日々の恐怖 10月6日 術後譫妄(2)
病室から逃げ出して廊下に出ると、みんなが俺をものめずらしそうにみたり、何故かバカにしたようなニヤニヤした顔で見てくる。
俺は恥ずかしさと怖さで、とにかく必死で家に帰ろうとするんだが、すぐ看護師に捕まってしまう。
家に帰りたいと訴えても結局病室に連れ帰られて、また拷問のようなことを繰返される。
毎朝、目が覚めたら物凄くぐったりしていた。
うつぶせ寝だと肩や腰が痛くなり、歩く時も下を向いたりしないといけないため遠出もできず、ストレスもあってこんな夢を連日見るんだろうか、と思っていた。
数日後、4人部屋があいたということで移動し、そこで何度も入退院を繰り返す男性と同室になり、ぽろっとその話をした時に、その男性はちょっと考え込んだあとで、
「 それ、あの個室に前に入ってた婆さんじゃないかなぁ・・・。」
と言い出した。
以前入っていた婆さんが山本という名前で、認知症があるため、部屋から出られないように入り口近くにマットを置かれていたらしい。
それでもよく逃げようとして廊下で看護師に捕まって、
「 家に帰りたい。」
「 ××(娘らしい)が家で待ってるから家に帰らないと!」
と泣きながらつれられていく様子を何度もみた、といわれた。
結局お婆さんは、眼科の治療が終わると別の科に転院していったので、その後どうなったのかはわからないとのことだった。
自分が体験したことが本当に山本さんというお婆ちゃんのことなのか、それとも単に連日のうつぶせ寝のストレスから家に帰りたいという願望なのかは正直よくわからない。
認知症のため自分が病気だとわからないので、されていることすべてが拷問に感じ、怖くて寂しくて辛くてしょうがない気持ちしかなく、楽しいことも嬉しいことも何一つ無い。
ただひたすら家に帰りたい家に帰りたいと泣いていた気持ちがあの部屋に残っていて、手術の夜、逃れられない痛みと戦う俺の気持ちとリンクしたのかな、とか思ってみたりした。
ただ、もしかして認知症の人からみた世の中というか病院が、あんな感じだったら怖いなぁと思った。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ