日々の恐怖 10月15日 黒い男
病気で入院しているばあちゃんを、親戚揃って見舞いに行ったときの話だった。
実際、ばあちゃんの容体は芳しくなく、それは見舞った全員が既に知っていた。
ばあちゃん本人が、どこまで自分の状態をわかっていたかは、俺にはわからない。
そんな時、従兄弟が急にばあちゃんにしがみついて泣き出した。
それも、子供が泣きじゃくるように、わんわんと泣いた。
みんな焦っていた。
まるで、ばあちゃんが今にも死んでしまう、とでも言わんばかりの騒ぎだからだ。
なんとか落ち着かせてなだめようとすると、従兄弟は泣きながら、
「 自分のせいで、ばあちゃんが死ぬ。」
と言い出した。
わけがわからないなりに詳しく聞いてみると、夢の話だという。
普通の日常的な夢を見ていたら、唐突に黒い男が現れて質問をされた。
道でも尋ねるような自然さに、従兄弟はつられるように答えてしまったらしい。
「 近々、死んでしまうものの心当たりはないか?」
「 ばあちゃんのこと?」
目を覚ましてから、何てことをしてしまったのだろう、日々病状が悪くなりつつあるばあちゃんの様子に、あの男は死神だったのではないかと思うようになり、とうとう耐えきれなくなったのだ、と言った。
どうにも扱いに困った様子の親族たちをよそに、ばあちゃんは従兄弟の背中を精一杯さすりながら、大丈夫、大丈夫、と声をかけ、
「 その男の夢なら、ばあちゃんも見たことがあるんだよ。」
と話し始めた。
「 ばあちゃんはね、その質問にいつもこう返していたんだ。
家の軒下の鉢植えが枯れかけている、私も世話できずにいるし、きっと長くは持たない、ってね。
あの鉢植えたちに、ばあちゃんも悪いことをしてしまった。
もう、そうして押し付けておくのも忍びない。
だから、いいんだよ。
もういいんだよ。」
そう言っていた。
それから何日かして、ばあちゃんは亡くなった。
あのばあちゃんの話は、俺を含め、親戚みんなどう捉えていいのかわからずにいる。
従兄弟を安心させようと、ばあちゃんが咄嗟に話を合わせて語って聞かせたのかもしれない。
でも、もう長く口を開くこともままならなくなっていたばあちゃんに、そんなことができたのだろうか、という疑問もある。
ばあちゃんが心配していた軒下の鉢植えは、まだ無事だった数鉢を俺が預かることにした。
幸い今のところ、黒い男が夢に出てくることはないままだ。
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