空港の搭乗手続きの機械は浜松町の駅にあったものと全く同じで、今度は「予約番号入力」をタッチします。メモしてきた9桁の数字を入れると、ハイ、航空券が出てきました。めでたしめでたし。席は真ん中しか選べなかったけれども、1時間半の飛行です。どこでもオーケーです。荷物検査のゲートをくぐって搭乗口に到着すると、出発が遅れるとのアナウンス。これだよ。間に合うかどうかと心配しながら家を出て、心配しながら電車に乗っていたのに、杞憂に終わりました。決して間に合わないことを望んでいたわけではありませんが、心配したことが損したみたいに感じてしまうのはどうしてなんでしょうかね。
さて、今回の博多行きは姪の結婚式に出席するため。月並みで陳腐な表現ではありますが、ついこの間生まれてきたような気がする姪が、もう結婚するのかと思うとちょっとした感慨があります。道理で自分が年をとる筈だというありふれた感慨ではありますが・・・・。
ということで夕方到着してホテルのフロントに行ったら、当然のように予約がされていて、荷物を置いてレストランで姪とその両親と会食。翌日は教会での結婚式から披露宴までサクサクと進み、夕食は姪の両親とホテルで取って、その翌日は福岡空港の出発ロビーにいました。
ホテルを出て地下鉄に乗って福岡空港、それから手続きを済ませて搭乗口に到着したときには例によってかなり腰が痛くなってきていたので、何はともあれ待合所の椅子に坐ります。すると、私の右隣に神経質そうな男が坐ってきました。しかし本を取り出して大人しく呼んでいるので害はありません。もうひとり、新しく現れた男性が更にその右隣に坐ろうとして「すみません、ここ、いいですか?」と、私の右隣の男に声をかけました。「どうぞ」と答えます。しかし男性が坐ろうとした瞬間に、右隣の男は「僕の荷物じゃありませんから」と言いました。私からは見えなかったのですが、椅子の下辺りに空席の右隣にいたおばさんの荷物が、多分あったんですね。坐ろうとした男性は一瞬凍りついて、それから「ああ、そうですか」と言って別の席を探しに行きました。右隣の男は、なんとも嫌味な男です。こんな嫌味な男の隣は嫌だな、と思っていたら、今度は左隣の席に乳飲み子を抱いて4歳くらいの子供を連れた母親が近づいてきました。4歳に「ここに坐っていなさい」と言って自分は少し離れた空席に坐ります。子供は一旦おとなしく座りましたが、やはりじっとしておらず、リュックの紐で私の脚を叩くので「やめなさい!」と低い声で言って、母親の方を見ました。正確にはわからないまでも、子供が私に対して何かをしたことはわかったはずです。しかし母親は謝るでもなく、子供を叱るでもなく、じっとこちらを見ているだけです。ただ、救いは母親がいかにも心配そうな表情をしていたことで、私もそれ以上感情を害することはなかったのでした。幸い、母親の隣の席が空いて、子供はすぐにそこに行きました。
搭乗手続きのときに前方と中間、後方を選ぶことができて、私は行きが中間だったので帰りは前方を選びました。これが失敗でした。席は前がスクリーンのある壁になっているところで、前に乗客がいないのでその部分では気を遣わなくていい席でしたが、私の席の荷物入れにはすでに大きなスーツケースが入っていて、何も入れられません。どうしようかと思っているところに、スチュワーデスが隣の席の空いた荷物入れを指して、こちらをどうぞご利用くださいと言ってくれたので助かりました。
ホッとしたのも束の間、席に座った途端に違和感があります。それは右隣の男二人の乗客で、かなり大きな声でずっと喋りっぱなしであることに加えて、靴を脱いだ足を前の壁にもたせかけているのです。椅子に背中を沈めて机の上に足を投げ出す坐り方にそっくりで、甚だ行儀がよろしくありません。さすがに離陸時にはスチュワーデスに注意されて足を下ろしていましたが、「ああ」と言って足を下ろしただけ。悪かったという意識は微塵もなく、相変わらずずっと喋りっぱなしでうるさくて仕方がないし、聞こえてくるその内容がまた、非常に不愉快な内容でした。なんでも、仕事で飛行機を使ってマイルが溜まってくるが、どれぐらい溜まっているか聞かれた場合には、わざと少なめに言っておいた方が得だとか、要するに仕事の関係で得たものをいかに有利に個人利用するかというテクニックの話で、きっとこのバカ二人は役人に違いないと思いました。離陸してシートベルトのサインが消えたと思ったら、また足を前の壁に置きはじめます。小学生レベルの精神年齢と幼稚園児並みのエチケット感覚です。こいつらはマナーという言葉を知らないのでしょうか? スチュワーデスが来ると壁に乗せた足を下ろします。会話の内容と行動がそっくり同じで、自分たちのやりたいことをやるために、その場しのぎを繰り返しているわけです。そういう人生を送っていくんでしょう。理念もモラルも哲学もヘチマも何もありません。どうすれば自分たちが得をするかだけ。やはり絶対に役人に違いありません。
飲み物が運ばれてきます。私は有り難くホットコーヒーを戴きましたが、バカ二人はスープを頼み、やおら立ち上がって荷物を出すと、煎餅を取り出してバリバリと食べはじめます。飛行機に飲食物の持込みが許されているのかという規定は別にして、周囲の乗客は愉快ではありません。どうしてここまで我が物顔に振舞えるのか、その精神構造が理解できません。普通の大人なら周囲に気を遣い、不快な思いをさせないように自分を律します。それができないこいつらはやっぱりまだ子供なんでしょうね。とにかく飛行機に乗ってこれほど不愉快な思いをしたことはありません。このバカ二人が早く死ねばいいと心から願いました。手っ取り早くこの飛行機が落ちることでその願いが叶うならそれでもいいと思いました。
午後1時40分、シートベルト着用サイン点灯とともに飛行機が揺れ始め、窓の外は灰色一色となりました。目の前のスクリーンには雨雲が映っており、レンズにぶつかる雨粒がはっきりとわかります。すると隣のバカ二人は、押し黙ってしまいました。ようやく静かになったのでこのチャンスに少し眠ることにしてウトウトしていると、暫くしてドンという衝撃があり、着陸したのがわかりました。途端に隣のバカ二人が喋り始めます。とてもわかりやすい精神状態で、底の浅さが透けて見えます。願わくばこのバカどもと二度と遭わないですみますようにと、そう願いながら飛行機を降りたのでした。