住吉地区は、上田市役所の北東約3kmのところ
上信越自動車道上田菅平インターチェンジの北側の地区です
県道18号線から市道を北へ高速道路の高架を潜って間もなく
道路左手に東條健代神社が鎮座します
神社入口を入って鳥居前に
車を止める事が出来ます


神社入口の鳥居です

鳥居です

鳥居の額です



鳥居右手のケヤキの大木です
このケヤキが境内で一番太いようです



更に右奥の2本です




鳥居左手のケヤキ3本です

上田市指定保存樹林、指定番号第15号の表示版です

水盤です

拝殿です

本殿です
覆屋根のしたに華麗な彫刻を見る事が出来ます

説明版です
東條健代神社(とうじょうたけしろじんじゃ)
古くは諏訪大明神といい、嘉永元年4月現在の名に改称。
祭神は建御名方命、八坂刀売命である。由緒・創建年月と
も不明。境内社に天満社、端津姫社、稲荷社、駒形社、子安
社がある。明治6年4月村社となった。大正4年4月秋葉社
、熊野社、白山社、蚕影社、皇大神社、山神社2社を合祀し
た。本社、拝殿、祝詞殿、社務所、鳥居を備え、長島・金剛
寺両の中間に位置し宮山を背に904坪の境内は欅の巨
木が何本もあり、幽寂なたたずまいである。元和9(162
3)年長島村と金剛寺村に分かれ前は東條村であったため両
村の神社となっている。現本殿は寛政8年(1796)完成
、総欅造り。彫刻の華麗さは神科地区に類がない。
平成29年11月 神科まちづくり委員会

社殿の右手の建物は神楽殿(舞殿)でしょうか




拝殿前から最初のケヤキ(鳥居右手)を見ました




同じケヤキの南東側からです、目通り6,1mの巨木です



境内右端(更に奥の二本の右側)のケヤキです



神楽殿の右側のケヤキです
では、次へ行きましょう

上信越自動車道上田菅平インターチェンジの北側の地区です
県道18号線から市道を北へ高速道路の高架を潜って間もなく
道路左手に東條健代神社が鎮座します
神社入口を入って鳥居前に



神社入口の鳥居です


鳥居です


鳥居の額です




鳥居右手のケヤキの大木です





更に右奥の2本です





鳥居左手のケヤキ3本です


上田市指定保存樹林、指定番号第15号の表示版です


水盤です


拝殿です


本殿です



説明版です
東條健代神社(とうじょうたけしろじんじゃ)
古くは諏訪大明神といい、嘉永元年4月現在の名に改称。
祭神は建御名方命、八坂刀売命である。由緒・創建年月と
も不明。境内社に天満社、端津姫社、稲荷社、駒形社、子安
社がある。明治6年4月村社となった。大正4年4月秋葉社
、熊野社、白山社、蚕影社、皇大神社、山神社2社を合祀し
た。本社、拝殿、祝詞殿、社務所、鳥居を備え、長島・金剛
寺両の中間に位置し宮山を背に904坪の境内は欅の巨
木が何本もあり、幽寂なたたずまいである。元和9(162
3)年長島村と金剛寺村に分かれ前は東條村であったため両
村の神社となっている。現本殿は寛政8年(1796)完成
、総欅造り。彫刻の華麗さは神科地区に類がない。
平成29年11月 神科まちづくり委員会

社殿の右手の建物は神楽殿(舞殿)でしょうか





拝殿前から最初のケヤキ(鳥居右手)を見ました





同じケヤキの南東側からです、目通り6,1mの巨木です




境内右端(更に奥の二本の右側)のケヤキです




神楽殿の右側のケヤキです

では、次へ行きましょう

