晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

玉切り大作戦 2/12

2009-02-13 | 日記・エッセイ・コラム

2009.2.12(木)曇り

 黄砂が来ているという。良い天気のはずなんだが山が霞んでいる。砂漠というものが人災であれば、黄砂も人災である。砂漠が年々広がっているのだから黄砂も年々きつくなっているのではないか。黄砂については単に空気の汚れと言うだけでなく、病原菌やウイルス、アレルゲンなどの流入という至って迷惑な現象がある。負の部分ばかりで正の部分が無く、防ぐ手だてが無いというのがやるせない。
 さて、燃料の薪がしっかり入手できたと思ったらやたら暖かくなってきて、これもマーフィの法則かと思っているのだが、石田君に頂いた薪がほんの少し長いことに気付く。もちろんストーブにくべるものとして用意したわけでないので、さもありなんと言うところだが、半分に切ると短すぎる、帯に短しと言うところである。やむなく3/4位のところをチエンソーで切ってみるのだが、なにしろクロスコンテナにいっぱいあるのだ。そこで武蔵は考えた、荷作り用のテープで1/3位のところをしっかり縛り、端の10cmぐらいのところを一気にチエンソーで切り落とすのだ。束にするのは面倒なところがあるが切断は効率的だ。小西町でもらってきた細い木もこんな感じで、何カ所かをテープで縛り、薪の長さに切れば効率的且つそのまま保管が可能だ。Img_2094

テープで束ねて保管する。切れ端は土嚢袋に入れて保管。


それにしてもチエンソーというのは枯れ木には弱い、如何に生の間に処理をすべきかが問題なのだが、木小屋が出来ないことには始まらない。

今日のじょん:忠犬は存在するか?(6)
 習慣、訓練、本能以上の行動は無いのじゃないかという私の考えには、多くの愛犬家の批判がありそうだ。里見八犬伝以来、犬と人間の関わりには仁義礼智云々といったいわゆる人間独特の精神構造が犬にもあるように錯覚されてきた。忠犬ハチ公に代表される映画や物語が放映、出版され、多くの人々が感動し、涙した。しかし私はハチ公が亡き主人を慕って渋谷駅に通ったとは思えない。ただ、そういう習慣があったということなのではないか。
 先日これもテレビ番組で、いつも一緒に行動しているおじさん(飼い主ではない)が転落し、気絶してしまったというのがあった。犬は家に帰って奥さんにワンワン吠えて急を知らし、おじさんは九死に一生を得たという美談なんだが、果たしてこの犬は、「主人が大変だ、奥さんに知らせて救出してもらわなければ」と考えただろうか? つづく。

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看板大作戦 2/11

2009-02-13 | 日記・エッセイ・コラム

2009.2.11(水・祝)曇り、雨

 様々な方から店の看板を作るように言われ、昨年秋に東側予告看板を作製、そして西側の予告看板も9割9分出来上がった。地主さんとの打ち合わせもあるが、なんとか2月下旬までには立てたい。Img_2090

綾部側に立てる予定の予告看板

そしていよいよメインの店の看板である。銀杏の一枚板を村上建設さんにプレゼントしてもらって一年近くなる。先日支柱となる大木も調達したし、いよいよ着工というところか。最初は風見鶏など立てておしゃれに仕上げるつもりであったが、スチールの風見鶏はおそろしく高価で中古品などもなかなか手に入りそうにない。かみさんが「拾ってきた材木、電柱みたいやなあ」と言うからそれならいっそレトロな電柱風に仕上げようかと思案中である。村上さんに相談すると古い碍子を持ってきてくれた。碍子のブレーカーもあるし、街灯も手に入れた。後は琺瑯の看板とオシッコよけの鳥居ぐらいか。などと考えているととても楽しいのだが、肝心の看板書きが大変そうだ。Img_2093
ムシロの部分は地中、杉丸太の30cmぐらい上をちょん切る予定。

今日のじょん:忠犬は存在するか(5)
 先日紹介した実験で、犬の正解は「お巡りさんを呼びに行く」だと思うのだが、1,2匹がそのようにしたと記憶している。この正解の行動をとった犬は、自らの考えでそうしたのだろうか、あるいはそのような訓練がなされていたのだろうか。ひょっとしたら同じような経験があったのかも知れない。大多数の犬が異変には気付いても、どうして良いか解らなかったように、犬が自らの頭脳で思考し、工夫を凝らした行動が取れるとは思えない。おそらく犬は訓練されたこと、習慣となっていること、経験したこと、そして本能に基づく行動以上のことは出来ないのじゃないか。もちろん私は動物学者でも研究者でもなく、根拠があって言っているのではなく、あてずっぽで言ってるわけだが。人間の新脳に当たる部分は犬にはあるのだろうか、あったとしてどの程度あるのだろうか、知っている人があったら教えて欲しい。その度合いによっては、犬が自らの思考で行動することはあり得ることとなるからだ。つづく

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