5月5日のこと。
KKでは正味2日しか時間がない。
1日は、島にもゆきたいし、できれば圧縮空気も吸っておきたい。
KKから15分のマムティック島にゆくか、約2時間半のマンタナニにゆくか悩んだ。
マムティックは、昔、ボルネオ・ダイバーズでIDCを受けたり、PADIのPROJECT AWAREで水中ゴミ拾いをしたり、マクロを楽しんだり、いろいろと思い出のある島だ。
マンタナニにはかつて、ダイバーとたわむれるニッキーというジュゴンの男の子がいた。3年前のことだ。マンタナニでジュゴンと泳げることを、元シパダンのスタッフから聞き、あわててマンタナニ計画をたてたが、そのあとわずか1ヶ月半ほどで、「ジュゴンいなくなっちゃいました」と知らされた。人々の間では、ジュゴンはマンタナニの海草を食べつくして別の海域に移ってしまったとか、ボートにひかれて死んでしまったと、いろいろ噂された。ジュゴンがいないことを承知で、06年6月にマンタナニに潜ったが、パッとしなかったことは否めない。
それでも、南の島らしさを満喫するなら、安くて近いマムティックよりは、遠くて高いマンタナニかなとという思い込みだけで、マンタナニゆきを決めた。
さて、5月4日にマンタナニへ行きたかったのだが、ダイビングサービスから5日にしてくれと言われた。6日の午前中にはKKから飛び立つ予定なので、5日なら午前中1ダイブがやっとだ。別にマンタナニのダイビングに執着はないので、1ダイブでかまわないし、午後はシュノーケリングをすればいいやと、5日でOKした。
5日の朝、6時すぎに起きると雨。雨はほとんど止んでいたが、できることなら出かけるのをやめてしまいたいと思わせるグルーミーという言葉がぴったりの朝だった。ジェッセルトンホテルの宿泊代金には朝食が含まれているので、6時20分頃レストランにゆくが、入り口には誰もおらず、中も薄暗い。まだやってないのかな、と数秒棒立ちになっていたら、ウェイトレスが出てきた。基本はアメリカン・ブレックファストで、それが一番高額メニューなのだが、トーストや卵料理といった気分ではない。前はお粥やミースープがあったが、今の朝メニューにはなかった。かわりにクリスピー・フライドヌードルをお願いした。前日のメルキュールの朝食がショックなくらいおいしくなかったので、今朝は、薄味ではあるが、無難においしくいただけた。こぢんまりとしたホテルのレストランだけに、バフェではなく、オーダーしてから暖かいものを作ってくれるところがよい。
↓携帯でとってぼやけたヌードルと、レストランからの眺め。どんより。
レストランから部屋に戻ったのが7時頃。きのう買ったマンゴを食べたり、ミネラルウォーターを飲んだりしていたら、すぐに時間がたった。この時点になって、朝食にはコーヒーとオレンジジュースがついていたし、水分の取りすぎになっていることに、はたと気づいた。マンタナニへは、まずKKから車でコタブルという町まで90分走り、コタブルのJETTYからスピードボートで45分かかる。今のタワウ空港からマブールよりも時間がかかるのだ。前回は、途中で寄ったトゥアランのシャングリラ・ラサ・リアで、皆ぞろぞろとトイレを借り、さらに、コタブルのJETTYでは民家のトイレを借りたことを思い出した。民家の人はとても親切だったけど、トイレは伝統的なマレースタイルだったので、きつかった。中にはこれなら我慢すると、トイレに入らなかった人もいたほどだ。トイレに行かないですむよう、不要に水分はとらないようにしよう、と思っていたのをすっかり忘れていたが、時すでに遅し、だ。
ダイビングサービスからのピックアップは、7時40分の約束だった。時間どおりにロビーへ降りるが、まだ迎えは来ていない。ソファにすわり、5分、10分と待ちぼうけ。別に急ぐこともないしと、寛大な気持ちで待つことにした。だいぶ待ったあと、いかにもマリンスポーツ斡旋してます、っていう風体の、色黒のごつめのお兄さんが、勢いよく入ってきた。普通、オプションやらマリンスポーツの出迎えの人って、会った瞬間に、お互い、こいつに違いない!と、通じ合うことが多いのに、どうもむこうのりアクションがない。今思えば、きっと私は、彼がピックアップに来たお客と、性別か国籍が明らかに違ったのだろう。でも、他にロビーにゲストがいないので、こちらから声をかけると、「カヤック?」と聞かれて違うことが判明。私は迎えが来ず、彼は客が来ないといった状況だ。天気のせいもあり、いっそこのまま迎えが来ないのなら、来ないでいいや、ってな気持ちになってきた。8時すぎたら撤収しようかな、なんて考えはじめたが、まさに8時、こんどはいかにも、僕はスキューバの仕事に携わってます、っていう風体ではあるが、薄い顔立ちの無難なお兄さんがやってきた。「ジャムがすごくて~」とひととおり謝られた。KKの平日朝夕の渋滞は、毎度のことだろう、とは思ったが、そのときは「ザッツオーケー」と答える寛大な私だった。こうしてようやくジェッセルトンを出たとき、カヤックのお兄さんは、まだゲストに会えずに右往左往していた。
迎えのバスに乗り込むと、車内はキンキンに冷えていた。すでに先客が5人。浅黒い西アジア系カップルと西洋人熟年カップル、あとは日本人女性がひとりが乗っていた。いちおうまとめて「ぐっどもーにんぐ」と挨拶をするが、リアクションがない。挨拶できないダメ大人たちに、ちょっとムッとする。
KKの町を出ると、西海岸っぽい(と私は思う)椰子の木が整然と立ち並ぶ海沿いの道になる。バスはとばしまくるが、常時、ギー、ギュー、グォーといったものすごい音が床下から鳴り続けてくる。車軸は大丈夫なのかしら、どこかのバスみたいに炎上したりしないのかしら、と、ちょっと不安になる音だ。普通の車からはこんな音は出ない。外観はきれいに塗装してあるが、車体はそうとうボロとみた。
ジェッセルトンを出るとき、薄顔スタッフに「もう1件ホテルに寄ります。」と言われていたが、そのホテルに着く前に、車はガソリンスタンドで止まった。まだ早いけれど、せっかくだし、備えあれば憂えなし、トイレに寄る事にしよう。スタンド内のコンビニに入り、「トイレどこですか?」とたずねると、店員の女性が親切に裏にあるトイレまで案内してくれた。ところが鍵がかかっていて入れない。中にいるのは、このコンビニのスタッフらしい。店員はドアをノックしながら、「エナ!空けてちょうだい!お客さんが待っているのよ!」とせかしてくれている。中のエナという人は、「もう片方を使えばいいのよ!」と言い返してくる。隣のトイレは男性用で、そんなことはかまわないが、「隣もふさがってるの!出てきなさい」と店員。買い物もしていないのに申し訳ない。中のエナは、どうもシャワー中らしい。店員は、「外で人が待ってるんだから、早く出てきなさいよ!」と言い残し、ごめんなさいね、という顔をして戻っていった。そのあと、隣の男性用トイレを借用するスキを伺うが、そちらも一人出たと思えばまた入る、切れ目ない状態なので、私が割って入る余地はない。それでもエナは出てこない。こんどは店員の男の子が通りかかり、「空いてないの?」と聞くのでうなずいたら、また激しくノックをし、「エナ、あけなさい!」とはじまった。またエナが、「隣のトイレがあるでしょ!」と同じことを言ってくる。「隣も使用中なんだよ!早く出ろよ!」という応戦を3分くらい繰り返す。男の子は根気よく説得にあたってくれたが、ついにエナが降伏することはなかった。店員たちが誰が中にいるかわかっていて、しつこく出るように言うなんて、もしかすると、エナは常習的なトイレ立てこもり癖があるんだろうか?結局、エナが出てくる気配はなく、私も切羽詰まってるわけでもないので、皆を待たせても悪いしと思ってバスに戻った。コンビニよりは快適であろうホテルのトイレにゆく方がよい。みんなを待たせてしまったかな、と思ったが、バスにはまだ全員が戻ってはいなかった。
さて、もう1件のホテルとは、きのう私がチェックアウトしたメルキュールだった。メルキュールのトイレはロビーにはなく2階にある。不便。2階だから、階段を駆け上がりたいところだが、見当たらないので、エレベーターに走る。昇りはエレベーターのドアがまさにしまるところだったが、中にいた白人の女性は、親切にあけてくれた。トイレからはすばやく出るも、こんどは下りのエレベーターがなかなか来ない。朝のチェックアウトラッシュだから、仕方ないが、みんなを待たせてしまう、といらいらいら。やっと来たエレベーターは、荷物をもったチャイニーズ系で、ほぼ満員になっていたが、止まったからには乗れるはずと、なんとか乗り込む。早く戻らなきゃ、と早足でロビーをすりぬけたが、その必要はなかった。私がトイレに走る前に、薄顔スタッフとゲストは合流していたわりには、まだロビーにいた。
全員がバスに乗ると、薄顔スタッフが、「これからコタブルのJETTYに向かいますが、波が高ければ、マンタナニへゆけないかもしれません。その場合は全額返金です。」と、散らばって座っているゲストおのおののところに出向き、説明してまわった。フィリピンで台風が発生し、その尻尾がサバにかかっていて、海が荒れているんだそうだ。
3年前にマンタナニにトライした際も、1日めは海況が悪いとの情報が現地から入っていて、KKから出ることなく、マムティック・ダイビングへ変更された。2日めも、いけるかどうか、といった出発だった。こうなると、マンタナニって東海汽船の条件付出港みたいなことが多いサイトなのかもしれない。
車がメルキュールを出発すると、工業団地や集落がたまに現れる程度で、本格的な田舎になる。やがて田んぼが広がりはじめる。日本の米どころと同じような感じだが、椰子の木やバナナがあったりするところが違う。5月はカマタンフェスティバル、サバの収穫祭の月であるが、いまのところ田んぼは青々。休耕田とおぼしきところも多かった。去年のカマタン時期には、「サバは今収穫祭だけど、米がない」と言っていた。今年はどうなんだろう。休耕田ぽいところもかなり多いので、収穫量はあんまりないんだろうな。KKのマーケットでも、サバ米は、あまり安くないが、癖がなくて、私は好きだ。
その頃には、太陽も力強くはないが、出てきてくれた。道中キナバル山は、ついさっき右に現れたと思えば、こんどは左に現れ、といった調子で、道はかなり巻き巻きしている。そして、猛スピードで走っても走っても着かない感じのコタブルへのドライブ。だんだん牛とすれ違う機会もふえてきた。なんだかなごむ。3年前は、牛が車道の真ん中に座り込み、牛さん渋滞を繰り広げていたが、今回はそれはない。
コタブルJETTYまであと15分という位置にあるガソリンスタンドでもう一度バスは止まった。どうやら、休憩目的ではなく、現地と海況確認の電話をするためみたい。このごにおよんでも、「とりあえずボートは出るけれど、波が高かったらごめんなさい。」ということだった。やっとJETTYに着くと、マンタナニ到着予定は11時頃と言われ、モデルスケジュールよりすでに45分遅れだ。
コタブルのJETTYから見るキナバル山の形は、KKから見るのと形が違う。サバ州の州旗や、ガイドブックやポストカードでよく見る、なじみのキナバル山の形ではない。裏キナバル?それにより近くて全容が見える感じだ。
さて、JETTYの入り口には、簡易なトイレが3つできていた。民家のスクワット型とはちがい、ビジターむけに型は洋式であるが、だいたいは水洗のノブがばかになっていて、フラッシュできない。結局、ひしゃくでため水をすくう、マニュアル水洗となる。
ところでJETTYには、先に着いていたチャイニーズ系の人がたくさんいた。ボート2ハイでゆくのだから、先に着いた人々を、さっさと乗せて行ってあげればいいのに。このJETTYで、名前を書いてサインをするだけの簡単なダイビングの免責フォームに記入するが、その後もしばらく出発する様子がない。いつ出かけるのか、まったく沙汰がなく、これまでのピックアップ状況といい、サービスの段取りの悪さが露見してきた。そして唐突に出発となった。海は見た目、大して荒れてそうにないが、ボートがいったん走り出すと、そこそこうねりはあった。ダイビングインストラクターだと名乗る、これまた普通のお兄さんとだべりながら、島へむかう。なんでも、「きのうはボートで15分走ったところで、波が4m以上あったから戻ってきたんだ」などと言っている。これだけ時間をかけてきて引き返すのはごめんだ。しかし、前方にはマンタナニ、後方にはキナバル山をみながら、ボートは揺れつつも順調に走り、島はどんどん近づいてきた。
KKでは正味2日しか時間がない。
1日は、島にもゆきたいし、できれば圧縮空気も吸っておきたい。
KKから15分のマムティック島にゆくか、約2時間半のマンタナニにゆくか悩んだ。
マムティックは、昔、ボルネオ・ダイバーズでIDCを受けたり、PADIのPROJECT AWAREで水中ゴミ拾いをしたり、マクロを楽しんだり、いろいろと思い出のある島だ。
マンタナニにはかつて、ダイバーとたわむれるニッキーというジュゴンの男の子がいた。3年前のことだ。マンタナニでジュゴンと泳げることを、元シパダンのスタッフから聞き、あわててマンタナニ計画をたてたが、そのあとわずか1ヶ月半ほどで、「ジュゴンいなくなっちゃいました」と知らされた。人々の間では、ジュゴンはマンタナニの海草を食べつくして別の海域に移ってしまったとか、ボートにひかれて死んでしまったと、いろいろ噂された。ジュゴンがいないことを承知で、06年6月にマンタナニに潜ったが、パッとしなかったことは否めない。
それでも、南の島らしさを満喫するなら、安くて近いマムティックよりは、遠くて高いマンタナニかなとという思い込みだけで、マンタナニゆきを決めた。
さて、5月4日にマンタナニへ行きたかったのだが、ダイビングサービスから5日にしてくれと言われた。6日の午前中にはKKから飛び立つ予定なので、5日なら午前中1ダイブがやっとだ。別にマンタナニのダイビングに執着はないので、1ダイブでかまわないし、午後はシュノーケリングをすればいいやと、5日でOKした。
5日の朝、6時すぎに起きると雨。雨はほとんど止んでいたが、できることなら出かけるのをやめてしまいたいと思わせるグルーミーという言葉がぴったりの朝だった。ジェッセルトンホテルの宿泊代金には朝食が含まれているので、6時20分頃レストランにゆくが、入り口には誰もおらず、中も薄暗い。まだやってないのかな、と数秒棒立ちになっていたら、ウェイトレスが出てきた。基本はアメリカン・ブレックファストで、それが一番高額メニューなのだが、トーストや卵料理といった気分ではない。前はお粥やミースープがあったが、今の朝メニューにはなかった。かわりにクリスピー・フライドヌードルをお願いした。前日のメルキュールの朝食がショックなくらいおいしくなかったので、今朝は、薄味ではあるが、無難においしくいただけた。こぢんまりとしたホテルのレストランだけに、バフェではなく、オーダーしてから暖かいものを作ってくれるところがよい。
↓携帯でとってぼやけたヌードルと、レストランからの眺め。どんより。
レストランから部屋に戻ったのが7時頃。きのう買ったマンゴを食べたり、ミネラルウォーターを飲んだりしていたら、すぐに時間がたった。この時点になって、朝食にはコーヒーとオレンジジュースがついていたし、水分の取りすぎになっていることに、はたと気づいた。マンタナニへは、まずKKから車でコタブルという町まで90分走り、コタブルのJETTYからスピードボートで45分かかる。今のタワウ空港からマブールよりも時間がかかるのだ。前回は、途中で寄ったトゥアランのシャングリラ・ラサ・リアで、皆ぞろぞろとトイレを借り、さらに、コタブルのJETTYでは民家のトイレを借りたことを思い出した。民家の人はとても親切だったけど、トイレは伝統的なマレースタイルだったので、きつかった。中にはこれなら我慢すると、トイレに入らなかった人もいたほどだ。トイレに行かないですむよう、不要に水分はとらないようにしよう、と思っていたのをすっかり忘れていたが、時すでに遅し、だ。
ダイビングサービスからのピックアップは、7時40分の約束だった。時間どおりにロビーへ降りるが、まだ迎えは来ていない。ソファにすわり、5分、10分と待ちぼうけ。別に急ぐこともないしと、寛大な気持ちで待つことにした。だいぶ待ったあと、いかにもマリンスポーツ斡旋してます、っていう風体の、色黒のごつめのお兄さんが、勢いよく入ってきた。普通、オプションやらマリンスポーツの出迎えの人って、会った瞬間に、お互い、こいつに違いない!と、通じ合うことが多いのに、どうもむこうのりアクションがない。今思えば、きっと私は、彼がピックアップに来たお客と、性別か国籍が明らかに違ったのだろう。でも、他にロビーにゲストがいないので、こちらから声をかけると、「カヤック?」と聞かれて違うことが判明。私は迎えが来ず、彼は客が来ないといった状況だ。天気のせいもあり、いっそこのまま迎えが来ないのなら、来ないでいいや、ってな気持ちになってきた。8時すぎたら撤収しようかな、なんて考えはじめたが、まさに8時、こんどはいかにも、僕はスキューバの仕事に携わってます、っていう風体ではあるが、薄い顔立ちの無難なお兄さんがやってきた。「ジャムがすごくて~」とひととおり謝られた。KKの平日朝夕の渋滞は、毎度のことだろう、とは思ったが、そのときは「ザッツオーケー」と答える寛大な私だった。こうしてようやくジェッセルトンを出たとき、カヤックのお兄さんは、まだゲストに会えずに右往左往していた。
迎えのバスに乗り込むと、車内はキンキンに冷えていた。すでに先客が5人。浅黒い西アジア系カップルと西洋人熟年カップル、あとは日本人女性がひとりが乗っていた。いちおうまとめて「ぐっどもーにんぐ」と挨拶をするが、リアクションがない。挨拶できないダメ大人たちに、ちょっとムッとする。
KKの町を出ると、西海岸っぽい(と私は思う)椰子の木が整然と立ち並ぶ海沿いの道になる。バスはとばしまくるが、常時、ギー、ギュー、グォーといったものすごい音が床下から鳴り続けてくる。車軸は大丈夫なのかしら、どこかのバスみたいに炎上したりしないのかしら、と、ちょっと不安になる音だ。普通の車からはこんな音は出ない。外観はきれいに塗装してあるが、車体はそうとうボロとみた。
ジェッセルトンを出るとき、薄顔スタッフに「もう1件ホテルに寄ります。」と言われていたが、そのホテルに着く前に、車はガソリンスタンドで止まった。まだ早いけれど、せっかくだし、備えあれば憂えなし、トイレに寄る事にしよう。スタンド内のコンビニに入り、「トイレどこですか?」とたずねると、店員の女性が親切に裏にあるトイレまで案内してくれた。ところが鍵がかかっていて入れない。中にいるのは、このコンビニのスタッフらしい。店員はドアをノックしながら、「エナ!空けてちょうだい!お客さんが待っているのよ!」とせかしてくれている。中のエナという人は、「もう片方を使えばいいのよ!」と言い返してくる。隣のトイレは男性用で、そんなことはかまわないが、「隣もふさがってるの!出てきなさい」と店員。買い物もしていないのに申し訳ない。中のエナは、どうもシャワー中らしい。店員は、「外で人が待ってるんだから、早く出てきなさいよ!」と言い残し、ごめんなさいね、という顔をして戻っていった。そのあと、隣の男性用トイレを借用するスキを伺うが、そちらも一人出たと思えばまた入る、切れ目ない状態なので、私が割って入る余地はない。それでもエナは出てこない。こんどは店員の男の子が通りかかり、「空いてないの?」と聞くのでうなずいたら、また激しくノックをし、「エナ、あけなさい!」とはじまった。またエナが、「隣のトイレがあるでしょ!」と同じことを言ってくる。「隣も使用中なんだよ!早く出ろよ!」という応戦を3分くらい繰り返す。男の子は根気よく説得にあたってくれたが、ついにエナが降伏することはなかった。店員たちが誰が中にいるかわかっていて、しつこく出るように言うなんて、もしかすると、エナは常習的なトイレ立てこもり癖があるんだろうか?結局、エナが出てくる気配はなく、私も切羽詰まってるわけでもないので、皆を待たせても悪いしと思ってバスに戻った。コンビニよりは快適であろうホテルのトイレにゆく方がよい。みんなを待たせてしまったかな、と思ったが、バスにはまだ全員が戻ってはいなかった。
さて、もう1件のホテルとは、きのう私がチェックアウトしたメルキュールだった。メルキュールのトイレはロビーにはなく2階にある。不便。2階だから、階段を駆け上がりたいところだが、見当たらないので、エレベーターに走る。昇りはエレベーターのドアがまさにしまるところだったが、中にいた白人の女性は、親切にあけてくれた。トイレからはすばやく出るも、こんどは下りのエレベーターがなかなか来ない。朝のチェックアウトラッシュだから、仕方ないが、みんなを待たせてしまう、といらいらいら。やっと来たエレベーターは、荷物をもったチャイニーズ系で、ほぼ満員になっていたが、止まったからには乗れるはずと、なんとか乗り込む。早く戻らなきゃ、と早足でロビーをすりぬけたが、その必要はなかった。私がトイレに走る前に、薄顔スタッフとゲストは合流していたわりには、まだロビーにいた。
全員がバスに乗ると、薄顔スタッフが、「これからコタブルのJETTYに向かいますが、波が高ければ、マンタナニへゆけないかもしれません。その場合は全額返金です。」と、散らばって座っているゲストおのおののところに出向き、説明してまわった。フィリピンで台風が発生し、その尻尾がサバにかかっていて、海が荒れているんだそうだ。
3年前にマンタナニにトライした際も、1日めは海況が悪いとの情報が現地から入っていて、KKから出ることなく、マムティック・ダイビングへ変更された。2日めも、いけるかどうか、といった出発だった。こうなると、マンタナニって東海汽船の条件付出港みたいなことが多いサイトなのかもしれない。
車がメルキュールを出発すると、工業団地や集落がたまに現れる程度で、本格的な田舎になる。やがて田んぼが広がりはじめる。日本の米どころと同じような感じだが、椰子の木やバナナがあったりするところが違う。5月はカマタンフェスティバル、サバの収穫祭の月であるが、いまのところ田んぼは青々。休耕田とおぼしきところも多かった。去年のカマタン時期には、「サバは今収穫祭だけど、米がない」と言っていた。今年はどうなんだろう。休耕田ぽいところもかなり多いので、収穫量はあんまりないんだろうな。KKのマーケットでも、サバ米は、あまり安くないが、癖がなくて、私は好きだ。
その頃には、太陽も力強くはないが、出てきてくれた。道中キナバル山は、ついさっき右に現れたと思えば、こんどは左に現れ、といった調子で、道はかなり巻き巻きしている。そして、猛スピードで走っても走っても着かない感じのコタブルへのドライブ。だんだん牛とすれ違う機会もふえてきた。なんだかなごむ。3年前は、牛が車道の真ん中に座り込み、牛さん渋滞を繰り広げていたが、今回はそれはない。
コタブルJETTYまであと15分という位置にあるガソリンスタンドでもう一度バスは止まった。どうやら、休憩目的ではなく、現地と海況確認の電話をするためみたい。このごにおよんでも、「とりあえずボートは出るけれど、波が高かったらごめんなさい。」ということだった。やっとJETTYに着くと、マンタナニ到着予定は11時頃と言われ、モデルスケジュールよりすでに45分遅れだ。
コタブルのJETTYから見るキナバル山の形は、KKから見るのと形が違う。サバ州の州旗や、ガイドブックやポストカードでよく見る、なじみのキナバル山の形ではない。裏キナバル?それにより近くて全容が見える感じだ。
さて、JETTYの入り口には、簡易なトイレが3つできていた。民家のスクワット型とはちがい、ビジターむけに型は洋式であるが、だいたいは水洗のノブがばかになっていて、フラッシュできない。結局、ひしゃくでため水をすくう、マニュアル水洗となる。
ところでJETTYには、先に着いていたチャイニーズ系の人がたくさんいた。ボート2ハイでゆくのだから、先に着いた人々を、さっさと乗せて行ってあげればいいのに。このJETTYで、名前を書いてサインをするだけの簡単なダイビングの免責フォームに記入するが、その後もしばらく出発する様子がない。いつ出かけるのか、まったく沙汰がなく、これまでのピックアップ状況といい、サービスの段取りの悪さが露見してきた。そして唐突に出発となった。海は見た目、大して荒れてそうにないが、ボートがいったん走り出すと、そこそこうねりはあった。ダイビングインストラクターだと名乗る、これまた普通のお兄さんとだべりながら、島へむかう。なんでも、「きのうはボートで15分走ったところで、波が4m以上あったから戻ってきたんだ」などと言っている。これだけ時間をかけてきて引き返すのはごめんだ。しかし、前方にはマンタナニ、後方にはキナバル山をみながら、ボートは揺れつつも順調に走り、島はどんどん近づいてきた。