福岡町木舟地区は、高岡市役所の南西約12km、高岡市福岡庁舎の南南西約2kmのところ
高岡市福岡庁舎の北側の県道266号線を南西へ約500mの荒屋敷信号を左(南東)へ県道267号線です
約700mで大滝(南)信号を右(西)へ、まだまだ県道267号線です
約600mで横断歩道の有る十字路のすぐ先を左斜めの道へ
約200mで「木舟鍾泉寺のいちょう⇐」案内板があります
道路脇に車を止めさせて頂いて
ここを東へ入ります、突き当りにはガレージが有ります
突き当りの左(北)側の門の中に目的のイチョウが見えました
浄土真宗本願寺派 鍾泉寺本堂です
南西側から
南側から
説明版です
高岡市指定 天然記念物
木舟鍾泉寺のいちょう
昭和47年11月17日指定
このいちょうは、根回りで約6.5mあり、地上高2m付近のところから数本の幹に枝分かれしています。
雌のいちょうとされており、幹にはたくさんの乳柱が垂れ下がっており、古木であることをうかがい知ることができます。
このいちょうが所在する鍾泉寺は、応永2年(1886)までこの地にあったとされる宝性寺の跡地に建てられたと伝承されています。
樹齢については、宝性寺が建っていた頃まで遡る可能性が指摘されています。宝性寺が木舟の地に移転したのが、天正3年(1575)のこととされていますので、最も古く換算すれば約400年もの樹齢を誇ることになります。
また昭和13年(1938)に境内の墓地を造成した際には、大量の人骨が発見されました。この骨を巡っては、木舟城に関する戦い、あるいは天正大地震による被災者のものだとする話が伝承されています。
現在、出土地点には慰霊のための石碑が建てられています。
高岡市教育委員会
*木舟城跡は、鍾泉寺より南約500mの所に「県指定史跡・木舟城址公園」で整備されています
東側から
北側から
本堂前(西側)から見上げました
乳柱を見る事が出来ました
では、次へ行きましょう
2023年5月4日午後0時30分訪問です
高岡市福岡庁舎の北側の県道266号線を南西へ約500mの荒屋敷信号を左(南東)へ県道267号線です
約700mで大滝(南)信号を右(西)へ、まだまだ県道267号線です
約600mで横断歩道の有る十字路のすぐ先を左斜めの道へ
約200mで「木舟鍾泉寺のいちょう⇐」案内板があります
道路脇に車を止めさせて頂いて
ここを東へ入ります、突き当りにはガレージが有ります
突き当りの左(北)側の門の中に目的のイチョウが見えました
浄土真宗本願寺派 鍾泉寺本堂です
南西側から
南側から
説明版です
高岡市指定 天然記念物
木舟鍾泉寺のいちょう
昭和47年11月17日指定
このいちょうは、根回りで約6.5mあり、地上高2m付近のところから数本の幹に枝分かれしています。
雌のいちょうとされており、幹にはたくさんの乳柱が垂れ下がっており、古木であることをうかがい知ることができます。
このいちょうが所在する鍾泉寺は、応永2年(1886)までこの地にあったとされる宝性寺の跡地に建てられたと伝承されています。
樹齢については、宝性寺が建っていた頃まで遡る可能性が指摘されています。宝性寺が木舟の地に移転したのが、天正3年(1575)のこととされていますので、最も古く換算すれば約400年もの樹齢を誇ることになります。
また昭和13年(1938)に境内の墓地を造成した際には、大量の人骨が発見されました。この骨を巡っては、木舟城に関する戦い、あるいは天正大地震による被災者のものだとする話が伝承されています。
現在、出土地点には慰霊のための石碑が建てられています。
高岡市教育委員会
*木舟城跡は、鍾泉寺より南約500mの所に「県指定史跡・木舟城址公園」で整備されています
東側から
北側から
本堂前(西側)から見上げました
乳柱を見る事が出来ました
では、次へ行きましょう
2023年5月4日午後0時30分訪問です