岩下地区は、上田市役所の南東約5kmのところ
千曲川右岸としなの鉄道に挟まれた地区です
住宅地の北側田圃に面して天神宮が鎮座します
北側道路脇に車を止めさせて頂きました
南側からの参道入口?でしょうか
子供さんとお母さん達が拝殿前の公園で遊んでいたので拝殿の写真は無しです
境内社殿の南側に目的のケヤキが在ります
本殿です
説明版です
天神社(天満宮)
鎮座地 長野県上田市岩下字岩谷堂117番地
本殿 一間社流れ造り杮葺両開桟唐戸
「柱と柱の間が一間の本殿」
覆屋 一間三面吹き放し茅葺切妻平入
「本殿を保護する為の建屋」
「現在の覆屋は昭和51年に銅板に葺替」
御神体 天神様「胴体は石造り頭部は木造で胴体に押入」
祭神 菅原道真公
拝殿 五間三面 切妻造 平入散瓦葺 舞台造り
「拝殿は慶応4年(1868年)に建設され芝居の
舞台にも使用され、明治22年の神川村の初議会等の
仮議場にも使用されました。」
創建年 両殿とも不詳「右は本殿の判読出来る棟札(祈願札)
で文政2年(1819年)と記載」
祈願札 「奉再建天満宮本殿並表屋社頭康栄郷中繁栄擁護祈啓」
注釈 お宮様と郷中(村民)の健康と繁栄をお守り下さる様に
本殿と表屋を再建し敬ってお祈りいたします。
由来
天神社(天満宮)は平安時代に実在した菅原道真公を学問の神様
として広く崇拝されています。道真公の神霊に対する「天神信仰」
と「怨霊神」として恐れて怒りを鎮めてくれるよう祈り「雷おも従
える天の神様」として又、大地に恵みを齎すことを願って、「火雷
天神」と名付けられたといわれています。
岩下郷は鎌倉時代の豪族、海野氏の領内地として神川を西境にし
たとの記録があります。当時の信仰として天神社が勧請され元禄時
代から戦前までの天神講として地元では毎月24日に当番でお祭り
が行なわれていました。現在は毎年4月にお祭りを行っております。
社殿に彫られている神紋は菅原道真家の家紋の梅鉢です。
社殿の横の二本の欅の大木は推定樹齢千数百年といわれ長野県で
も二番目の大木として上田市の天然記念物として指定されています
。なお社殿前の槐の木は更に古いともいわれています。
平成22年11月 岩下自治会・岩下ふるさと文化保存会
南東側から見ました
天然記念物標柱です
説明版です
市指定記念物(植物)
文化財保護条例第五条の規定により左記の通り指定する
記
1、種別 記念物(植物)
1、名称 天神宮のケヤキ
1、所在地 上田市岩下117番地
1、指定年月日 昭和52年3月12日
東西に並ぶ二本のケヤキの大木は、東側が樹高約12m
目通り周囲10,8m、西側のそれが約13mと10,5
mである。
いずれも樹幹中心に落雷の跡が歴然としており中央部は
空洞化しているが、まわりの樹皮が発達し成育している。
東側の一本は、根本から独立した一本の幹があり、その
目通り周囲は3,3m、樹勢も旺盛である。
この二本の大木は、推定樹齢が千数百年として市内でも
最古の大木と考えられることから貴重な存在である。
昭和52年3月 上田市教育委員会
南西側から
西側から
北側からの本殿です
北側の道路から見ました
では、次へ行きましょう
千曲川右岸としなの鉄道に挟まれた地区です
住宅地の北側田圃に面して天神宮が鎮座します
北側道路脇に車を止めさせて頂きました
南側からの参道入口?でしょうか
子供さんとお母さん達が拝殿前の公園で遊んでいたので拝殿の写真は無しです
境内社殿の南側に目的のケヤキが在ります
本殿です
説明版です
天神社(天満宮)
鎮座地 長野県上田市岩下字岩谷堂117番地
本殿 一間社流れ造り杮葺両開桟唐戸
「柱と柱の間が一間の本殿」
覆屋 一間三面吹き放し茅葺切妻平入
「本殿を保護する為の建屋」
「現在の覆屋は昭和51年に銅板に葺替」
御神体 天神様「胴体は石造り頭部は木造で胴体に押入」
祭神 菅原道真公
拝殿 五間三面 切妻造 平入散瓦葺 舞台造り
「拝殿は慶応4年(1868年)に建設され芝居の
舞台にも使用され、明治22年の神川村の初議会等の
仮議場にも使用されました。」
創建年 両殿とも不詳「右は本殿の判読出来る棟札(祈願札)
で文政2年(1819年)と記載」
祈願札 「奉再建天満宮本殿並表屋社頭康栄郷中繁栄擁護祈啓」
注釈 お宮様と郷中(村民)の健康と繁栄をお守り下さる様に
本殿と表屋を再建し敬ってお祈りいたします。
由来
天神社(天満宮)は平安時代に実在した菅原道真公を学問の神様
として広く崇拝されています。道真公の神霊に対する「天神信仰」
と「怨霊神」として恐れて怒りを鎮めてくれるよう祈り「雷おも従
える天の神様」として又、大地に恵みを齎すことを願って、「火雷
天神」と名付けられたといわれています。
岩下郷は鎌倉時代の豪族、海野氏の領内地として神川を西境にし
たとの記録があります。当時の信仰として天神社が勧請され元禄時
代から戦前までの天神講として地元では毎月24日に当番でお祭り
が行なわれていました。現在は毎年4月にお祭りを行っております。
社殿に彫られている神紋は菅原道真家の家紋の梅鉢です。
社殿の横の二本の欅の大木は推定樹齢千数百年といわれ長野県で
も二番目の大木として上田市の天然記念物として指定されています
。なお社殿前の槐の木は更に古いともいわれています。
平成22年11月 岩下自治会・岩下ふるさと文化保存会
南東側から見ました
天然記念物標柱です
説明版です
市指定記念物(植物)
文化財保護条例第五条の規定により左記の通り指定する
記
1、種別 記念物(植物)
1、名称 天神宮のケヤキ
1、所在地 上田市岩下117番地
1、指定年月日 昭和52年3月12日
東西に並ぶ二本のケヤキの大木は、東側が樹高約12m
目通り周囲10,8m、西側のそれが約13mと10,5
mである。
いずれも樹幹中心に落雷の跡が歴然としており中央部は
空洞化しているが、まわりの樹皮が発達し成育している。
東側の一本は、根本から独立した一本の幹があり、その
目通り周囲は3,3m、樹勢も旺盛である。
この二本の大木は、推定樹齢が千数百年として市内でも
最古の大木と考えられることから貴重な存在である。
昭和52年3月 上田市教育委員会
南西側から
西側から
北側からの本殿です
北側の道路から見ました
では、次へ行きましょう