校に行く時は少し早く出て、途中の汚い公衆便所で用を足す事が多かった。
その公衆便所は駅を降りて、通学路からは少し外れた公園の森(森と呼べるのか分からないが)の中にある。
そして、必ず一番手前のドアが閉まっていた。
無論その中にはいつも、ちゃんとした人間がいるのは知っていた。
くしゃみや咳、新聞を広げる音などがしていたからだ。
しかし、それを気にしている暇もなく、学校に遅れないように、大量のウンコをすることで精一杯だった。
いつも同じ場所で、俺が行った時にいつも用を足している人間がいる事を、まだその時は不自然には思わなかった。
ま、そういうヤツもいるだろう、と思っていた。
俺が朝、家を出て、電車の中で腹が痛くなり、その公衆便所で用を足し、学校へ行く。
そんなサイクルも一年以上続いた高校二年のある日、やはり俺は朝、腹が痛くなり、例の便所へ駆け込んだ。
そして、いつものように閉まっている手前の個室を通り過ぎ、用を足し終わった。
その時、その個室から声がした。
「 いいですね、いつもお腹の調子良さそうで・・・。」
学生、とは言えないが、若そうな声だった。
一年以上俺と同じタイミングで用を足していた、そいつの声を初めて聞いた。
だが、いつもとはどういう事か?
とりあえず、
「 え、あ、まあ・・・・。」
とぐらいしか返事を返せなかった。
そして次にヤツが言った、不気味な言葉。
「 私なんかね、もうね、ずっとお腹の調子悪いんですよ、ほんとに。
出てないんですよ、ずっと。
私ねこの場所から全然出てないんですよ、ほんとに。
お腹の調子、悪いからね、出れないんですよ。」
手を洗いたかったが、これ以上ない寒気に負け、学校で洗うと決め、早足でその場を出た。
心臓がバクバクと鳴っていた。
後ろを振り向く事が出来なかった。
いつもという言葉。
“ 個室から出ていないのに、なぜ俺がいつも用を足している事を知っているのか?”
そして、この場所からずっと出ていないという言葉。
“ 一年以上、ヤツはずっとあの場所にいたのか・・・?”
考えれば考えるほど、訳が分からなくなった。
その日からは、いくら腹が痛くても我慢して学校まで耐えるか、遅刻覚悟で家で用を足して行くかにした。
ヤツが何かは、分からない。
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