事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「四日間の奇蹟」浅倉卓弥著

2008-01-06 | ミステリ

Asakura1 挫折した音楽家の青年と脳に障害を負ったピアニストの少女との宿命的な出会い。そして山奥の診療所で遭遇する奇蹟。選考委員も泣いた!これぞ癒しと再生のファンタジー。第1回『このミステリーがすごい!』大賞金賞受賞作品。

 解説にもあるように、第1回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。単行本でもそこそこ売れたが、文庫に入ってから爆発的なベストセラーになった。若い層にうけた、ということなんだろう。わたしは単行本で読んだけれど、巻末に大賞の審査経過が載っていて、これが笑わせてくれる。選考委員たちがなにより気にしているのが(あるいは気にしたふりをして見せているのが)、この作品と同じ発想の先行作品があるということ。ミステリーおたくには偏狭なヤツが多く、「これは東野○吾の××のパクリじゃないか!」とか、「北○薫の△△とかぶってるぞ!」と騒ぎ立てることが予想されたからだろう。何より審査員に向かって「そんなことも読みとれなかったのか」と因縁をつけられるのがうざったいため、布石を打っておいた、というところか。

 しかしわたしは、よほど悪質なパクリでもないかぎり、多少ネタがかぶろうがトリックにオリジナリティが無かろうが一向にかまわないと思う。ミステリーが生まれてすでに百年以上がたち、まずたいがいのトリックは(密室やアリバイ崩しをはじめとして)出尽くしている。だいたいジャンル自体がポーのパクリだしね。

Img_23  「四日間の奇蹟」がはらむ問題は、そんなことより、ネタの制約から仕方のないこととは言え「ヒロインにそこまで語らせなければならないのか」という点。でも、デビュー作だし、そのくらいは目をつぶろう。むしろ「岡持ち」や「オムライス」(なぜヒロインは最後の最後にオムライスを食べることができるようになったのか)といった小道具でミステリー的興味をつないだ趣向の方を評価しよう。「癒し系」であることだけが売りの作品じゃなくて、よかったよかった。

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「BG、あるいは死せるカイニス」石持浅海著

2008-01-06 | ミステリ

Bg 天文部の合宿の夜、学校で殺害されたわたしの姉。男性化候補の筆頭で、誰からも慕われていた優等生の姉が、どうして?しかも姉は誰かからレイプされかけたような状態で発見されたが、男が女をレイプするなんて、この世界では滅多にないことなのだ。捜査の過程で次第に浮かび上がってきた“BG”とは果たして何を指す言葉なのか?そして事件は連続殺人へ発展する―。全人類生まれたときはすべて女性、のちに一部が男性に転換するという特異な世界を舞台に繰り広げられる奇想の推理。破天荒な舞台と端整なロジックを堪能できる石持浅海の新境地。
東京創元社ミステリ・フロンティア ¥1,680

はまった。

この1年で石持の長篇は全作読んだことになる。とにかくこの人がつくり出す設定は絶妙。前に特集した「月の扉」は“ハイジャックされた航空機内で起こった密室殺人を、乗っ取り犯が素人にその解決を依頼する”というとんでもなさだった。処女長篇「アイルランドの薔薇」は、“宿屋で起こった連続殺人。北アイルランド紛争が微妙な時期なので警察を呼ぶことができず、宿泊客だけで解決しなければならない。しかも客の中にはプロの殺し屋が潜伏している”もう笑っちゃうぐらい。

Tobiraha 「BG~」とほぼ同時期に刊行された「水の迷宮」は、“水族館の展示生物を狙った攻撃と殺人事件が起こるが、観客8500人を人質にとられた形なので職員たちで解決しなければならない”……まったくよく考えつくものだ。まあ、森博嗣と同様、理系ミステリなので人間は全然描けておりませんが、そんなことかまうものか。

 そして最新作はきわめつけ。“人間は生まれたときはすべて女性。そのなかで優秀な人間だけが男性化するパラレルワールドにおけるレイプ殺人”どはははは。フェミニストがきいたら目をむきそうな設定だが、もちろんちゃんと裏が用意されている。女性が男性化するためには男性経験が必要なため、レイプがほとんど存在しない世界なのに、なぜ男性化を望んでいた姉はレイプされることになったか。最後のどんでん返しと、“BG”が何の略かも含めて、ラストはおしゃれに着地した。ひょっとしたら年末のミステリベストテンでトップもありうる。ぜひ。

……これは2005年の春に記したもの。結果的にこの作品はベストテンに遠く及ばなかった。なぜなら、この年もう一作出版された石持の「扉は閉ざされたまま」に票が集まったから。わたしはあれよりもはるかにこっちの方が好きだけどなあ。

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「月の扉」石持浅海著 カッパ・ノベルズ

2008-01-06 | ミステリ

Tsukinotobira 週明けに国際会議を控え、厳重な警戒下にあった那覇空港で、ハイジャック事件が発生した。
三人の犯行グループが、乳幼児を人質に取って乗客の自由を奪ったのだ。
彼らの要求はただひとつ、那覇警察署に留置されている彼らの「師匠」石嶺孝志を、空港滑走路まで「連れてくること」だった。
緊迫した状況の中、機内のトイレで、乗客の死体が発見された。
誰が、なぜ、そしてどのようにして―。
スリリングな展開とロジカルな推理!デビュー作『アイルランドの薔薇』をしのぐ「閉鎖状況」ミステリーの荒技が、いま炸裂する。

 いやはやとにかくこれは笑える。ハイジャック事件の最中にもうひとつの、しかも完全な密室殺人事件が発生し、しかもその解決のためにハイジャック犯が善意の第三者である主人公に探偵を依頼する……こんな設定、よく考えつくよなあ。

 しかしこの探偵、性格の方の設定はうまくいってなくて、どうも感情移入しにくい。むしろ犯人に読者のシンパシーを向けようという作者の遠謀では……なんてはずはなくて、これは単に石持がまだ下手くそなだけだろう。文章も硬い硬い。

 しかもハイジャック犯たちが師匠を「解放」ではなくて単に「連れてくる」だけを要求したのはなぜなのかという謎への答は、ちょっとルール違反でもある。違反はかまわないのだが、ではなぜあんなラストにしてしまったのかと……いかん、紹介するこっちがルール違反しそうだ。

 とりあえず、列車に乗って退屈しそうな3時間があったら、キヨスクで速攻で買うことをおすすめする。カッパ・ノベルズのなかでは異色の作品。“今の”西村京太郎とか赤川次郎よりだったら、はるかに面白いことは保証します。下手くそといっても、彼らよりは文章はマシだしね。

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「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ著

2008-01-06 | ミステリ

Ackroyd アガサ・クリスティ著 羽田詩津子訳 早川書房・クリスティ文庫(+解説:笠井潔)

深夜の電話に駆けつけたシェパード医師が見たのは、村の名士アクロイド氏の変わり果てた姿。容疑者である氏の甥が行方をくらませ、事件は早くも迷宮入りの様相を呈し始めた。だが、村に越してきた変人が名探偵ポアロと判明し、局面は新たな展開を……驚愕の真相でミステリ界に大きな波紋を投じた名作。

 息子が中学に通うようになって、なんとあれほど本嫌いだった男が、何を思ったか中学の図書室に行ってミステリを借りてきた。

「面白そうなのがけっこうあったから。」
「へー。で、なに借りたの?」
「これこれ」おっとクリスティの名作「オリエント急行殺人事件」である。
「おー。犯人教えたいなあ、実は……」いやな親。
「え?知ってるよ。○○でしょ?」
「あれ?なんで知ってるんだ?」
「ほらー、この前BSで映画観たじゃん。」そういえば。アルバート・フィニーがポワロをやったヤツ。でも、“映画が面白かったから原作も読む”ような歳になってくれたか。
 クリスティのベスト5といえば、人によっては異論もあるだろうけれど

「オリエント急行殺人事件」Murder on the Orient Express
「そして誰もいなくなった」And Then There Were None
「スタイルズ荘の怪事件」The Mysterious Affair at Styles
「アクロイド殺し」The Murder of Roger Ackroyd
「愛国殺人」One, Two, Buckle My Shoe

だろうか。特に「アクロイド殺し」は、あることのせいでクリスティに非難が集中し、彼女が失踪事件まで起こしてしまったのは有名な話。だいたいこの作品だけは絶対に映画化が無理なわけで(あるらしいけど)、だって実は犯人は……

「お?今日も借りてきたのか。今度は誰のだ?」
「えーとね。ジョルジュ・シムノンだって。」
お前にそれは早すぎるっ!

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「最期の声」DIAMOND DUST / PETER LOVESEY

2008-01-06 | ミステリ

Diamonddust ピーター・ラヴゼイ著 ハヤカワ・ノベルズ

事件現場に急行したバース署殺人捜査班ピ-ター・ダイヤモンド警視が直面したのは、愛する妻ステファニーの無惨な姿だった。やがて彼に妻殺しの嫌疑がかけられる。報復のための罠か、陰謀か? 衝撃のシリーズ第7弾。

ラヴゼイもお気に入り作家のひとり。日本で人気が爆発したのは、「偽のデュー警部」「マダム・タッソーがお待ちかね」などの軽妙なミステリによるもの。ちょっとらしくなくシリアスっぽかったのでしばらく放っておいた「つなわたり」も良かった(でも、同じように敬遠した人は多かったようで、文庫はもう品切れ)。「服用量に注意のこと」などの短編集の切れ味も捨てがたい。

 彼の最も得意とする手口は、歴史上の人物を登場させ、そのパブリックイメージを利用して“味”を強めることだ。バーティと呼ばれるエドワード7世(なんとこのボンクラ皇太子を探偵役にした!)のことをわたしたちがもっと知っていたら、殿下シリーズをもっと面白く読めたろうに。

 そのラヴゼイが、一転してハードな現代刑事ものに取り組んだのが「最後の刑事」に始まるピーター・ダイヤモンド警部シリーズ。ユーモアももちろん健在だけれど、滋味深い人間描写で新境地を開いた。しかも、実は見事な本格推理にもなっていて、意外な犯人に驚かされることもたびたび。

  この「最期の声」は、ダイヤモンドがその頑固さのためにさんざん苦労をかけ、しかし明るい人柄で救いにもなっていた愛妻ステフが射殺されるという、なんちゅうかファンにとってはつらい場面から始まる。

Bloodhounds 打ちのめされるダイヤモンド(原題はDIAMOND DUST)、しかし逆境からどう立ち直るかというドラマをバネに、読者を最後までひっぱる。

 殺される現場に、なぜ妻は向かったのか、という疑問への答が終章に用意されていて、これが泣かせる。邦題の意味が、ここで効いてくるのだ。おみごと。

コメント (2)
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