20150616
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>2003三色七味日記6月(7)2003年のめぐり逢う時間たち
2003年の三色七味日記再録を続けています。
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2003/06/27 金 晴れ
ジャパニーズアンドロメダシアター>『めぐり逢う時間たち』
ビデオ、会話3コマ。
夕ご飯、有楽町駅前の可口飯店でタイ風やきそばと春巻きを食べる。バンコクに本店があるコカレストランの支店。たぶんバンコクの華僑が始めたのであろう、タイ風味の中華。昭和初期に建てられたらしい古い3階建てビルをそのまま使って、内装も古くてぼろいままで経営している。中国の食堂を思い出す。
タイスキが名物らしいが、フォーを炒めた焼きそばにナンプラーをかけて食べた。春巻きが辛かったので、ついビールを頼んだ。ビール飲んで眠くなると困ると思いつつ。
レジにいたのは、オーナーかマネジャーか、いかにも「若い頃はさんざん遊びまくったけれど、今はこのレストラン経営で青年実業家にのしあがろうとしているのさ」という雰囲気の30代くらいの男。野心をソフトさで押し包んではいるが、抜け目のなさは見え見え、という感じだった。
有楽町ピカデリーで「めぐりあう時間たち」を見た。ドア前に並んで、入場したけれど、中はがらがら。最終上映時間で、10分くらい予告編を見た。ディズニーの『カリブの海賊』の予告に、ゾンビみたいのがでてきてとても怖かったので、次のホラー映画の予告になったとき、目をつぶって画面を見ないようにした。そして目をあけたら、なんと『めぐり逢う時間たち』本編は半分終わっていた。
ヴァージニアウルフが小鳥の葬式をするシーンからみた。ストーリーはおおよそ知っていたけれど、なんてこった。
エイズで死にかけている詩人のメークと、最後にでてくる年老いてからのローズブラウンのしわ顔メークがすごいと思っただけ。半分寝ていておもしろくなかったというのもなんですが、あんまりおもしろくなかった。メリルストリープはいつものメリル演技だし。
ニコールキッドマンが主演女優賞をとったことが、この映画のウリ?キッドマンの主演作では『ある貴婦人の肖像』を見たことがある。
ヴァージニア・ウルフは、もっと四角い感じの女というイメージがあったので、ニコールキッドマンでは線が細すぎる気がした。しかるに、私とてヴァージニアの実物をみたわけじゃなくて、本の扉についていた写真をみてそう思っただけ。
考えてみるに、私がヴァージニアウルフの名前で思い出すのは映画で見た『ヴァージニアウルフなんか怖くない』であって、読んだことのあるウルフの作品は、英文学の授業で読んだ『幕間』だけだった。『幕間』も、翻訳の順番が回ってきたので、翻訳本を買い、なんとか自分の翻訳の割り当てをこなした、というだけの読書だった。このとき、「翻訳の順番がまわってくるのが怖い→ヴァージニアウルフがこわい→ヴァージニアウルフなんかこわくない」ということで、ヴァージニアウルフときたら、映画でエリザベステーラーがわめいていた顔と結びついてこわい四角い女というイメージができあがったのだろう。
主人公3人の女のうち、1949年の「平凡な主婦の人生にあきたらないローズ」が、2001年のエイズ詩人の母だったというのが最後にわかるってとこだけが「へー3つ」。小説執筆の中で精神の平衡を失い、入水自殺するヴァージニアも、第2子を産む前に自殺しようとして果たせなかったローズも、10年レズビアン同棲を続け、人工授精で生んだ娘とは別居している編集者のクラリッサも、中途半端にしか描かれていないという感想。3つの時間の交錯は何の相乗効果もない。三つのオムニバスを並べた方がまし。
クラリッサが幸福について語ることば「あるすばらしい朝、私はこれから幸福がはじまると感じた。でもそれはちがった。はじまるんではなく、その瞬間こそが幸福そのものだったのだ」それは、とてもよくわかる。人生のあらゆる瞬間。幸福を感じ取るべき瞬間が訪れる。幸福を感じとれるか感じ取れないかは、人による。
ローズは模範的な亭主にも、母を慕う息子にも幸福を感じられなかった。これから生まれる赤ん坊にも。彼女は出産を終えると家族を捨てて、カナダの図書館に仕事をみつけた。図書館で働く人生は、人形のように夫に愛され、ふたりの子どもを育てる人生より幸福だったろうか。しわを強調したメークからは、人生の荒廃と退屈と孤独だけが感じられて、現在が満ち足りた幸福な生活であるようには見えない。
それでも彼女自身が決定して選んだのだから、悔いはないのだろう。母に捨てられたトラウマを抱えたまま、窓から身を投げた息子のリチャードは、リチャードの人生を自分で作り上げるしかなかったのだろうし、ローズはローズの人生を自分でえらぶしかない。アメリカの母と子の人生。
本日のうらみ:ビールめ、ホラー映画め
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20150616
『めぐりあう時間たち』を、私は都合3回見ました。2003年6月に有楽町ピカデリーで、2003年10月に飯田橋ギンレイホールで、そして、もう一度、テレビ放映で見たのか図書館のDVDで見たのか忘れたのだけれど。
私は演劇でも映画でも舞踊でも見巧者として見ることがなく、いつもミーハーとして見るだけなので、4度めに『めぐりあう時間たち』を見たとしても、この映画を十分に理解することができないんじゃないかな。相変わらず『ダロウェイ夫人』を読んでいないし、LGBTについての理解も深まっていないし。クラリッサがダロウェイ夫人のファーストネームであるってことすら、知りませんでした。
2001年のアメリカのクラリッサにも、50年代のローラにも、20年代のイギリスのヴァージニアにも、感情移入も共感もできないので、映画を作った人たちには、すみませんねぇ、理解の足りない鑑賞しかできなくて、と思います。
私のように、母親としても教師としても中途半端な類型役割を演じることでかつかつ生きてきた女は、良妻賢母ロールをきっぱりうち捨てて一人で生きることを選んだローラの孤高からもっとも遠い者であるだろうと感じるけれど、まあ、私のショーモナサは、今も2003年もカワリがないということだけが、確かなことで。
それにしても、12年前の金曜日の夕食、私はどうして一人で有楽町可口飯店で食べて一人でビール飲んだのでしょう。さっぱり思い出せません。
<つづく>
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>2003三色七味日記6月(7)2003年のめぐり逢う時間たち
2003年の三色七味日記再録を続けています。
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2003/06/27 金 晴れ
ジャパニーズアンドロメダシアター>『めぐり逢う時間たち』
ビデオ、会話3コマ。
夕ご飯、有楽町駅前の可口飯店でタイ風やきそばと春巻きを食べる。バンコクに本店があるコカレストランの支店。たぶんバンコクの華僑が始めたのであろう、タイ風味の中華。昭和初期に建てられたらしい古い3階建てビルをそのまま使って、内装も古くてぼろいままで経営している。中国の食堂を思い出す。
タイスキが名物らしいが、フォーを炒めた焼きそばにナンプラーをかけて食べた。春巻きが辛かったので、ついビールを頼んだ。ビール飲んで眠くなると困ると思いつつ。
レジにいたのは、オーナーかマネジャーか、いかにも「若い頃はさんざん遊びまくったけれど、今はこのレストラン経営で青年実業家にのしあがろうとしているのさ」という雰囲気の30代くらいの男。野心をソフトさで押し包んではいるが、抜け目のなさは見え見え、という感じだった。
有楽町ピカデリーで「めぐりあう時間たち」を見た。ドア前に並んで、入場したけれど、中はがらがら。最終上映時間で、10分くらい予告編を見た。ディズニーの『カリブの海賊』の予告に、ゾンビみたいのがでてきてとても怖かったので、次のホラー映画の予告になったとき、目をつぶって画面を見ないようにした。そして目をあけたら、なんと『めぐり逢う時間たち』本編は半分終わっていた。
ヴァージニアウルフが小鳥の葬式をするシーンからみた。ストーリーはおおよそ知っていたけれど、なんてこった。
エイズで死にかけている詩人のメークと、最後にでてくる年老いてからのローズブラウンのしわ顔メークがすごいと思っただけ。半分寝ていておもしろくなかったというのもなんですが、あんまりおもしろくなかった。メリルストリープはいつものメリル演技だし。
ニコールキッドマンが主演女優賞をとったことが、この映画のウリ?キッドマンの主演作では『ある貴婦人の肖像』を見たことがある。
ヴァージニア・ウルフは、もっと四角い感じの女というイメージがあったので、ニコールキッドマンでは線が細すぎる気がした。しかるに、私とてヴァージニアの実物をみたわけじゃなくて、本の扉についていた写真をみてそう思っただけ。
考えてみるに、私がヴァージニアウルフの名前で思い出すのは映画で見た『ヴァージニアウルフなんか怖くない』であって、読んだことのあるウルフの作品は、英文学の授業で読んだ『幕間』だけだった。『幕間』も、翻訳の順番が回ってきたので、翻訳本を買い、なんとか自分の翻訳の割り当てをこなした、というだけの読書だった。このとき、「翻訳の順番がまわってくるのが怖い→ヴァージニアウルフがこわい→ヴァージニアウルフなんかこわくない」ということで、ヴァージニアウルフときたら、映画でエリザベステーラーがわめいていた顔と結びついてこわい四角い女というイメージができあがったのだろう。
主人公3人の女のうち、1949年の「平凡な主婦の人生にあきたらないローズ」が、2001年のエイズ詩人の母だったというのが最後にわかるってとこだけが「へー3つ」。小説執筆の中で精神の平衡を失い、入水自殺するヴァージニアも、第2子を産む前に自殺しようとして果たせなかったローズも、10年レズビアン同棲を続け、人工授精で生んだ娘とは別居している編集者のクラリッサも、中途半端にしか描かれていないという感想。3つの時間の交錯は何の相乗効果もない。三つのオムニバスを並べた方がまし。
クラリッサが幸福について語ることば「あるすばらしい朝、私はこれから幸福がはじまると感じた。でもそれはちがった。はじまるんではなく、その瞬間こそが幸福そのものだったのだ」それは、とてもよくわかる。人生のあらゆる瞬間。幸福を感じ取るべき瞬間が訪れる。幸福を感じとれるか感じ取れないかは、人による。
ローズは模範的な亭主にも、母を慕う息子にも幸福を感じられなかった。これから生まれる赤ん坊にも。彼女は出産を終えると家族を捨てて、カナダの図書館に仕事をみつけた。図書館で働く人生は、人形のように夫に愛され、ふたりの子どもを育てる人生より幸福だったろうか。しわを強調したメークからは、人生の荒廃と退屈と孤独だけが感じられて、現在が満ち足りた幸福な生活であるようには見えない。
それでも彼女自身が決定して選んだのだから、悔いはないのだろう。母に捨てられたトラウマを抱えたまま、窓から身を投げた息子のリチャードは、リチャードの人生を自分で作り上げるしかなかったのだろうし、ローズはローズの人生を自分でえらぶしかない。アメリカの母と子の人生。
本日のうらみ:ビールめ、ホラー映画め
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20150616
『めぐりあう時間たち』を、私は都合3回見ました。2003年6月に有楽町ピカデリーで、2003年10月に飯田橋ギンレイホールで、そして、もう一度、テレビ放映で見たのか図書館のDVDで見たのか忘れたのだけれど。
私は演劇でも映画でも舞踊でも見巧者として見ることがなく、いつもミーハーとして見るだけなので、4度めに『めぐりあう時間たち』を見たとしても、この映画を十分に理解することができないんじゃないかな。相変わらず『ダロウェイ夫人』を読んでいないし、LGBTについての理解も深まっていないし。クラリッサがダロウェイ夫人のファーストネームであるってことすら、知りませんでした。
2001年のアメリカのクラリッサにも、50年代のローラにも、20年代のイギリスのヴァージニアにも、感情移入も共感もできないので、映画を作った人たちには、すみませんねぇ、理解の足りない鑑賞しかできなくて、と思います。
私のように、母親としても教師としても中途半端な類型役割を演じることでかつかつ生きてきた女は、良妻賢母ロールをきっぱりうち捨てて一人で生きることを選んだローラの孤高からもっとも遠い者であるだろうと感じるけれど、まあ、私のショーモナサは、今も2003年もカワリがないということだけが、確かなことで。
それにしても、12年前の金曜日の夕食、私はどうして一人で有楽町可口飯店で食べて一人でビール飲んだのでしょう。さっぱり思い出せません。
<つづく>