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ぽかぽか春庭「長倉洋海写真展その先の世界へ」

2015-06-05 00:00:01 | エッセイ、コラム


20150606
ぽかぽか春庭アート散歩>つゆどきアート(4)長倉洋海写真展in吉祥寺美術館

 5月31日、下北沢で演劇を見たあと、井の頭線で吉祥寺へ行きました。吉祥寺美術館で開催中の長倉洋海写真展を見るためです。

 長倉さんの写真展、フォトスタジオの写真展だったり、公共ホールでの写真展だったり、機会があえば、折に触れて見てきました。一番好きな写真家のひとりです。
 夫が持っていた『地を這うように 長倉洋海全写真1980-96』(新潮社)を見たことが、長倉を知るきっかけでした。『フォト・ジャーナリストの眼』(1992岩波新書)を読み、そのあとアフガンのマスードものを読みました。

それ以来、追っかけで写真展に足を運んできました。最初に行ったときに来訪者目録に住所氏名を書いたら、その後律儀に写真展の案内状を送ってくれます。写真を購入することなどないし、写真集も、たいてい大きな版で重い本が多いので、図書館で借りることがほとんどです。

 長倉さんの写真集は『ともだち』『鳥のように、川のように-森の哲人アユトンとの旅』などを買いました。(すみません、古本屋で購入したので、長倉さんに印税払っていません)そんな程度のファンなのに、毎回写真展開催のご案内ハガキをいただきありがたいです。
 今回の吉祥寺美術館では、写真集『その先の世界へ』の中からピックアップされた写真が展示されていました。

吉祥寺美術館の受付の人が、「こちらのパネルポスターは撮影できます」と言ってくれたので、撮りました。


 吉祥寺美術館のイベント、探検家関野吉晴とのトークショウが開催されるというので、申し込みをしましたが、すでに満員でした。定員90名のところ、キャンセルを見越して100名以上の先着予約をしてあるので、キャンセル待ちはなし、ということで、残念無念。長倉事務所から展覧会のお知らせが来た時点で予約だけでもしておけばよかった。

 「その先の世界へ」は、チベット、パプアニューギニア、モザンビークなど、いわゆる辺境と呼ばれる地域の人々を見つめた写真が多い。長倉さんの撮影方法は、マスードにしろ、南米の少女へスースにしろ、親密な人間関係を築いてから撮影をするという方法なので、どの写真の人物も、とても美しい表情をしている。戦火で家族を失った人の悲痛な顔であっても、長倉洋海はその苦しみや悲しみを「人間の尊厳の美しさ」と受け取られるように撮影していると感じられるのです。それは、人間を見つめる目の確かさを長倉が持ち合わせているからだと思います。



 写真の技術的な面について、素人の私にはわからないのですが、いつも「美しい」と思える数葉に出会えます。写されている風景が美しいというのもありますが、「人間はかくも美しい存在である」ということに心打たれるのです。悲しい顔の人も映っています。内戦を経たスリランカの人。厳しい砂漠の生活を続けるサハラ砂漠ボロロ遊牧民。パプアニューギニアで伝統舞踊のシンシンを踊る人たちも、実は伝来の土地を失ったり、もはや伝統行事を地域で開催する力を失った人々もいる。シンシンの踊り手の顔、なんだか悲壮に感じました。でも、せいいっぱい鳥の羽や貝がらで着飾った彼らの姿、美しい。

 長倉は、美しさを求めてシャッターを切ったのではないかもしれない。ただ、彼がふれあった人々の真実を写そうとしたのかもしれません。
 彼がシャッター押した瞬間の輝きを、私は美しさとして感じるのだろうと思います。



<つづく>
コメント (2)
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