A Message Song - Pizzicato Five
学校に勤務していながら、というか逆に勤務しているからこそ見えないものがあるような気がする。
たとえば吹奏楽。ある程度の生徒数を保持する中学には、まずまちがいなく存在するのが吹奏楽部だ。通称ブラバンは、学校にとって、そして学校事務職員にとってきわめて自然なものとしてそこにある。
でも、これはしかしなかなか不思議な話ではないだろうか。音楽のひとつのジャンルにすぎない吹奏楽だけが、どうしてこんなに隆盛を誇っているのだろう。
そのあたりを知りたくて図書館から借りたのが「<戦後>の音楽文化」(戸ノ下達也編著 青弓社)だ。各事象についてとても冷静に解説してあるので、この本は当たりだった。
ここで、吹奏楽の現状はこう語られている。
「吹奏楽」
日本の吹奏楽は戦後、「アメリカにその範をとり、そして一気に抜き去った」音楽媒体だということである。戦後の復興時に一気に流入してきたアメリカ式の吹奏楽はあっという間に広まり、経済成長の勢いそのままに日本の吹奏楽は大きく発展した。そしていまや、演奏レベル、レパートリーの豊富さ、時代を切り開く先進性など、どれをとっても総合的にアメリカを圧倒的に上回っているどころか、世界のトップになったと言えるかもしれない。演奏レベルで、日本のアマチュア吹奏楽……特に中核となる中学生高校生たちのクォリティーの高さは、いまや世界中の吹奏楽関係者が認めるところである。
……すごいぞ日本の吹奏楽!と素直に喜べないのはなぜだろう。いや別に吹奏楽の出自が軍楽隊だからおかしいと主張したいわけではないし、器楽全体の進歩がその陰で犠牲になっているのではないかとつっぱって、じゃあ学校で弦楽器を用意できるのかと開き直られたら目も当てられない。
まず、なぜ日本の吹奏楽がこれほどまでに深化したのかを考えなければならないのではないか。もちろんそこでは、全日本吹奏楽連盟という存在を抜きには語れないだろう。以下次号。
本日の一曲はピチカート・ファイブの「メッセージ・ソング」。「みんなのうた」でもおなじみ。ラブソングに聞こえるけれど、父親から息子へのメッセージなのね。ポップなアレンジの陰に“悠長な”ブラス。いいですなあ。野宮真貴と花田裕之を共演させようと考えたヤツは誰だ。最高じゃないか(笑)