「1Q84」以来、7年ぶりの書き下ろし長篇。版元の新潮社も気合いを入れて刷りまくった。でも「本の雑誌」の匿名書店員座談会で「この在庫どうすんだ」と語られていたし、地元の書店員も「けっこう残ってます」と渋い顔。売れ行きはさほどよくないのかもしれない。でもへそ曲がりのわたしは、
「だったら買います!」
と第1部と第2部で4000円近い出費を覚悟。いいんだ。二冊で千ページ以上あるんだからお得さっ!と発注。すぐに届けてくれたので奥付をチェックすると、第1部は3刷、第2部が2刷だからまったく売れていないというわけでもない。別に意地を張らなくても著作のすべてを購入しているわたしだから言わせてもらえば、「ノルウェイの森」と「1Q84」の売り上げがどうかしていたと思う。村上春樹自身は変わっていないのに、まわりと時代が変動しているのだろう。
この「騎士団長殺し」もまた、いつもの村上春樹だ。
①もってまわった、それでいて端正な文体
②意外なほど激しいセックス描写
③行間からにじみ出るユーモア
④時代の大きなうねりと個人の体験をシンクロさせるテクニック
……すべて、いつもどおりです。順を追って考えてみましょう。
この小説は、妻の不貞に傷ついた絵描き(肖像画を専門にしている。彼の名は最後まで語られない)が、臨終が近い友人の父親(高名な日本画家)のアトリエに起居する数ヶ月間の物語だ。
①文体
ほとんど感情を激発させない主人公の一人称で語られるお話。となれば否応なしにハードボイルド・ミステリを想起させる。ここ数年、勤勉にレイモンド・チャンドラーの長篇を翻訳してきたことが影響しているかも。しかしこの主人公はフィリップ・マーロウというよりもシャーロック・ホームズの解説役であるワトソンに近い(ホームズ役は複数登場する)。以下次号。