紹介するのがこれほどむずかしい映画もない。なにしろストーリーをほとんど語れないので。という語り方もすでにネタバレですか、すみません。
ある事情があって団地に引っ越してきた初老の夫婦。夫は薬局をたたみ、しかし漢方薬をつくる材料や道具を捨てることができない。妻はスーパーでレジのパートをやっているが、どんくさいためにいつも怒られている……こんな地味な設定からあんな話にもっていくなんて。ああまた語ってしまった(笑)。
要するに壮大なほら話なのだけど、監督の阪本順治(「どついたるねん」「KT」)は徹底して“普通であることが既に可笑しい”大阪の団地の住人たちを微細に描く。
これはもう、役者が下手だと目も当てられないわけで、その点この映画は完ぺきだ。妻に藤山直美、夫に岸部一徳。近所の住人に石橋蓮司と大楠道代。これ以上のキャスティングはまず望めない。
特に藤山直美はひたすらおかしくて、レジ打ちが遅いと怒られたその場で、縞模様の袖をつかってバーコードを読み取る練習を始めてしまうあたりの呼吸は、んもう父親の寛美もびっくりじゃろ。台所での立ち居振る舞いなど、絶品です。
また、岸部一徳とのからみも爆笑。林のなかでカメラ目線で話すのだけれど、さすが関西人のふたり、味のあるしゃべくり夫婦漫才にどうしてもなってしまうんだものな。
モデルになっているお話は、スピルバーグのあれとか、ロン・ハワードのあれとかいろいろとあげられる。でも身近なところで半村良の「平家伝説」はどうでしょう。とんでもないラストに向けて、だからこそ味のある日常描写をばらまいておくあたり、脚本も書いた阪本の頭にあったと思うんだけどな。
鶴岡まちなかキネマの観客たち(すごく入っていました)はとまどったようで、
「最後のあれはどういうこと?」
阪本の企みは成功したようだ。あー面白かった。まったく、団地という場所は本来ありえないことが起こるものなのでした。